芦屋さんは恋する悪陰陽師 ※ただし呪詛は本気です。

登校中、昨日の出来事を思い返す。芦屋さんは『安倍晴明様』と言った。有名な陰陽師の名前だ。そして、その魂が僕の中にある、と。
「芦屋さん…何だったんだ…?」
芦屋さんが特別変な人なのか。それとも、僕は、からかわれたのかもしれない。そう思い、昨日のことは忘れようと教室へ向かった。どちらにしても、僕はいじめられているので教室への足取りは重かったけど。

「おい、安倍。昨日は転校生を連れて校舎案内楽しかったかよ。」
ニヤニヤしながら、いじめっ子の中でのボス…津島が声をかけてきた。朝から、なんなんだ。
「別に…。」
「なんだよ。はっきりしゃべれよ。」
「うっ!」
ガン‼︎と僕の座るイスを蹴られる。僕は、バランスを崩して転けた。
「―――わたくしの席の近くで暴れないでいただけます?」
菊の花を甘くしたような香り。僕の転けた先に芦屋さんは立っていた。今しがた登校してきたようで、鞄を手に、こちらを見ている。
「…いや、こいつがさ〜。あ、芦屋さんもこいつにあんま関わらない方がいいぜ?根暗だし。」
津島に逆らいたくないから、クラスメイトは僕の孤立を選んだ。津島は、芦屋さんも僕に関わらないようにしたいのだろう。
「わたくしは、あなたに『暴れるな』と言ったのですが?」
芦屋さんが、津島に冷たく言い放つ。芦屋さんの異質な美しさがそうさせるのか。芦屋さんが放つ圧に、潰されそうになる。近くにいた僕は、ぞわりと肌が粟立った。
「…なんだよ。はいはい。」
津島は、つまらなそうに席を離れた。最後にもう一度、倒れた僕のイスを蹴って。芦屋さんは、なんでも無かったように席に座る。ホームルームのチャイムが鳴る。僕もあわててイスを戻して座った。

「ちょっといいですか?」
僕はいじめっ子たちの分の荷物も持って、次の移動教室に向かっていた。芦屋さんは一人で歩いていたはずなのに、僕を追いかけてくる。
「なに?」
「やり返さないのですか?晴明様なら呪詛でどうにでも出来るじゃないですか。」
「え?」
不思議そうにする彼女の言葉に、僕は首を傾げた。じゅそ…?僕の反応に、芦屋さんは不思議そうな顔をする。黙っていると、芦屋さんは、あぁ、と何かを思いついたような反応をした。
「晴明様が手を出すほどのことではない、ということですか。」
「えぇ…どういうこと?」
勝手に何かを納得する芦屋さん。僕は話についていけない。
「ねぇ、芦屋さん、なんで僕が安倍晴明の魂を持っていると思うの?」
「わたくしには、蘆屋道満の魂が宿っているからです。」
「えっと…?」
「蘆屋道満です。晴明様の唯一無二の好敵手だった。安倍晴明様と名前を並べるレベルの有名陰陽師。と、言っても晴明様に勝てたことは無かったですが。」
ぽつりぽつりと言葉を千切り並べるように話す芦屋さん。芦屋さんがこちらを見た。その目は真剣そのもので、とても僕をからかっているようには見えない。
「蘆屋道満の魂がそうさせるのでしょうか…。わたくしは、どうにも安倍晴明様に惹かれるのです。わたくしは、あなたに会った瞬間に、安倍晴明様の魂に気づきました。」
隣を歩く芦屋さんが一歩、僕の方に近づいた。
「晴明様は、人の悩みを呪術で解決していたそうです。それは『悩みのない平和な世界』を望んでいたんだと、わたくしは思っています。わたくしはそれを叶えて差し上げたい。それには…。」
芦屋さんは、僕の手から、するりとノートを一冊奪った。いじめっ子の一人のものだ。
「ちょっと…!返して!」
「悪はわたくしの手で消していかないと。」
芦屋さんは、小さく何かをつぶやきながら、スススと指で線を描くようにノートをなぞった。
「はい。返します。」
「わっ!」
突然ノートを返される。移動教室に着くと、津島とその仲間たちが後から入ってきた。それぞれに、持たされていたノートや文房具を渡す。授業が始まった。そのとき、悲鳴が聞こえた。
「いってぇ!」
「わっ、大丈夫⁉︎」
騒めくクラスメイト。いつも津島と一緒にいる、いじめっ子の一人が悲鳴をあげたらしい。そちらを見ると、いじめっ子は指をおさえていた。
「どうしたの⁉︎」
先生が駆け寄る。
「ノートで、手切った…。」
「血がすごいから保健室に行きなさい!」
「いってぇ…。」
「指切っただけで、あんなに血が出るなんて…。」
先生がそうつぶやいた。ハッとして、芦屋さんを見る。芦屋さんは僕を見て、「しー」と口元に人差し指を立てる。その口はニヤリと笑っていた。その不気味で美しい笑顔が、この事件は彼女の仕業なことを裏付けていた。