不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


塔から少し離れた林の中で、ウィルたちは息を潜めていた。

トルシア、ミルバーグ両国の精鋭部隊で編成された十二人は、ゼリア兵の騎士服に身を包み、口元を布で覆っていた。左腕には、識別用の赤布を巻いている。

この位置なら、塔全体を見渡せる。

塔で非常事態が起きない限り、こちらが動くことはない。セシリオが王宮を制圧するまで待機し、何事もなければそのまま帰国することになっていた。

張り詰めた静寂の中、不意に風を裂く音が響く。

一本の火矢が、塔の屋根へ突き刺さった。

続けざまに二本、三本と火矢が放たれ、乾いた屋根へ炎が燃え移る。

「放火だ!」

塔を警備していたセシリオ派の護衛二人は、すぐさまホースを手に取り、火元へ向けて放水を始めた。

だが、その前へ二十名ほどの近衛兵が駆け込み、先頭に立つ隊長が鋭く声を張り上げる。

「国王陛下のご命令だ! 消火をやめろ!」

護衛の一人が、塔を背に一歩前へ出た。

「おやめください。セシリオ殿下より、王女をお守りするよう命じられております」

「国王陛下のご命令に背く気か。取り押さえろ!」

近衛兵たちが一斉に護衛へ襲いかかる。

さらに数名の兵が、松明を手に塔へ向かって駆け出した。

その光景を見た瞬間、ウィルは戦況を把握した。

――火はまだ間に合う。近衛兵を制圧しなければ、アリスを安全に救出できない。

「ジョン」

「はっ」

「トルシア隊は迎撃。松明を塔へ近づけるな」

「承知!」

「エリオット」

「はい」

「ミルバーグ隊は応戦しつつ、消火を優先しろ」

「お任せください」

全員の返答を確認すると、ウィルは近衛兵隊長へ視線を向けた。

命令を飛ばし、戦場を動かしているのはあの男だ。

「オレが頭を抑える。戦況が落ち着きしだい、王女を救出する」

ジョンは力強く頷いた。

「承知しました」

そう答えると、真っ直ぐウィルを見据える。

「ですが、危険だと判断されたら、迷わず王女を優先してください」

その言葉に、エリオットも力強く頷く。

ウィルは二人を見つめ、短く頷いた。

「不要な殺傷は避けろ。制圧を優先だ」

「はっ!」

次の瞬間、十二人は一斉に林を飛び出し、近衛兵との距離を一気に詰めた。

突然現れた兵たちに、近衛兵隊長は目を見開く。

全員がゼリア兵の騎士服をまとっている。

だが、その部隊に見覚えはない。

しかも、迷うことなく近衛兵へ襲いかかってきた。

「何者だ!」

隊長が叫ぶ。

その隙に、ウィルは一直線に間合いを詰めた。

隊長の前へ、副官二人が立ちはだかる。

一人目の剣を受け流し、そのまま柄で鳩尾を打ち抜く。

苦悶の声を漏らして膝をついた男の横をすり抜けると、もう一人の剣を弾き上げ、返す峰打ちで首筋を捉えた。

副官は、その場へ崩れ落ちる。

「貴様……!」

隊長が鋭く踏み込んだ。

互いの剣が激しくぶつかり合う。

鋭い連撃だった。

しかし、ウィルは一歩も退かない。

隊長の剣を最小限の動きで受け流しながら、ウィルは一瞬だけ周囲へ目を走らせる。

松明を持つ兵は次々と制圧され、ミルバーグ隊も消火を続けながら近衛兵を押し返している。

――押しきれる。

その時だった。

隊長が渾身の一撃を振り下ろす。

ウィルは半歩だけ身を開き、その斬撃をかわすと、一気に懐へ踏み込んだ。

柄打ちが鳩尾を捉え、体勢を崩した隊長の首筋へ峰打ちを叩き込む。

隊長は、そのまま力なく崩れ落ちた。

「隊長!」

近衛兵たちの動きが一瞬止まる。

その瞬間だった。

屋根を包んでいた炎が、一気に吹き上がった。

ウィルは反射的に塔を見上げる。

――アリス!!

想定以上に火の回りが早い。

――まずい。

「救出に向かう」

「こちらは何とかします!」

ジョンが応じる。

ウィルは短く頷いた。

「塔から飛び降りることも想定しておけ」

「水を!」

頭から浴びた水が、騎士服を一瞬で濡らす。

ウィルはそのまま、燃え盛る塔へ駆け込んだ。