芦屋さんは恋する悪陰陽師 ※ただし呪詛は本気です。

「やっと、見つけましたわ…!安倍晴明様!」
―――美しい少女が、黒紫の長い髪をなびかせ、微笑む。狂気が滲むその瞳には、僕が…いや僕の魂が映っていた。

「おい!安倍!これ運んどけよ。」
下駄箱にいたクラスの男子たちが、ドサッと、乱暴に僕に鞄を投げた。その中の一つが、バン!と僕に当たった。投げた本人たちは、それを見て、ゲラゲラと下品に笑う。僕は、三人分の鞄と自分の鞄を持った。これは、いつもの光景で、他の生徒は気にする様子もない。いじめは、もう数ヶ月も続いていた。大人に相談できず、自分で解決しようとした。はじめは抵抗していたが、それが逆にいじめをエスカレートさせることに気づいてしまった僕は、もう無気力だった。
「……。」
黙って鞄を運ぶ。ずしりと重いのは鞄なのか、僕の心なのか。教室につくと、僕は持ち主たちの席にそれぞれ鞄を置いた。そして、教室の後ろの方にある自分の席に座る。机には『消えろ』の文字。数日前に書かれたそれは、やっと薄くなってきていて。その文字を隠すように、出す必要もないノートを机に広げた。ガラリと教室の扉が開く。
「はい。おはようございます。ホームルームの時間ですよ。ほら、みんな座ってください。」
いじめには気づいているはずなのに、見て見ぬふりをしている頼りない担任が、教室に入ってくる。いつもと違うのは、担任の後ろに、少女がいたことだった。少し俯いていて、表情が見えない。うちの制服ではない黒のセーラー服。ざわめくクラスメイト。
「転校生を紹介します。芦屋菊花さん。今日からうちのクラスだから、みんな仲良くするように。」
担任の言葉にクラスメイトの視線が、彼女に集中する。すっと上げた顔に、クラスメイトが息を呑むのが分かった。
―――陽に当たったことがないような白い肌、血を思わせる赤い唇、長い黒髪に紫色の菊の髪飾りをつけた彼女は、まさに和風の美人だ。ツンとした表情と、スラリとした体型、黒のセーラー服が、彼女のアンニュイな雰囲気によく似合っていた。
「芦屋さんは、あの空いてる席ね。」
担任が指差す席は、僕の真後ろだ。
「じゃあ、ホームルーム終わります。芦屋さんは、昼休みに職員室に来てくださいね。」
それだけ言って、担任が教室を出る。クラスメイトに注目されながら、スタスタと無言で歩く彼女。あまり見るのも失礼かと思い、僕は自分の机の上を見つめていた。
「……?」
足音が僕の真横で止まる。目だけ動かして、横を見ると足元が見えた。少しずつ視線を上に動かすと、芦屋さんと目が合う。先ほどまで、興味なさげに下を向いて歩いていた芦屋さんの瞳は、僕を見て揺れた。長いまつ毛が花びらのように開き、灰紫の瞳が僕を見つめる。美しくも不気味な雰囲気をもつ彼女の瞳が、どろりと熱をもったような気がした。たった一瞬のことだったが、焦って弾かれたように、僕は目をそらす。すると、彼女は何もなかったかのように、僕の後ろの席に座った。

―――僕の真後ろの席に座る芦屋さん。彼女が、赤い唇を歪めて笑っていたことは、誰も知らない。