不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―

最近、ゼリアとの国境付近の空気がまた不穏だと、護衛騎士たちが話していた。

その中で、一つの言葉が耳に残った。

――ウィル様が、来週その国境近くまで出立するらしい。

その話を聞いてから、アリスはそのことが気にかかっていた。

その夜も、アリスはいつも通り林のベンチへ向かった。

ベンチには、先にウィルが座っていた。

いつものように本を読んでいる。

林の隙間から、細い三日月が見えていた。

アリスは腰を下ろし、空を見上げるふりをした。

けれど本当は、空なんて見ていない。

ポケットの中で、守り紐を握りしめていた。

ベンチに来るたび、こうして忍ばせてきた守り紐だ。

昨日が、彼の誕生日だった。

――もちろん、私からの贈り物なんて受け取ってもらえるはずがないことくらい分かっている。

それでも、せっかく作った守り紐だから。

危険な任務へ向かう彼に、せめて渡す真似だけでもしてみたかった。

アリスはポケットの中の守り紐をぎゅっと握り、深く息を吸い込む。

心臓の音が、やけに大きく聞こえた。

それでも、勇気を振り絞る。

「あの……」

声をかけると、ウィルが本から顔を上げた。

アリスは慌てて言葉を続けた。

「来週、出立されるとお聞きして」

ウィルはいつも通りの表情で、「えぇ」と短く答えた。

素っ気ない返答に、心が折れそうになる。

それでも、やけくそ気味に言葉を続けた。

「これ、もしよかったら」

ポケットから守り紐を取り出す。

「私が作ったので、何のお守りにもならないかもしれないですけど」

自分でも何を言っているのか分からない。

「いらなかったら、捨ててください」

言うだけ言って、守り紐を自分が座っていたベンチの上に置いた。

もはやウィルの顔を見ることは出来なかった。

そして、そのまま逃げるようにその場を離れた。

――――――――――

塔へ戻ったところで、ようやく足の力が抜けた。

部屋に入った瞬間、アリスはその場にへたり込む。

「……渡せた」

安堵に近い息をもらす。

うん、大丈夫、ちゃんと渡せた。

捨ててあっても、別に……平気だもの。

私が作ったものなんて、不吉を呼ぶだけだと思われているから、捨てられていて当然だ。

それでもなぜか、ウィル様は、きっと捨てたりはしない人だとも思った。

だとしたら、受け取らなければ――ベンチの上に置いたままのはずだ。

明日、回収に行こう。

そう思いながら、アリスは膝を抱えた。

胸の鼓動は、まだ少し速かった。

――もし、そこになかったらどうしよう。