ねえ、それって本当に嘘?

「実は俺さ、こう見えて案外友達に頼られるタイプなんだよ。だから高二の今でも小学校時代のツレから普通に電話とかあって。一昨日もそう。シンジってサッカー部でチームメイトだったやつから、延々と彼女の愚痴を話聞かされてね。それがまあ、可愛い相談なの。キスしたいんだけどそのタイミングはいつがいいのかとか。聞いたら付き合ってもう半年以上って言うだろ。いやいや、半年でキスまだなのかってちょっと突っ込んだんだよ。そうしたらあいつ言うの。しようと思うんだけど、事の瞬間、自分がどんな顔をしてるのか、想像したら怖くてできないって。どうやらシンジはさ、キス顔、鏡で練習してたらしいんだわ。その顔がどうも自分的に恥ずかしすぎたらしくてどうしたらいいかって。で、キスの練習、させてくれって言うわけ。俺に」
「は?!」

 黙っていようと思っていたのに思わず声が出てしまった。

「え、ちょっと待って。それで直樹、キスの練習……」
「綾斗綾斗。これは嘘の話だ。落ち着け」

 冷静に言われ、僕ははっとする。そうだった。これは嘘の練習だった。動転した自分に恥じ入りながらパイプ椅子に座り直すと、直樹は額から垂れてきた汗をさっと手の甲で拭った。
 まっすぐにこちらを見る直樹の目から僕は慌てて目線を外す。

 ……だめだ、やっぱり見てしまう。

 動揺する僕になど直樹は当然気付かない。淡々とした口調で先を続ける。

「で、キスの練習なんて冗談じゃないって言ったわけ。けど、好きな子いないなら別に問題ないだろう、友達を見捨てるのかって泣かれるんだよ。電話で二時間。さすがにそこまでされると俺も人がいいから、じゃあまあ一回くらいならってうっかりオッケーしちゃったんだよ」

 オッケーしちゃったの?!

 思わずそう問い返そうとして僕はこらえる。いやいや、これは嘘の話嘘の話。動揺した方が負けだ。
 直樹は机の上に置かれたペットボトルの水滴を指先でなぞりながら言葉を継ぐ。

「ってことでシンジと会ったんだ。駅前のさ、ほら、アヒルスターってカラオケ屋。あそこでやってみようって話になって。とはいえさ、さすがにこっちもね、緊張するわけだ。正直、変な話をシンジが持ちかけて来るもんだから気になって前日ほとんど眠れてないし。とはいえ、まあシンジとはよくつるむし、ここでぎくしゃくするのも嫌なわけだよ。だから覚悟を決めて目を閉じて……」
「ちょ、ちょっと待って? 本当に嘘の話だよね?」
「嘘の話だよ」
「いや、だってアヒルスター出してくるとか話の解像度が……」
「リアルな嘘って話だろ。続けていい?」
「……どうぞ」

 もう一体、どんな気持ちで聞けばいいかわからない。僕は完全にパニックになりながら直樹の整った口許を見つめる。

「がちがちに緊張しながらシンジが俺の肩に手を置いてぐいっと引き寄せてきて。そこで俺、はたと気付いたんだよ。大事なこと忘れてるって」
「大事な、ことって?」

 なにも言わないつもりだったのについつい口を挟んでしまう。その僕の顔を直樹はちらっと見てから、すうっと目を眇めた。

「俺、ファーストキス、まだだったわ、と」
「え、な、直樹そう、そうなんだ」

 ああ、もう。ここでほっとした顔しちゃったらばれちゃうのに。
 僕は小さく深呼吸する。そんな僕を直樹は流し見てから、スポドリを一口口に含む。

「で、ストップってシンジに言った。さすがにファーストキスはお前とは無理だと。だって俺さ」

 そこで直樹はテーブルの上に片肘で頬杖を突いて、こちらに顔を寄せる。我知らず前のめりに聞いていた僕と直樹の顔が近づいた。

「好きな子、いるんだ。同じ部に」