「さっきのは芦屋さんの仕業…だよね?」
「えぇ。」
お昼休み。芦屋さんを連れて、校舎裏でお弁当を食べながら話す。正直、暗くて日の当たらない校舎裏に連れ出すのは気が引けたが、人目につかない方が話しやすい。芦屋さんはうれしそうに着いてきてくれた。彼女はにこにこと笑いながら、さっきの事件は自分がやったことだと肯定した。
「なにかカミソリの刃でもノートに仕込んだの?」
「…は?そんなことはしませんが…?」
僕の質問に、ポカンとする芦屋さん。急に笑顔が抜け落ちる。
「じゃあ、どうやって…?」
僕が言うと、彼女は整った形の眉を歪めた。え?なにその、僕が変なことを言ってるみたいな反応。
「だから、呪詛ですが…?」
「じゅそ…」
授業の前も言っていた『じゅそ』。芦屋さんの言葉を理解するのに、時間がかかる。スマホを取り出し『じゅそ』と検索する。『呪詛:呪うこと』。そう表示された画面を芦屋さんに見せた。
「これ?」
「はい。……ご存知でない?」
「ご存知でないというか、え、本気?」
お互いが眉を顰める。なんとも、気まずい時間が流れた。
「え?晴明様も使えますよね…?」
「僕は、安倍晴明じゃないって…」
「な、なんで⁉︎その魂がありながら……!」
丁寧な言葉遣いだった芦屋さんの話し方が崩れて、僕の肩を掴み、がくがくと揺さぶる。
「呪詛、思い出して!」
「思い出すとかじゃない、思い出すとかじゃない!」
想像以上に強い力で、揺さぶられる。胃に入った卵焼きが揺れる揺れる。
「だいたい!出来たとして…呪うなんて良くないよ!」
僕の強い一言で、動きが止まった。
「そんな……」
ぱたり、と急に力を抜いて手を離す芦屋さん。なんだか悪いことをしたような気がした。
「ご、ごめんね…?」
「いえ、こちらこそ、ちょっと気が動転して…。そうですか……安倍晴明様と会えたら、この力について話したかったのですが……。」
しゅん、と小さくなる彼女。
「その力…えっと、呪詛のことって誰か知ってるの…?」
「家族も誰も。誰にも教えてない、わたくしの秘密です。ずっと…ずっと、安倍晴明様の魂を持つ方に会えたら、きっとわたくしと同じ力を持ってるから、そのときにその方と話そう、と。」
「なんで、芦屋さんは、自分に蘆屋道満の力があると…そう思ったの?」
「よく分かりません。幼少期に、ふと気づいたのです。蘆屋道満の力が、魂がここにあることに。そこからは蘆屋道満が使っていたとされる呪詛を色んな資料で調べました。どれもまるで自分がつかうために生み出されたように手に馴染む感覚があって…。」
きゅっと胸元で手を握る芦屋さん。
「この力がなんのためにあるのか、ずっと知りたかった。誰かと話したかった。きっと、安倍晴明様の魂を持っている方なら…わたくしと同じ環境で、同じ気持ちだろうと…。」
芦屋さんは、ぽろぽろと涙を流し始めた。僕はギョッとする。これ、僕が女の子を泣かせたことになるの⁉︎あわあわとする僕。
「ご、ごめん!」
何に謝っているのか、分からないけど謝る。すると、ぴく、と芦屋さんは一瞬動きを止め、さらに長いまつ毛を震わせた。
「いいえ…わたくしが勝手に期待して、あなたを振り回してしまったので…。」
ほろほろほろ……芦屋さんはハンカチを取り出し、口元を抑える。その仕草が一層、僕を焦らせた。
「ぼ、僕は大丈夫だから…!心細いなら一緒にいるし、今日のも責めてるんじゃなくて…!僕のためにしてくれたんだよね!ありがとう!」
「っ!そうなんです!」
僕の咄嗟の言葉に、被せる彼女。芦屋さんの細い指が力強く、僕の両手を握る。
「きっと、この力は、安倍晴明様のためなんです!全部、全部あなたのためにあるんです!」
「そ、そうなんだ…。」
ゆっくりと握られた手を外す。
「晴明様が一緒にいてくれるなら、わたくし、心強いです。」
うふふ、とうれしそうに笑う芦屋さん。先ほど見せた涙はどこへやら。僕、なんだか…はめられた?
「あ、あのさ、僕、安倍右梗、だから。その晴明様って呼ぶのはちょっと…。」
「そうですか?…分かりましたわ。右梗様。今世はそのようにお呼びしますね。」
まるで、前世や来世を思わせる言い方に、ぞわりとしながら口元を引くつかせる。
「いや、様付けも気になるんだけど…。」
「右梗様、教室に戻りましょう。」
るんるんとでも音がしそうな言い方で、芦屋さんが空っぽになったお弁当箱を包み直す。
「…あ!わたくしのことは、菊花、と呼んでくださいませ。」
「え…菊花さん?」
名前を呼ぶと、うれしそうに頷く菊花さん。泣いたり、ご機嫌になったり…僕は振り回されっぱなしだ。教室まで、並んで歩く。彼女が口元をおさえていたハンカチには、リップが三日月の形に付いていた。
「えぇ。」
お昼休み。芦屋さんを連れて、校舎裏でお弁当を食べながら話す。正直、暗くて日の当たらない校舎裏に連れ出すのは気が引けたが、人目につかない方が話しやすい。芦屋さんはうれしそうに着いてきてくれた。彼女はにこにこと笑いながら、さっきの事件は自分がやったことだと肯定した。
「なにかカミソリの刃でもノートに仕込んだの?」
「…は?そんなことはしませんが…?」
僕の質問に、ポカンとする芦屋さん。急に笑顔が抜け落ちる。
「じゃあ、どうやって…?」
僕が言うと、彼女は整った形の眉を歪めた。え?なにその、僕が変なことを言ってるみたいな反応。
「だから、呪詛ですが…?」
「じゅそ…」
授業の前も言っていた『じゅそ』。芦屋さんの言葉を理解するのに、時間がかかる。スマホを取り出し『じゅそ』と検索する。『呪詛:呪うこと』。そう表示された画面を芦屋さんに見せた。
「これ?」
「はい。……ご存知でない?」
「ご存知でないというか、え、本気?」
お互いが眉を顰める。なんとも、気まずい時間が流れた。
「え?晴明様も使えますよね…?」
「僕は、安倍晴明じゃないって…」
「な、なんで⁉︎その魂がありながら……!」
丁寧な言葉遣いだった芦屋さんの話し方が崩れて、僕の肩を掴み、がくがくと揺さぶる。
「呪詛、思い出して!」
「思い出すとかじゃない、思い出すとかじゃない!」
想像以上に強い力で、揺さぶられる。胃に入った卵焼きが揺れる揺れる。
「だいたい!出来たとして…呪うなんて良くないよ!」
僕の強い一言で、動きが止まった。
「そんな……」
ぱたり、と急に力を抜いて手を離す芦屋さん。なんだか悪いことをしたような気がした。
「ご、ごめんね…?」
「いえ、こちらこそ、ちょっと気が動転して…。そうですか……安倍晴明様と会えたら、この力について話したかったのですが……。」
しゅん、と小さくなる彼女。
「その力…えっと、呪詛のことって誰か知ってるの…?」
「家族も誰も。誰にも教えてない、わたくしの秘密です。ずっと…ずっと、安倍晴明様の魂を持つ方に会えたら、きっとわたくしと同じ力を持ってるから、そのときにその方と話そう、と。」
「なんで、芦屋さんは、自分に蘆屋道満の力があると…そう思ったの?」
「よく分かりません。幼少期に、ふと気づいたのです。蘆屋道満の力が、魂がここにあることに。そこからは蘆屋道満が使っていたとされる呪詛を色んな資料で調べました。どれもまるで自分がつかうために生み出されたように手に馴染む感覚があって…。」
きゅっと胸元で手を握る芦屋さん。
「この力がなんのためにあるのか、ずっと知りたかった。誰かと話したかった。きっと、安倍晴明様の魂を持っている方なら…わたくしと同じ環境で、同じ気持ちだろうと…。」
芦屋さんは、ぽろぽろと涙を流し始めた。僕はギョッとする。これ、僕が女の子を泣かせたことになるの⁉︎あわあわとする僕。
「ご、ごめん!」
何に謝っているのか、分からないけど謝る。すると、ぴく、と芦屋さんは一瞬動きを止め、さらに長いまつ毛を震わせた。
「いいえ…わたくしが勝手に期待して、あなたを振り回してしまったので…。」
ほろほろほろ……芦屋さんはハンカチを取り出し、口元を抑える。その仕草が一層、僕を焦らせた。
「ぼ、僕は大丈夫だから…!心細いなら一緒にいるし、今日のも責めてるんじゃなくて…!僕のためにしてくれたんだよね!ありがとう!」
「っ!そうなんです!」
僕の咄嗟の言葉に、被せる彼女。芦屋さんの細い指が力強く、僕の両手を握る。
「きっと、この力は、安倍晴明様のためなんです!全部、全部あなたのためにあるんです!」
「そ、そうなんだ…。」
ゆっくりと握られた手を外す。
「晴明様が一緒にいてくれるなら、わたくし、心強いです。」
うふふ、とうれしそうに笑う芦屋さん。先ほど見せた涙はどこへやら。僕、なんだか…はめられた?
「あ、あのさ、僕、安倍右梗、だから。その晴明様って呼ぶのはちょっと…。」
「そうですか?…分かりましたわ。右梗様。今世はそのようにお呼びしますね。」
まるで、前世や来世を思わせる言い方に、ぞわりとしながら口元を引くつかせる。
「いや、様付けも気になるんだけど…。」
「右梗様、教室に戻りましょう。」
るんるんとでも音がしそうな言い方で、芦屋さんが空っぽになったお弁当箱を包み直す。
「…あ!わたくしのことは、菊花、と呼んでくださいませ。」
「え…菊花さん?」
名前を呼ぶと、うれしそうに頷く菊花さん。泣いたり、ご機嫌になったり…僕は振り回されっぱなしだ。教室まで、並んで歩く。彼女が口元をおさえていたハンカチには、リップが三日月の形に付いていた。



