不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


トルシア王宮の応接室では、まずは形式通りの挨拶が交わされていた。

「ゼリア国王陛下の誕生祭へのご招待、確かに承りました」

エドワード国王がそう告げると、セシリオは頷いた。

「ご出席いただけるのであれば幸いです」

「ミルバーグとしても出席させていただきます」

レオンハルトが続ける。

「ご招待に感謝いたします」

「ありがとうございます」

表向きは、三国間の外交会談だった。

その後、各国の近況確認が行われた。

最後に話題は半年前からゼリア王国に滞在しているアリス王女の現状へ移る。

「妹の様子はいかがでしょうか」

レオンハルトが尋ねる。

「塔の中で静かに過ごされています」

一息置いてから、セシリオは付け加えた。

「父の意向で、アリス王女も誕生祭へご出席いただく予定です」

セシリオの言葉に、レオンハルトは僅かに眉をひそめ、ウィルが顔を上げる。

だが、どちらも何も言わなかった。

正式な会談が終了したところで、エドワードが席を立った。

「では私はこれで失礼しましょう。ウィル、あとを頼む」

その言葉を合図に、トルシアの重臣たちも立ち上がる。

ミルバーグとゼリアの側近たちも続いた。

部屋にはセシリオ、レオンハルト、ウィルだけが残された。

セシリオは内心緊張していた。

これまでも密書のやり取りは続けてきたが、こうして顔を突き合わせて具体的な話をするのは初めてだったからだ。

もちろん、今さら協力が得られなくなるとは思っていない。

だが、それと信頼関係は別だった。

互いにどこまで信用できるのかは重要な問題だった。

それに、こちらは国賓という名目で王女を預かっている。

だが、その立場は人質と大差なかった。

今回の計画にトルシアとミルバーグが協力している理由の一つがアリス王女であることも理解していた。

だからこそ、王女に何かあれば計画そのものが揺らぐ。

そんな中、沈黙を破ったのはウィルだった。

「会議を始める前に、一つだけよろしいですか」

「何でしょうか」

「誕生祭のことです」

ウィルは真っ直ぐセシリオを見る。

「アリス王女は人前に出るのが得意ではありません。その点はご配慮いただければと」

その言葉に、セシリオは頷いた。

「なるべく短い時間でのご参加となるよう配慮いたします」

「くれぐれもよろしくお願いいたします」

丁寧だが釘をさすような口調だった。

レオンハルトは一瞬だけウィルへ視線を向けた。

「本題に入ってもよろしいでしょうか」

セシリオがそう切り出すと、ウィルとレオンハルトは頷いた。

「まず、軍内部の掌握状況についてですが」

ウィルの表情が僅かに引き締まった。

「一部上層部の協力は得られております。主要部隊の配置についても調整が進んでいます」

「掌握は可能そうですか」

短い問いだった。

セシリオは少しだけ考えてから答える。

「正直なところ、現時点では何とも言えません。もう少し時間が必要です」

率直に進捗状況の説明をする。

失敗すれば多くの人間の人生が終わる。

その重さは十分理解しているからこそ、正確な情報を伝える必要があった。

ウィルもそれ以上は追及しなかった。

続いて口を開いたのはレオンハルトだった。

「重臣たちはどうですか」

「こちらは今のところ、半数以上への働きかけが進んでおります」

セシリオは頷く。

「表立って動けない者もおりますが、協力の約束は取り付けております」

レオンハルトは息を吐いた。

少なくとも政権交代後に国政が立ち行かなくなる可能性は低そうだった。

セシリオは二人へ視線を向けた。

「改めての確認となりますが、両国はどの程度までのご協力をお考えでしょうか」

レオンハルトとウィルは一瞬だけ視線を交わした。

先に答えたのはレオンハルトだった。

「ミルバーグとして表立った介入はいたしません」

「トルシアも国家として動くつもりはありません」

ウィルが続ける。

それは予想していた答えだった。

「ただし」

レオンハルトが言葉を継ぐ。

「必要であれば退路の確保や一時保護程度であれば協力は可能です。情報共有も継続いたします」

「できる範囲の中で協力いたします」

セシリオはその言葉にひとまず安堵した。

「それだけしていただければ、十分です」

むしろ、内政問題にそれ以上を求めるべきではない。

「時期についてですが、現状ではまだ不透明です」

ウィルとレオンハルトは黙って次の言葉を待った。

「ですので、誕生祭で最終確認を行いたいと考えております」

「分かりました」

ウィルが答え、レオンハルトも頷いた。

レオンハルトは少し考えるように視線を落とした後、再びセシリオへ視線を向けた。

「王位はどうなされるおつもりですか」

予想していた問いだった。

「兄が継ぐことになるかと」

セシリオは迷いなく答える。

「フレデリック王太子が」

「ええ」

レオンハルトは黙って続きを待った。

「国の現状についても十分理解しておりますし、王としての資質も備えております」

その後もいくつかの確認が行われたが、大きな認識の違いはなかった。

やがて会談は終了した。

セシリオは一人になってから、肩の力を初めて抜いた。

一応、うまくいったと考えていいのだろうか。