芦屋さんは恋する悪陰陽師 ※ただし呪詛は本気です。

「わたくし、図書室に行ってみたいので、一緒にきてください。」
「あの、職員室に用事があるのでついてきてくれませんか…?」
「移動教室行きましょう!」
名前呼びになったあの日から、菊花さんは、事あるごとに僕と一緒にいた。転校してきて初日の、近寄りがたいアンニュイな雰囲気はどこへやら。無邪気に僕を連れ出すその様子は、子猫がじゃれてくるような人懐っこさがある。ちなみに、菊花さんが「右梗様」呼びを譲らなかったため、なるべく人前で名前は呼ばないようにお願いした。僕だって人の目は気になる。同級生の女の子に「様」付けさせるなんて噂、孤立するより勘弁だ。そして、少し良いこともあった。菊花さんが、僕を連れ回してくれるおかげで、津島たちに荷物を持たされることは減ったのだ。菊花さんの近寄りがたい雰囲気もあって、露骨に手を出しづらいのかもしれない。ただ、たまに下駄箱や鞄にゴミが入っていたりはしたけど。僕はゴミをこっそりと捨てる。そして、また菊花さんに呼ばれて、彼女について行った。陰湿ないじめの憂鬱より、菊花さんの存在が大きくなっていく。そんな僕の様子を、津島たちが面白くなさそうに睨んでいたということに、僕は気づいていなかった。

「今日もいつもの場所で、お昼ご飯を食べますか?」
「うん。そうしよう。」
「はい!では行きましょう!」
菊花さんは、お弁当箱を持った。教室で食べると周りの目が気になるので、僕たちが一緒にお昼を食べる場所は、校舎裏だ。菊花さんのお弁当箱を見て、よくそんな小さいお弁当で足りるな…と思いながら、僕も席を立つ。廊下を歩いていると、菊花さんが担任に声をかけられた。
「あ、芦屋さん。今、ちょっとだけいい?制服の採寸したくって…」
「え?」
「ちょうど保健室の前だし、サッと測っちゃうから。」
保健室を指差して、「ね?」と言う担任。菊花さんが、少し困ったように、そして気を遣うように僕を見た。菊花さんは、前の学校のセーラー服だ。まだ、うちの学校の制服を用意できてなかったのか。
「行って来なよ。いつものとこで待ってるから。」
流石についてはいけない。仮に菊花さんがなんとも思わなくても、女子の服の採寸だし。
「…はい。すぐ行きますね。」
菊花さんは、名残惜しそうにチラチラとこっちを見ながら、担任についていく。それを見送って、僕はいつもの校舎裏に行った。

校舎裏。階段に腰がけ、菊花さんを待つ。足音が聞こえたので、顔をあげると、津島たちが立っていた。
「なに?」
僕が警戒するように言うと、津島はニヤリと笑った。一緒いるいじめっ子もニヤニヤとしている。気分が悪い。
「こんなとこで飯食ってんだ?便所飯でもしてんのかと思ったわ。」
津島がそう言った。菊花さんと教室出ていくから、そんなわけないことを分かっているはずなのに。
「最近、教室にいることもないからさ〜。荷物持ちいなくて困ってんだよね〜。」
「俺たちからのプレゼント捨ててたじゃん。」
「お前〜、プレゼントってゴミだろ!」
津島以外のいじめっ子たちも、次々と色々言ってくる。知ってたけど、鞄や机に入れられてるゴミは、こいつたちか。
「てか、芦屋さんと付き合ってんの?」
津島にそう言われる。
「…いや、違うけど。」
菊花さんが好きなのは、『安倍晴明』であって僕ではない。少し複雑な気持ちになりながら、否定した。
「あっそ。」
馬鹿にしたような笑みを浮かべる津島。
「てかさ〜、お前みたいなのといると芦屋さん可哀想なんじゃね〜?」
「確かに!ぼっちといてもな〜。」
「それな!逆にクラスで浮きそう!」
他のやつらもニヤニヤしながら、口々に嫌味を言う。
「……。」
僕は黙ったまま、そいつらを睨んだ。
「何睨んでるんだよ。」
「もうあっち行ってよ。」
菊花さんが来る前に、どこかに行って欲しかった。あまりこういう姿を菊花さんに見られたくはない。
「は?お前がなんで俺らにそんなこと言えるわけ?」
津島が僕を蹴った。
「…っ!」
周りのやつらも僕の髪を引っ張ったり、殴った。鈍い痛みにグラグラする。
「大人しくしてたから、パシるだけにしてやってたのに!生意気なんだよ!」
「…っ‼︎」
僕は身を固めることしか出来ない。こうやって集団で暴力を振るわれたのは、いじめが始まって津島に抵抗してたあの時以来だった。
「何を…しているんですか?」
津島たちに囲われている中、ひんやりと…地を這うような声が聞こえた。
「あ、芦屋さんじゃ〜ん。」
「こいつが生意気だったからさ。ちょっとシメてただけ。」
津島の近くにいたいじめっ子たちが言う。菊花さんは、無表情で何を考えているのかわからない。
「芦屋さんもこいつと関わらない方がいいんじゃない?」
僕に関わることで何かをするかもしれない、と脅しともとれる津島の言葉に菊花さんは汚物でも見るように眉を顰めた。
「わたくしに脅しですか?それとも命令?」
「は?…ちっ、つまんねーわ。」
ツンとした反応の菊花さんに、津島が舌打ちをする。
「もういーわ。教室帰ろうぜ。」
興が削がれたとでも言いたげな津島の反応に、他のいじめっ子たちも、僕から離れていく。僕を軽く突き飛ばして、津島について行った。
「あんま調子乗んなよ。」
去り際に津島が、菊花さんに言う。菊花さんを押した。
「きゃっ⁉︎」
ドンッと押された菊花さんが、小さく悲鳴をあげて転ける。
「菊花さん!」
僕が駆け寄るも下を向いている彼女。肩が少し震えている。泣いているのだろうか。
「右梗様…彼らはずっとあのような?」
「…え?あぁ、津島たちね。タチ悪いよね。流石にあそこまでのことは久しぶりだったけど…。あんまり、抵抗すると逆に色々されるからさ。ターゲットは僕だし、菊花さんは、一旦、僕から離れた方がいいよ…。」
僕もはじめの頃に、あんまり相手にしなかったら良かったんだ。そうすれば、あっちも押さえつけようとしなかったのかもしれない。半端に抵抗したせいで、津島たちに目をつけられてしまった。菊花さんは、まだ間に合う…と思う。そう思い、菊花さんに距離を取るように言った。
「……右梗様。」
泣いているかと思ったけど、一切震えていない声。
「菊花さん…?」
下を向いていた彼女が、顔をあげた。赤い唇が笑うように歪んでいる。笑っているのに、笑っていない。少し乱れた髪が、長いまつ毛に軽く引っかかっている。菊花さんは、それを細い指で払って、こちらを見た。美しい目が、ゆっくりと僕を映す。
「大丈夫です。わたくしがいますから…」
彼女の髪飾りである紫の菊が怪しく、咲くように揺れた。