不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


うたた寝から目を覚ましたアリスは、しばらくぼんやりと天井を見つめていた。

——ウィル様の夢を見ていた気がする。

内容までは思い出せないけれど、胸の奥には温かな余韻だけが残っていた。

きっと、幸せな夢だったのだろう。

そう思った瞬間、その温もりはゆっくりと現実へ溶けていく。

部屋にいるのは、自分一人。

——ウィル様はもう、傍にはいない。これからも、きっと……。

胸の奥へ、冷たいものが広がっていく。

アリスはそっと首を振り、胸元の鈴蘭のネックレスへ手を添えた。

小さな鈴蘭が、日中の光を受けて輝いている。

その花を何度指先でなぞっても、いつものように胸のざわめきは少しも収まってはくれなかった。

——ウィル様に、一目だけでもいいから会いたい。

この半年、何度願ったか分からない。

その願いを振り払うように、アリスは立ち上がる。

手芸箱を開き、糸を一本ずつ並べていく。

「……鈴蘭の守り紐を作ろうかしら」

ネックレスの鈴蘭を見本にしながら、糸を編み始める。

糸を編んでいるうちに、ウィルと一緒に鈴蘭を見た時のことを思い出した。

♢♢♢♢♢

家具選びをした翌朝。

アリスはウィルの腕へ手を添えながら、屋敷の玄関を出た。

仕事前に塔まで送ってくれるというウィルと共に、馬車へ向かってゆっくりと歩き始める。

ふと、花壇へ視線が向いた。

その様子に気付いたウィルが足を止める。

「花を見ていくか」

「いえ、大丈夫です。これからお仕事ですよね」

アリスは慌てて首を振った。

「少しなら時間は取れる」

「あの……じゃあ、少しだけ、いいですか」

ウィルが頷くと、アリスは口元を綻ばせた。

二人は並んで花壇へ歩み寄る。

色とりどりの花々が咲く中、その一角に、小さな白い鈴蘭が可憐に咲いていた。

「鈴蘭……」

「あぁ」

「もうそろそろ咲く頃だと思っていたんです。見られて良かったです」

ウィルは花を見つめるアリスへと眼差しを向ける。

春風が吹き抜け、鈴蘭が揺れた。

やがて、ウィルが口を開いた。

「しばらくしたら、ここに住むんだ。いつでも見られる」

その言葉に、アリスはほんのりと頬を染めた。

「……そうですね」

少しだけ間をおいて、アリスは遠慮がちに口を開く。

「あの……こちらで暮らすようになったら、また庭の手入れや、お料理のお手伝いをしてもいいですか」

「もちろんだ」

「でも、その……相応しくないと、言われないでしょうか」

庭の手入れをしたり、料理を手伝ったりする時間は、アリスにとって大切な時間だった。

けれど、結婚すれば自分一人のことでは済まなくなる。

ただでさえ、ウィルに負担ばかりかけている。

これ以上、自分のことでウィルに迷惑をかけるようなことだけは、したくなかった。

その言葉に、ウィルは苦笑する。

「何も変える必要はない。アリスはそのままでいい」

「……でも」

「傍にさえいてくれればいい」

アリスは思わず俯き、頬を赤く染めた。

甘やかされてばかりではいけないと分かっているのに、胸の奥が嬉しさで満たされていく。

しばらくして、ぽつりと呟く。

「……ウィル様は私に甘いです」

「ダメか」

その言葉に、アリスは顔を上げた。

真っ直ぐに向けられる翡翠色の瞳を見つめ返し、首を振る。

「……ダメではないです」

アリスはウィルの腕を両手でぎゅっと抱き、その腕へそっと顔を寄せた。

♢♢♢♢♢

ふと、アリスは守り紐を編む手を止める。

幸せだった記憶の余韻が広がっていた。

けれど、その温もりに触れるほど、もう届かない現実が胸を締めつける。

——もうきっと、手は届かない。

「……」

アリスは深く息をつく。

一瞬だけ目を閉じてから、アリスは止めていた手を再び動かし始めた。

一本、また一本。

鈴蘭へ想いを込めるように、黙々と守り紐を編み続けた。