不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―



アリスはウィルの後ろ姿を見送ってから、レオニダスとともにエレナたちが待つ応接室へと向かう。

しばらく廊下を歩いたところで、レオニダスが口を開いた。

「帰りは、団長が迎えに来られるかもしれませんね」

「えっ?」

アリスは驚いてレオニダスを見る。

「でも、お迎えは大丈夫だとお伝えしたのですけど……」

「エレナ様とお会いになるのでしたら、団長のお仕事の方が先に終わるかもしれません」

「あ……」

言われてみれば、確かにそうだった。

けれど、すぐに別のことが気にかかる。

「でも……ウィル様もお疲れなのに」

レオニダスはアリスへ視線を向けた。

「今は、アリス様がお傍にいられる方が、団長も休めると思いますよ」

「……そうでしょうか」

「はい」

迷いなく返され、アリスは思わず視線を落とす。

そして、ふと思い出してレオニダスへ顔を向けた。

「そういえば、レオニダスさん。お母様のお加減はいかがですか?」

「退院してからこの一年ほどは、比較的体調はいいです」

「そうなのですね。よかった」

アリスは安堵したように微笑む。

「以前いただいたショールは、今でも大切に使っていますよ」

「本当ですか?」

「はい。家宝だと言って、とても気に入っています」

「家宝だなんて、そんな……。でも、気に入っていただけて、良かったわ」

そんな話をしているうちに、応接室が見えてきた。

その時、廊下の向こうからこちらへ駆けてくる姿があった。

「アリス様!」

アリスは足を止める。

「ルーカス様」

ルーカスは二人の前まで来ると、アリスを見上げた。

「お久しぶりです」

「はい。お久しぶりです」

「すごく心配してたんだよ。よかったぁー」

ルーカスはほっとした表情を浮かべる。

「……ありがとうございます」

アリスが微笑むと、ルーカスは何かを思い出したように自分の手首を見せた。

「見て。今日はアリス様に会えるから、してきたんだ」

その手首には、以前アリスと一緒に作った守り紐が結ばれていた。

「まあ……」

「エレナもしてるよ」

そう言うと、ルーカスは先に応接室へ向かい、そのまま勢いよく扉を開けた。

「母さま、エレナ!アリス様が来たよ!」

室内にいたナタリアがこちらを振り返る。

その傍らにいたエレナもぱっと顔を上げたが、アリスと目が合った途端、恥ずかしそうにナタリアの後ろへ隠れてしまった。

「エレナったら……。あなたのために来てくださったのよ」

ナタリアは困ったように笑ってから、アリスへ視線を戻す。

「アリス様。お帰りなさい」

「ナタリア様……。この度は、ご心配をおかけしてしまって……」

アリスは丁寧に頭を下げる。

「大変でしたでしょう。こうして無事に戻ってきてくれて、本当に良かったわ」

「ありがとうございます」

アリスが顔を上げると、ナタリアの後ろからエレナがこちらを覗いているのが見えた。

目が合うと、また恥ずかしそうに顔を隠してしまう。

「エレナ、ほら」

ルーカスはそう言うと、エレナの手を取ってアリスの前へ差し出した。

「ちゃんとしてるでしょ?」

その手首には、ルーカスと同じように、以前アリスと一緒に作った守り紐が結ばれている。

「兄さま!」

エレナは慌てて手を引っ込めると、再びナタリアの後ろへ隠れてしまった。

「えっ……」

ルーカスは少し困ったような顔をし、ナタリアは苦笑する。

アリスはエレナの前まで歩み寄ると、かがんで視線の高さを合わせた。

「エレナ様」

ナタリアの後ろから、エレナがそっと顔を覗かせる。

「しばらく会いに来られなくて、すみません」

アリスは柔らかな表情で続ける。

「また、たくさんお話ししてくださいますか?」

エレナはジッとアリスを見つめていた。

やがてナタリアの後ろから出てくると、そのままアリスへ駆け寄り、ぎゅっと抱きつく。

「……アリス姉さま」

アリスは一瞬目を見開いたあと、嬉しそうにエレナの背中にポンポンと触れる。

ナタリアはその様子を微笑ましく見つめていた。

「さあ、座ってお話ししましょうか」

ナタリアの言葉にルーカスはナタリアの隣へ、エレナはアリスと一緒に向かいのソファへ座った。

それからしばらく、ルーカスとエレナは、友達のことや勉強のこと、最近気に入っている遊びのことなど、様々な出来事をアリスへ話してくれた。

二人の話の辻褄が合わないと、ナタリアが言葉を補う。

「それでね――」

話の途中で、エレナがふと何かを思い出したのかアリスの腕をくいくいと引っ張る。

「そうだ。アリス姉さま、お菓子作りのこと忘れてない?」

「もちろん、覚えていますよ」

アリスが答えると、エレナの顔がぱっと明るくなる。

「お母さま、早く一緒にお菓子作りたい!」

「そうねぇ」

ナタリアは微笑みながら、アリスへ視線を向けた。

「アリス様、近いうちにまたお呼びしても大丈夫かしら?」

「はい、ぜひ。私も楽しみにしていましたので」

そのやり取りを聞いていたルーカスが、そこで口を開く。

「そういえば、アリス様。シチューも食べさせてくれるって言ってたよね」

「あ……そうでしたね」

アリスは思い出したように微笑んだ。

「あら、じゃあ、その時にシチューも作ってはどうかしら?私もお手伝いするわよ」

ナタリアが楽しそうに提案する。

「僕も手伝う!」

「エレナも!」

「では、みんなで作りましょうか」

アリスがそう言うと、ルーカスとエレナは嬉しそうに頷いた。

そうして四人で過ごしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。

そしてレオニダスが言っていた通り、帰る頃にはウィルが迎えに来た。


―――――――――――


帰りの馬車の中。

「ナタリア様と、お菓子とシチューを作る約束をしました。あの……お誘いいただいたら、行ってもいいですか?」

「そういえば、エレナが言っていたな」

「はい。エレナ様が覚えてくださっていて」

アリスは口元を綻ばせる。

「随分、楽しみにしていたみたいだからな」

「シチューはルーカスか?」

「はい」

1年以上前に交わした何気ない約束を、二人とも覚えていてくれたことが何より嬉しかった。

「時間が合えば、オレも食べに行く。シチューは食べ損ねたからな」

アリスは一瞬目を瞬かせ、それから微笑んだ。

「はい。ぜひ」

そんなことを話しているうちに、馬車は屋敷へ到着した。

扉が開き、先に降りたウィルがアリスへ手を差し出す。

「ありがとうございます」

手を借りて馬車を降りると、アリスは自然にウィルの腕へと手を添える。

夕暮れの中に立つ屋敷を見上げると、窓にはすでに灯りがともっていた。

ウィルとアリスは共に歩き出す。

玄関へ近づくと、扉が開いた。

中ではクララとテリーが二人を待っていた。

「お帰りなさいませ、旦那様。アリス様」

「あぁ」

ウィルがいつもの短い返事をする。

アリスは昨日泣いてしまって言えなかった言葉を口にした。

「ただいま戻りました」