不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


ゼリア王宮の会議室では、いつものように重臣たちを集めた定例会議が行われていた。

各地から届いた報告が読み上げられ、財政や軍備、近隣諸国の情勢について話し合われていく。

だが、ヴェルムントの関心は別のところにあった。

三か月ほど前、息子のセシリオは肺炎を患い、二週間近く床に伏していた。

幸い、今では体調も戻り、公務へ復帰している。

それでも、未だに公務の多くを王宮ではなくセシリオの屋敷で執り行っていた。

「陛下」

重臣の一人が書類へ目を落としながら口を開く。

「セシリオ殿下ですが、お身体も随分回復されたようです。近いうちに王宮での公務も本格的に再開されるとの報告を受けております」

「……そうか」

短く返したものの、ヴェルムントの表情は動かなかった。

回復した。

医師もそう言っている。

だが、ヴェルムントにはどうしても拭えないものがあった。

肺炎そのものではない。

問題は、あの王女をこの国に迎えてから起きたという事実だ。

偶然などという言葉で片づけられるものか。

幼い頃から風邪一つ引かない、丈夫な息子だった。

公務で多少の無理をしても、長く寝込むようなことなどほとんどなかった。

その息子が病に倒れた。

――やはり、あれは不吉を呼ぶ王女だ。

ヴェルムントの中で、その思いはもはや疑いではなく、確信へと変わりつつあった。

ならば次は誰だ。

フレデリックか。

それとも――自分か。

その考えが浮かぶと、胸の奥に重苦しいものが沈んだ。

病か、事故か。

あるいは、もっと別の何かか。

分からない。

分からないからこそ、恐ろしかった。

一度抱いた疑念は、考えれば考えるほど大きくなっていった。

「……陛下?」

重臣の声に、ヴェルムントは顔を上げた。

そして、口を開く。

「あの王女は、セシリオに不吉を呼んだ」

突然の言葉に、会議室の空気が凍りつく。

重臣たちは互いに顔を見合わせ、誰もすぐには口を開けなかった。

やがて、一人がおそるおそる口を開く。

「陛下……セシリオ殿下のご病気と、アリス王女との間に因果があるとは――」

「ないと言い切れるのか?」

遮るように問い返され、重臣は言葉を失った。

「殿下のご病気は、医師も肺炎と――」

「医師に何が分かる」

ヴェルムントは冷たく言い放つ。

「奴らは病を診ることはできても、不吉まで見抜けるわけではあるまい」

再び沈黙が落ちる。

誰かが否定すればするほど、ヴェルムントにはそれが自分の考えを理解していない証のように思えた。

なぜ、誰も気づかない。

なぜ、危険を放置しようとする。

「あの王女を生かしておけば、いずれ私にも不吉を呼ぶかもしれん」

静まり返った室内で、一人の重臣が意を決したように進み出る。

「陛下、お待ちください」

ヴェルムントの眉がわずかに動く。

「アリス王女は、我が国が国賓として迎えた方です。何の確かな理由もなく危害を加えたとなれば、国としての対面が保てません」

「何の理由もなく、だと?」

声が低くなる。

「セシリオはあれほどの肺炎を患った。それでも理由にならぬと言うのか」

「しかし、それがアリス王女によるものだという証はございません」

ヴェルムントは重臣たちを冷たく見渡した。

「証がなければ、次の災いが起きるまで待てというのか」

「陛下――」

「もし次に、私の身に何か起これば誰が責任をとる」

重臣たちは言葉を失った。

ヴェルムントにとっては、もはや国の対面など問題ではなかった。

自分に災いが降りかかるかもしれない。

その恐怖だけが、すべてに勝っていた。

やがて、ヴェルムントはゆっくりと立ち上がる。

その瞳には、もはや迷いはなかった。

災いが起きてからでは遅い。

ならば、その前に取り除けばいい。

ただ、それだけのことだった。

「陛下、どうか――」

「黙れ」

低く吐き捨てる。

そして、壁際に控えていた近衛兵隊長へ視線を向けた。

「近衛兵隊長」

「……はっ」

わずかな間を置いて、返事が返る。

ヴェルムントは何のためらいもなく命じた。

「今すぐ、塔を焼き払え」