不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


ゼリア国王の誕生祭を終えた翌日。

帰国する各国の一行は、それぞれ予定どおり国境へ向かっていた。

その途中、ミルバーグ、トルシア両国の国境近くにある、セシリオに協力する貴族の屋敷で三人は落ち合った。

ウィルは単独で、レオンハルトは護衛としてエリオットだけを伴っている。

応接室へ案内されると、扉が閉じられた。

室内にはセシリオ、レオンハルト、ウィルの三人だけとなる。

セシリオは二人へ視線を向けた。

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます」

二人は頷いた。

「まずは現在の状況をご報告いたします」

そう切り出すと、一枚の資料を机へ広げる。

「重臣につきましては、概ね協力を得られる見込みです。軍につきましても、主要部隊の掌握はほぼ完了しております」

前回の会談から三か月。

水面下で準備は着実に進んでいた。

「もちろん、国王側の反発は避けられません。しかし現状であれば、制圧は可能と判断しております」

レオンハルトが口を開いた。

「決行の時期は」

「三か月後を考えております」

ウィルとレオンハルトは互いに視線を交わし、頷いた。

「異論はありません」

ウィルが答える。

「ミルバーグとしても了承します」

レオンハルトも続けた。

そして、気になっていたことを尋ねる。

「一点だけよろしいでしょうか。国王陛下は、どのように処遇されるおつもりですか」

セシリオはわずかに目を伏せる。

「身柄を拘束した後、退位していただく予定です。その後は離宮で療養していただこうと考えています」

少し間を置いてから続けた。

「父と私たち兄弟は以前から、国の在り方について意見が異なっていました。他国へ侵攻し、領土を広げることで国を豊かにしていくという父の考えには賛同できませんでした」

「ですが、それでも以前の父は、国のためにそう判断しているのだと理解していました」

セシリオは一瞬、天井を仰いだ。

「……今は違います。近年の父は、冷静な判断ができなくなっています。国の利益や国民のことすら顧みず、己のために国政を行っています。だからこそ、今回の計画を決断いたしました」

レオンハルトは頷いた。

「分かりました」

ウィルも何も言わない。

セシリオは息を吐くと、改めて表情を引き締めた。

「もう一つ、課題があります。アリス王女のことです」

そう言うと、地図を広げる。

ゼリア王宮と、その離れに建つ塔の周辺図だった。

「王宮制圧を確実なものにするためには、できる限り多くの戦力を王宮へ集中させたいと考えております」

指先が塔を示す。

「アリス王女が滞在されている塔の警備は、私が指揮可能な兵だけで固めております。しかし、事が起きれば塔へこれ以上兵を割くことは困難です」

張りつめた空気が流れる。

「そこで、提案があります」

セシリオは真っ直ぐウィルを見た。

「戦場におけるウィル殿下の力量は、報告を通じて十分承知しております」

ウィルは何も言わず続きを待つ。

「ですので、ウィル殿下には塔周辺で待機していただき、万一の際の護衛をお願いできないでしょうか。もちろん、表立ってというわけにはいきませんが」

「そうしていただければ、王宮制圧にもより多くの兵を回すことができます」

「アリス王女に危険が及ぶと判断された場合には、トルシアへお連れいただいて構いません。何事もなければ、正規の手続きを経て速やかにご帰国いただくつもりです」

「承知しました。私個人として協力いたします」

ウィルは間を置くことなく答えた。

セシリオは深く頭を下げる。

「ありがとうございます」

レオンハルトは一度ウィルへ視線を向けた。

「でしたら、私も個人として協力しましょう」

セシリオはわずかに目を見開く。

「レオンハルト殿下……」

「妹の安全にも関わることです」

レオンハルトは落ち着いた口調で続けた。

「ウィル殿下へミルバーグの精鋭を数名お貸しします」

ウィルはその申し出に頷いた。

「……感謝いたします」

セシリオは改めて礼を述べた。

「それでは、侵入経路をご説明します」

セシリオは再び地図へ視線を落とした。

三人は地図を囲みながら細かな確認を進めていく。

侵入経路や撤退経路、塔周辺の兵の配置など、アリスに関連する必要事項を一つひとつ詰めていく。

それらの確認を終えると、決行当日におけるトルシア、ミルバーグ両国の動きについての最終確認が行われた。

予定どおり、国家として表立って介入はしない。

必要最低限の支援に留めるという方針に変更はなかった。

「詳細につきましては、今後も密書にて詰めていきたいと思います」

「分かりました」

決行へ向けた最終方針は固まった。

決行の日は、三か月後。

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屋敷の外へ出ると、レオンハルトが足を止めた。

「そういえば、ウィル殿下に紹介しておきましょう」

隣に控えていた騎士が一歩前へ出る。

「エリオットと申します」

「ああ」

エリオットは一礼した後、続ける。

「アリス様の警備を担当しておりました。ひと月ほど前、リリスの夫となりました」

ウィルはわずかに目を見開く。

「そうか。結婚したのか」

その声には、安堵が滲んでいた。

「昨日、そのことは妹にも伝えました。とても喜んでいましたよ」

レオンハルトが口を開く。

「そうですか」

ウィルは短く頷いた。

その様子を見ていたセシリオが口を開いた。

「誕生祭でも感じましたが、ウィル殿下はアリス王女をとても大切に思われているのですね」

セシリオは一拍置いて苦笑する。

「ですが、あの場では少々肝を冷やしました」

ウィルは少し気まずそうに視線を外した。

「申し訳ありません」

レオンハルトは二人の会話を聞いて、口を開く。

「妹を大切にしていただけるのは何よりです」

そう言って笑みを浮かべる。

「幸い、周囲は気付かなかったようですから」

セシリオも頷く。

それ以上、この話題が続くことはなかった。

互いに短く別れの挨拶を交わし、それぞれの帰路へ就いた。