芦屋さんは恋する悪陰陽師 ※ただし呪詛は本気です。

翌日。菊花さんは僕に話しかけてこなかった。たまに僕を見て、口を開きかける。でも声を出すことなく、遠慮気味に閉じる。僕はそれに気づいていたが、目を合わせなかった。昨日の僕の拒否を彼女がどう捉えたのかは分からない。

移動教室。一人でいると、狙っていたかのように津島たちが近づいてきた。
「あ、荷物持ちがいる〜。ほい、よろしく。」
ポイポイと津島ともう一人のクラスメイトが、僕に荷物を投げた。いつもは三人なんだけど、今日は一人いない。昨日の頭痛が治らないらしく、今日も休んでいる。
「今日は芦屋さんに守ってもらわないんだ。」
嫌な笑みを浮かべて、津島が言った。僕が菊花さんに庇ってもらっていたのが、よほど面白くなかったらしい。菊花さんは津島に冷たかったから、尚更だ。僕はその言葉に何も言い返せず、黙ったまま、荷物を持った。
「何も言わねーのかよ。」
僕が無言だったのが面白くなかったのか、津島の隣にいたクラスメイトが、くしゃりと丸めた紙ごみを僕に投げた。それは僕の頭に当たって落ちた。そんな様子を離れたところから菊花さんが見ていたことに誰も気づかなかった。

理科室での実験途中。津島たちのグループに異変があった。火を使う実験だった。津島のグループの一人が火をつけた。その瞬間だった。火が通常とは違う動きを見せた。意思を持ったように燃え上がり、そのクラスメイトに襲いかかるように動く火。
「…っ⁉︎」
僕は驚いた。クラスメイトは、逃げる様子もなく動かない。周りもその火に気づいてないようだ。近くにいた僕は焦って、咄嗟に水道の蛇口を捻った。そして蛇口の向きを変える。勢いよく出た水が火を包む。火は水がかかり、消えた。
「……!」
僕が火を消した瞬間、菊花さんの目がうれしそうに輝いたような気がした。無事に火を消したが、水の勢いは止まらず、クラスメイトに思いきりかかる。
「冷てぇ!」
クラスメイトの声に先生が反応した。
「こら!そこ何やってるんですか!」
先生が怒りながら、こっちに来る。
「…すみません!間違えました!」
大事にしたくなくて、咄嗟に謝った。
「実験中ですよ!ふざけないように!」
そう言って、先生は僕とクラスメイトを見てから、また教卓に戻った。クラスメイトは僕の方を見て、舌打ちした。水をかけられて怒っているのだろう。
「……。」
そんな中、菊花さんは何か期待したような目で、僕を見ていた。その視線を感じ、僕はひとつ気になることがあった。

放課後、僕は図書室に行った。ここなら僕の知りたいことが見つけられるかもしれない。本棚を漁る。片っ端から『安倍晴明』と『蘆屋道満』にまつわる本を取り出し、ページをめくる。
「やっぱり…」
『安倍晴明は蘆屋道満との術比べで、みかんをネズミに変えた。』
『安倍晴明は天皇の激しい頭痛の原因を突き止めて治した。それは天皇の前世の髑髏が岩と岩の間に挟まっていたのが原因だった。』
『どうまんの一つ火。蘆屋道満の式神には火の玉になるものがいた。』
どれも、ここ最近、菊花さんが起こしている事件に似ている。僕の額に冷たい汗が流れた。昨日の彼女は、僕に何か訴えかけていた。僕は、それを途中で遮ってしまったんだ。おそらく、菊花さんの目的は『いじめっ子の排除』だけではない。彼女のもう一つの目的は、僕だ。僕の中の『安倍晴明』の魂を目覚めさせようとしている。それは菊花さんが『蘆屋道満』の魂を持っていることに気づいたように。僕が何かのきっかけで『安倍晴明』の魂に目覚めるのではないか。そう考えて、今回の事件を引き起こしたんだ。

僕は走った。まだ校内に彼女はいるかもしれない。教室に行くと菊花さんが一人、席に座っていた。机には新しい制服。この前、採寸した制服が届いたのを受け取ってきたらしい。彼女は首を傾げて僕を見た。
「右梗様?」
「『頭痛は髑髏が岩に挟まっていた。』」
「……!」
僕の一言に、サプライズに喜ぶかのようなうれしそうな顔をする菊花さん。頭痛に苦しむいじめっ子はこの逸話になぞらえて苦しめられているんだろう。
「…あいつの頭痛の原因、僕に見せられる?」
「……はい!」
菊花さんが何かを鞄から取り出した。
「髑髏の…置物?」
小さな髑髏。頭の部分には、ギチギチに縄が巻かれている。
「流石に前世の髑髏は用意できませんから。」
「貸して。」
髑髏の置物を手に取る。髑髏の中にはワイヤレスイヤホンの片耳が入っていた。呪いをかけたい相手の持ち物を使って、呪いをかけたということか。
「このイヤホン、あいつのってこと?盗んだの?」
「違います。落ちてました。」
しれっと言う菊花さん。嘘か本当かは分からない。僕は自分の机からハサミを取り出して、縄を切った。
「あっ…」
菊花さんは少し残念そうに声をもらした。
「これで、呪いは解けたよね?」
少し強い口調で僕が言う。残念そうに髑髏を見ていた菊花さんが、僕を見た。
「…晴明様…?」
僕を見て、そう言った。迷子のような表情で、誰かを探しているような色が滲んだ声が、どこか幼い。『晴明』そう呼ばれたことで、僕は呆れたようなため息をついた。
「残念だけど僕は『安倍晴明』の魂に気づいたわけじゃないよ。」
それだけ言って、鞄を持つ。夕日が教室に差し込む。早くこの場から去りたくて、駆けるように教室を出た。

教室に取り残された菊花。迷子のような表情のまま。
「足りない…?」
小さな小さなつぶやき。この彼女の不穏な一言を聞いていれば。この後、起きることなんて僕は想像もしていなかった。