美緒莉は私の一番の親友


「小山ちゃんって桐野さんと仲良いよね」

 それは、六時間目の体育でのこと。同じチームになったクラスメイトの中ではよく話す方の女子、八木(やぎ)ちゃんに声をかけられた。

「そうだね」

 だらけた空気の中で、何も考えずに素直に答える。
 男子と違って女子はバスケットボールをしますと言われてもテンションが上がらないもので、待機中の私達は暇を持て余しながらだらだらと試合中のチームを眺めていたんだけど、味方のパスを受け取った美緒莉を目で追いながら、「同じ中学だったの?」と、八木ちゃんは続けて私に訊ねてくる。
 少し驚いた。美緒莉の話を八木ちゃんとしたのは初めてだったし、そもそもこうして人から訊かれること自体初めてだったから。

「ううん、違うよ」
「じゃあなんでそんな仲良いの?」
「うーん、席が隣だからかな」
「あー……まぁ、そっか。そういうもんだよね」

 返ってきたのは何だかはっきりしないというか、歯切れが悪い感じの八木ちゃんの返答。自分から訊いておいてどこか気まずそうというか、多分本当に訊きたいことは別にある感じ……あ、そっか。

 これは、なんで私にだけ美緒莉の対応が違うのかって訊かれてるんだ。

 ピンときたそれで間違いないと思う。そう。だって美緒莉は私にだけ親しみを込めた表情をするし、私にだけ自分から声をかけるから。まるで他の人には警戒して一定の距離と壁を作っているみたいに。
 そんな態度じゃ周りも声をかけづらくなっていくのは当然で、気づけばクラス内に馴染めないまま美緒莉は一人だけ異次元みたいに浮いてしまっていた。前回は二人きりの世界だったからそんなこと一切気づかなかったけど、今回のこの少し離れた距離感からならわかる、今だからこそ知れた美緒莉のクラス内での立ち位置だった。
 でも、本人からしたらわざとではないのだ。

「美緒莉ちゃん、結構な人見知りなんだよ」

 そう確信を持って言い切れる。初めて会ったその日から、三回も繰り返す美緒莉との関係性の中でその美緒莉だけはずっと変わらなかったから。

「あんまり友達が居ないって言ってたよ。作り方がわからない、みたいな」
「そうなんだ……でもさ、声かけてもすごい冷たいよ」
「緊張してんじゃない? ほら、美緒莉ちゃんって美人じゃん。だからちょっと険しい顔するとすごく怖く見えるっていうかさ……本人はその気ないこと多いよ」
「…………」

 八木ちゃんはじっと考え込むように黙ると、「……確かに、めちゃくちゃ綺麗で目立つもんね」と呟くようにこぼした。「みんな自然と目がいっちゃうもんね」と。そしてまた何か考えるような間を挟むと、心を決めた顔をして、

「小山ちゃんさ、SNSあんましないタイプじゃん? だから知らないのかもしれないけど、ここら辺の地域のウチらくらいの年代の中で桐野さんって結構有名なんだよね」

 そう言ってポケットからスマホを取り出そうとして、「あ、今無理だった」と、体操服な上に授業中であることを思い出したようでバツが悪そうな顔をする。

「まぁ、後でちょっと調べてみなよ」
「でも美緒莉ちゃん、SNSやってないって言ってたけど……」
「うん。でも色々出てくると思う」
「……色々?」

 本人がやってないのに色々出てくる、なんて言い方をされると怖い。

「どんな内容?」

 それ以上の説明をやめた八木ちゃんに声を低くして問い返すと、八木ちゃんは、「うーん」と考えながらまた美緒莉に目をやって、

「まぁ、色々。何が本当で何が嘘かわかんないけど……なんか、思ってるより変わった人っぽいよ」

 と、何を考えてるのかわからない抑揚のなさで私に言葉を返した。ぽいよってことは八木ちゃんは直接関係してない人の噂みたいなことなのかな……。

「……変わった人」

 その言葉を繰り返しながら私も美緒莉に目をやると、ちょうどこっちを見た美緒莉とパチリと目があって、それを合図に美緒莉が側にやってくる。

「次、斗亜ちゃん達の番だよ」

 美緒莉は笑顔でそう言うと、「頑張ってね」と私に言った。それは、その目が八木ちゃんに向くことが無いことに初めて人見知り以外の可能性を感じた瞬間だった。


 その後、ずっと気になってはいたものの美緒莉の前で堂々と調べるわけにもいかないので、そわそわした気持ちを抑え込みつつ足早に家に帰ると、早速SNSのアプリを開いた。
 アカウント自体はすでに持っていて八木ちゃんとも繋がってる。普段自分から発信はしないけど情報収集や暇つぶしには使っているから、検索したり八木ちゃんの周囲から色々飛んだりしてそれらしい内容のものを探していくと、どうやら“めちゃくちゃ美人がいる”ということで美緒莉が中学生時代から地元で有名だったのは本当のようだった。
 まぁそうだろうな。それがここまでの感想。でも有名なだけあって、一つ二つではないそこには私の理解できない美緒莉の一面も過去と一緒に残されていた。

『偶然の双子コーデ』
『最高の仲間達』
『アオハル過ぎてじわる』

「……え、何これ」

 こんな美緒莉、見たことない。
 目に入るネット上に残された過去の美緒莉は色んな人と写真に写っていて、本当に見る度違う人と写っているような、常に沢山の人に囲まれているような、それこそ青春を満喫していますと一目でわかるくらいに眩しくキラキラと輝いている。
 今とは全然違う……何というか、これこそが青春のお手本で正解、みたいな……。
 ……本当にこれ、美緒莉?
 画面の中で笑顔を見せる美緒莉はどう見ても私の知ってる美緒莉だ。こんな美人がそうそう居るものじゃない。
 でも、こんなはずない。これは違う。私の知ってる美緒莉じゃない。
 なんで? 美緒莉は友達が居ないって言ってたはずなのに。人との関わり方だって下手なはずなのに……。
 初めて会った時から繰り返す三回ともそうだったから、美緒莉のその部分は何がどうあっても変わらない部分なんだって信じてきた。だから私達はお互いに思い合う親友になったんだと思ったのに。それなのに、

「今までのは全部嘘だったの……?」

 画面の中の完全に人との関わり方を経験していない人間とは正反対の美緒莉の様子にガツンと思い切り殴られた感覚がして、一瞬頭が真っ白になる。
 すると、思考が戻るよりも前に殴られた部分からじわじわと痛みが広がっていき、痣のようになって心の中を真っ黒にすると、ずしんと心が重たくなった。

 ――裏切られたんだ。

 そう感覚に思考が追いついて現実を理解した瞬間、重たい心の隙間から沸々と湧き上がってくるような熱さに飲み込まれていき、今ここに居ない美緒莉を責めるために画面の中に責任を探して、証拠を集めるために指はどんどんタップとスクロールを繰り返していく。
 手が止まらなかった。遠慮とか気遣いとか思いやりとか自分の中のそんなものには一切目が向かなくて、頭の中が真っ赤になった私のアクセルを誰かがベタ踏みしているみたいな感覚で胸の奥がごうごうと燃えている。経験上、こういう時って大体情報が目につけばつくほど怒りに薪を焚べられていくような感覚になっていくんだけど――でも、今回はちょっと違った。

「……なるほど、そういう……」

 あ、嘘じゃなかったんだと頭の中が冷静になって、落ち着いた心が美緒莉のことを受け入れる結果に繋がったのだ。
 だって投稿内容を見ていく感じ、周りの人間は美緒莉に対して友達というより芸能人とか身近な推しみたいな扱いをしている感じがしたから。純粋に美緒莉自身を褒めたり、美緒莉の存在に喜んだりしている内容が多くて、普通の友達関係とは明らかに違っていた。

『今日も麗しい』
『やっぱり一番はうちの桐野さん』
『画面右端からのオーラがすごい』

 それなら美緒莉の感じ方もわかるし、そういう周囲の反応も、まぁ、そうなるよね、くらいに当たり前のものとして受け取ることができる。あの人に囲まれた美緒莉の笑顔の写真も今の美緒莉とちゃんと繋がったなら真実として微笑ましく見返すこともできた。
 ——だけど。

『あくび姿も可愛い』
『忘れ物してるから届けまーす』
『カフェで見つけた! 今日も一人みたい』

 そのうちに、その風潮から派生して、クラスの人気者と一緒に撮らせてもらったというよりも彼女そのものの日常をニュースのようにお知らせするみたいな、いわゆる盗撮らしき写り方をしたものが増えていった。
 どこで見たとか、何をしたとか、美緒莉の行動をお互いに報告しあって喜びあうような、自分の方が知っているとマウントを取りあうような……それはこんなことを言った、という客観的視点から、こんなことをされた、こんなことするなんてという主観的な内容に変わっていって——いつの間にか、悪意をぶつけられても仕方ないとでもいうような、美人で特別な美緒莉という存在は、何のために消費してもいいとされる、自分たちだけの特別なエンタメのコンテンツになっていた。

『こんな角度でも美しすぎるってもう罪だなとつくづく思う』
『私なんてモブなんだって存在に突きつけられた』
『最近全然話さなくなった美人さん』
『もともとそうじゃん、知らないの? 我々とは生き物として違うんだよ』
『親が居ないって小学校の友達から聞いたことある』
『あの儚さそこからきてんの? 男ばっか集まる理由が解明された』
『学校来なくなったけど誰かと会ってんの見たって。彼氏か?』
『これのこと?』

 美緒莉が帽子を深く被った私服姿で誰かと会っている写真が投稿されている。

『変装してんのウケる』
『なのに美しさでバレてんのウケる』
『相手誰?』
『知らない。てかこれどこから見つけてきたの?』
『知らない。変なファンついてて撮られまくってるからね』
『仕方ないよ、学校とかいう平凡な次元で生きてない人だし』
『小学生の頃も不登校になってたらしい。性格やばかったって』
『その小学生情報流出するの身近の犯行すぎて怖い』
『卒アル出てたもんね』

「…………」

 食い入るように情報をかき集めていくうちに、気づけば深夜になっていた。

『もう目的がないと人と関わりたくないみたいなこと言ってたらしいよ。意味ないみたいな』
『愛想良くされたら気をつけた方がいい。多分めっちゃ計算してるし値踏みされてるよ、関わる価値あるか』
『勝手に寄ってくるんだもん、それくらいしないと不便なんでしょ』
『もう一般人じゃないじゃん。スカウトされてるとか聞くよね、さっさとそっち行っちゃえば良いのに』
『そっちの価値観の人だしね』
『怒鳴りつけられた人も居るって。ヒスってやばかったって。死んだ顔してる所しか見たことなかった』

 最終的に写真を挙げずに語り合う形が主流になっていったそれは、名前を伏せて掲示板に書かれたものだった。吐き出しきれない感情の行き場がそこに行きついた、という感じだ。

『まぁ、もう普通の人では無いだろうね。こんな経験しちゃったら普通では居られないよ。きっとどこか捻じ曲がってると思う。かわいそうに』

 色々な意見がある中で美緒莉について出されたその答えで、一同納得したらしい。今でもぽつりぽつりと書き込みがあったけど、大体この答えに辿り着いて終わりを迎えていた。今はもう高校生になったことで環境が変わり、ピーク時に比べて落ち着いているようだった。

 スマホの明かりを消して目を閉じる。

 ――美緒莉に、こんなことがあったなんて。

 八木ちゃんが言ってた、『変わった人らしいよ』というのは、私達とは違う価値観を持った別の生き物なんだよ、ということが言いたかったのかな。
 色んな人の視点から見た投稿内容はどこまでが真実でどこまでが嘘なのかさっぱりわからなかったけど、どれも美人で人付き合いが苦手な今の美緒莉を作り上げる過去としておかしなところはなかったから。八木ちゃんが言いたかったのは私が思ってるよりも美緒莉はだいぶ闇を抱えてるんだよ、みたいなことなのかも。
 確かに、そんな経験をした人間が私達のような人間と同じ感覚を持っているのかといわれると……うんとは頷けないと思った。私自身人と関わる経験が少ない方だからそんな人と関わったこともなくて、考えたこともなかったけど。

 あ、そっか。だから今まで私達は二人きりだったのか。

 美緒莉だけが避けてるんだと思ってたけどそうじゃなくて、周りの人達も同じように美緒莉を避けてたんだ。
 私は知らなかったけど、みんなはいろんな人と関わった経験の中で、美緒莉のことを知ってて、そういう人とは関わらないのが正解だとわかってたから。
 今まで私は一番美緒莉のことを知ってるって思ってきたけど、もしかしたら私は美緒莉に関わる誰よりも美緒莉のことを知らないのかもしれない。

 ――だから、私は美緒莉に突き落とされたのかもしれない。

 私が、何も知らなかったから。美緒莉がどんな人間なのか知らないまま気安く関わるようなことをしたから。
 そのせいで知らないうちに美緒莉の中に眠る地雷みたいな何かに触れてしまったのかも……それか、そんなの関係なくそもそも関わった時点でダメな人だったのか……。
 ……関わったから、私は殺された?
 流石にそれはないよね? そんな理不尽なこと……あるかな。
 突き落とされた過去がなければこんな考えに靡いたりなんてしなかった。そんなわけないじゃんって笑って言い切れた。でも、もうあの頃とは違う。
 知らないことを、知ってしまった。
 私は美緒莉を知らない。何も知らない。知らないから、違うと言い切れない。だけど、

「関わった時点でダメだったなんて、そんなわけないよ。そんな人間会ったことないし」

 きっと私が何かしちゃったんだって、きっとそうだって信じたい。
 だって美緒莉はずっと私にとっては友達なんだから。突き落とされたあとの今ですら……。
 きっと向き合う時がきたんだ。答えを知る時が。
 そのためには本当の美緒莉を知らないと。答えを、見つけ出さないと。