芦屋さんは恋する悪陰陽師 ※ただし呪詛は本気です。

あの後、菊花さんはいつも通りだった。津島たちが去った後に見せた不気味な笑みが気になったけど、あの時の菊花さんの目を思い出すと、なぜか怖くなり、何も聞けなかった。ちなみに僕のお弁当は、津島たちに暴力を振るわれたときに中がぐちゃぐちゃになっていて、それを見た菊花さんが自分のお弁当を差し出してきたけど、断った。ぐちゃぐちゃだけど、食べられないわけではないし。それでも僕にお弁当を渡そうとするので「菊花さんの分が無くなっちゃうよ。」と言うと、「わたくしは生命維持できればこだわりませんから毎食食べなくても…」と言っていた。お腹空かないのかな?でも菊花さんの細さ、青白さを見るとちゃんと食べた方が良いと思う。…やっぱり菊花さんは不思議な人だ。霞でも食べて生きてそうな現実離れした感じがある。

事件は突然訪れる。
その日は、菊花さんの機嫌が良かった…気がした。「何かあった?」と聞いても、にこりと笑って首を振るだけ。結局何も分からず、お昼休みになり、いつも通りに校舎裏に行こうとする。
「楽しみですね。」
「珍しいね。あんまりご飯好きじゃないのに。」
お弁当に好きなおかずでも入っているのかな?スキップでもするかのように足取り軽く、僕の横を歩く菊花さん。お弁当を食べている時も僕の顔を見ては、にこにこしていて、僕はなんだか嫌な予感がした。
「きゃぁぁぁあ‼︎」
「うわぁぁぁあ‼︎」
お弁当を食べ終わり、教室に戻ると、教室から悲鳴が聞こえた。慌てて扉を開けると、何人かが飛び出してくる。
「どうしたの…⁉︎」
教室から出てきたクラスメイトの女の子に声をかける。普段なら津島たちの指示で、僕を無視するクラスメイトが教室を指差して、叫ぶ。
「お、お弁当…!ネズミが飛び出してきて…!」
「ネズミ…?」
お弁当箱から飛び出したネズミが二匹、教室内を駆け回っているらしい。そのお弁当の持ち主は、昨日僕を囲んでいた津島のグループの一人だった。
「なんで…弁当から⁉︎」
「やべぇ!触っちゃいけないんだっけ‼︎」
「うわ、スリッパかじられた!」
教室は大混乱だ。クラスメイトの大騒ぎに先生たちも集まってくる。
「生徒は教室を出なさい!」
「先生たちは倉庫からネズミ駆除の道具を!」
バタバタと先生たちも焦っている。隣のクラスの生徒たちも廊下に出てきて、午後の授業なんか出来そうにない。
「菊花さん、危ないから僕たちも離れとこう。」
「あっ…」
隣で立っていた菊花さんの手を掴んで、教室から離れる。大人しく着いてくる菊花さん。彼女はなぜか残念そうな顔をしていた。

違和感は続く。午後、雨が降り出したタイミングだった。津島のグループの一人が頭痛で早退した。頭が割れそうに痛いらしく、あまりの苦しみように先生もかなり心配をしていた。そのまま病院に行くらしい。何かが起きている。頭痛に苦しむ生徒が、先生に連れられて教室を出て行くのを見ていると僕はぞわりとした。目の端に見えた菊花さんが機嫌良さそうに口を歪めていた気がしたのだ。

「今日…なんかおかしいよね…?」
僕は違和感の正体を確かめるため、菊花さんと一緒に帰っていた。人通りの少ない道。真っ赤な夕日が地面を照らしていて、綺麗だけど、なんだか不気味だ。
「右梗様…?」
「ネズミとか、早退とか…さ。急にあんなに苦しみだすって…。」
露骨に菊花さんを疑うのは悪い気がして、歯切れが悪くなる。菊花さんは、そんな僕を見て、うれしそうな顔をした。
「気づきましたか⁉︎ね、ね?右梗様、なんだか、安倍晴明様みたいだと思いませんか?」
「安倍晴明…?」
「晴明様も、みかんをネズミに変えていましたし…。雨の日の頭痛とか…ほら!晴明様が解決した話の…!」
まるで「思い出して」と言わんばかり。菊花さんのその様子で、僕は確信を持った。
「…今日の件、菊花さんがやったんだね?」
「はい!」
ぱぁぁあ、とうれしそうな表情。菊花さんは僕が気づくのを待っていたんだ。目を見開いた僕をうれしそうに見つめる菊花さん。普通ではないその反応に、頭の中で警鐘が鳴る。
「どうして、そんなことを…。」
「?『悩みのない平和な世界』が安倍晴明様の望みでしょう?なら、あのような方たち、いらないですよね?」
灰紫の目が不思議そうにこちらを覗く。僕を映しているようで、僕を見ていないその瞳に、心臓を撫でまわされたような恐怖を覚えた。
「…っ僕は『安倍晴明』じゃない!変なことをするのはもうやめて!」
早く、菊花さんと離れないといけない。そう思った。僕は、菊花さんがどれほど『安倍晴明』という存在に囚われているのか、分かっていなかった。彼女の信仰心は、僕が思うより、深く、危ういものだった。
「あの…右きょ、」
菊花さんが僕に手を伸ばすも、その手を払って走った。菊花さんが追いかけてくるのでは、と思ったが、何事もなく家に着き、安堵する。

「右梗様……?」
払われた手を自身で握りしめ、菊花は不思議そうに、そして、切なげに右梗の名前を呼ぶのだった。