不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―



馬車は王宮へ向かって、ゆっくりと進んでいた。

「疲れていないか?」

隣に座るウィルに尋ねられ、アリスは首を横に振る。

「いいえ、昨日もほとんど馬車に乗っていましたから」

「大変なことがあったあとだ。無理をして欲しくない。帰国の報告は後日でも構わないと言っただろう」

「でも、本当に大丈夫なんです」

アリスはウィルを見上げる。

「それに、国王様にも早めにお礼を申し上げたくて」

今回、無事に戻ることができたのは、多くの人が助けてくれたからだ。

そのために、エドワード国王もきっと様々な手を尽くしてくれたのではないだろうか。

「……そうか」

ウィルは一度頷いたものの、すぐに続ける。

「やはり、帰りも送っていく」

アリスは困ったような表情を浮かべる。

「でも、この後、お仕事だと――」

「すぐ戻れる。問題はない」

アリスはウィルの腕にそっと触れる。

「昨日も、私が眠るまでウィル様がお傍にいて下さって……とても幸せだったんです」

頬が熱くなるのを感じながら、言葉を続ける。

「ですから、本当に無理はしていないんです」

ウィルはしばらくアリスを見つめると、腕に触れているその手に、自分の手を重ねた。

「……分かった」

アリスはウィルの仕草に口元を緩める。

「それに、あの……お屋敷の皆さんには、とても優しく迎えていただきました」

昨日の出来事を思い出したのか、嬉しそうに話し出した。

「『お帰りなさい』と言って下さって……」

「アリスが戻るのを待っていたからな」

「それなのに、泣いてしまって、皆さんにご心配をかけてしまいました。ただ、嬉しかっただけなんです」

アリスは照れたように微笑む。

「皆、分かっている」

「そうしたら、クララさんが抱きしめて下さって……。あ、それから、バラクさんはイチゴのタルトを用意して下さっていたんです。とても美味しかったです」

アリスは楽しそうに続ける。

「それから今朝、イメルダさんが鈴蘭が咲き始めたことを教えて下さって。ウィル様と一緒に見ることができました」

ウィルはアリスの次々とこぼれる話を、柔らかな表情で聞いていた。

しばらくして、馬車が止まった。


―――――――――――


王宮へ到着したアリスは、ウィルとともに謁見の間へと向かった。

室内には国王エドワードをはじめ、重臣たちがすでに顔を揃えている。

アリスはウィルとともにエドワードの前まで進むと、一歩前へ出て、丁寧に頭を下げた。

「エドワード国王陛下。この度、ゼリア王国より無事に帰国いたしましたことをご報告申し上げます」

「アリス様。よく戻られました」

顔を上げたアリスは、改めてエドワードを見つめる。

「この度は私のためにご尽力いただき、ありがとうございました」

そう言って、もう一度深く頭を下げる。

「……頭を上げてください」

その声に、アリスはゆっくりと顔を上げた。

「今回のことで、アリス様には大変な思いをさせてしまい、本当に申し訳ないことをしました」

「ゼリアへ行くことは、私自身が決めたことです。国王様が謝られることではありません」

「いや、最終的に判断したのは国王である私なのだよ」

エドワードは一度言葉を切り、アリスの姿を確かめるように見つめた。

「本当に……ご無事でよかった」

その言葉に、アリスは胸の奥がじんわりと温かくなる。

エドワードは安堵の笑みを浮かべると、今度はアリスの隣に立つウィルへ視線を向けた。

「ウィル、ご苦労だったな。任務に参加した騎士たちへ、よくやってくれたと伝えてくれ」

「分かりました」

エドワードは頷くと、再びアリスへ視線を戻した。

「アリス様の帰国については、今朝ゼリアから正式な文書が届いています。これで手続き上も問題はありません」

「ありがとうございました」

アリスはほっと息をつく。

「婚姻式についてですが、ウィルから可能な限り早く執り行いたいとの申し出がありました。アリス様も、それでよろしいですか?」

アリスはウィルと視線を合わせてから、頷く。

「はい。あの……よろしくお願いいたします」

「分かりました。では、各国への連絡も含め、早急に準備を進めましょう」

エドワードはどこか優しげな笑みを浮かべる。

その後、正式な謁見を終え、エドワードが席を立った。

重臣たちへ退室を促したあと、アリスへ向けた表情が少しだけ和らぐ。

「それと、この後、少し時間をいただけるかな」

「はい」

「エレナがあなたに会いたいと、昨日からうるさくてね。応接室にいるから、寄ってくれると助かる」

エドワードは困ったように笑う。

アリスは嬉しそうにウィルを見上げた。

ウィルが頷くのを見てから、エドワードへ視線を戻す。

「あの、ぜひ、私もエレナ様にお会いしたいです」

「疲れているところ、申し訳ないね」

エドワードは頷くと、そのまま退出した。

その後、アリスとウィルも謁見の間を出る。

ウィルは仕事へ戻るため、アリスへと声をかける。

「では、行ってくる」

「お帰り、お待ちしています」

「あぁ」

ウィルは傍らに控えていたレオニダスへ視線を向ける。

「こちらは二刻ほどで終わる予定だ」

「分かりました。お戻りになる際にご連絡いたします」

「あぁ。頼む」

短く答えたレオニダスにアリスを任せ、ウィルはその場を後にした。