ねえ、それって本当に嘘?

 直樹の黒い目が僕の目を覗き込む。見ていると永遠に覗き込みたくなるような不思議な吸引力を備えた虹彩に魅せられて、瞬きすらできない僕に、さて十分(じゅっぷん)、と直樹が言った。

「え、じゅっぷん、って……」
「いやだから。これ、嘘で話をするってやつだし」

 うっすらと笑って直樹は腕を伸ばす。まっすぐにこちらに伸びてくる手に、胸が意図せずどきん、と鳴る。

「アラーム」

 ぶっきらぼうに単語が投げ込まれる。え、と僕が間抜けな呟きを漏らしたとき、机の上で、ぴろぴろとスマホが喚き出した。それを直樹が伸ばした手でするっと止める。

「あ……」

 そうされて、体から力が抜けた。暑さからか、動揺からか、滲んでしまった汗を乱暴に拳で拭い、僕は息を吐く。
 そうだった。嘘だった。今のは全部作り話だったのだ。なのに、もやもやが止まらない。

「今の全部、嘘?」
「まあ、少しは本当もあるよ。嘘ってのはリアルを混ぜた方がそれっぽく聞こえるし。ただ……」
「……ふざけんな」

 気が付いたら低い声が出ていた。綾斗? と直樹が呼ぶ。その彼の前で僕は立ち上がる。がたたっ、と椅子が悲鳴を上げた。
 でも、構わなかった。
 だってこんなの、許せるわけ、ない。

「ふざけんな! こんなのついちゃだめな嘘だろ!」

 僕の突然の激昂を受け止めたのは、相変わらずの凪いだ瞳。

「どうして」
「どうしてって、だって! だ、って……」

 言いながら目の前がどんどん曇っていく。目をこすりながら僕は俯く。
 ああ、直樹が、どうして、と言うのは当たり前だ。そもそもこいつは悪くない。
 悪いのは、なにも言わずに見つめてばかりいた僕。
 小説を読んでもらって批評されて。憎まれ口叩いて叩かれて。また、見つめて。
 気持ちを確かめることだってできたのに、僕はなにも言わなかった。言うのが怖かったから。
 だって言ったら全部なくなってしまう。

「綾斗?」

 こんなふうに呼ばれることも。強い光を宿すその目で見つめられることも。
 全部、全部が。
 だから、こんな空気、絶対だめなんだ。
 本当に僕は、なにをやっているんだろう。
 こんな顔、直樹にさらすわけにいかないのに。
 僕は、馬鹿だ。

「僕、もう帰……」

 俯いて鞄を掴む。足早に立ち去ろうとしたその僕の手が不意に掴まれた。
 と同時に、聞こえてきたのは、早口の、ごめん。

「やり過ぎた。ごめん」