不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


ミルバーグ王女がゼリアへ来てから、半年ほどが過ぎていた。

この半年、表向きは大きな問題も起きていない。

その一方で、こちらの働きかけも、少しずつ実を結び始めている。

セシリオは書類に署名をする手を止め、ペンを置いた。

ふと、3か月前に兄へ計画を打ち明けた日のことを思い出す。

王太子である兄に知らせないまま、事を進めるつもりは最初からなかった。

話を聞き終えた兄のフレデリックは青ざめた顔でしばらく黙り込み、それから苦しそうに息を吐いた。

「本当に大丈夫なのか? 何かあればお前は……」

その先を言えずに視線を落とす。

セシリオはそんな兄を見つめながら首を振った。

「それでも、これ以上国を駄目にするわけにはいきません。民も疲弊しています。兄上も分かっているでしょう」

フレデリックは苦しげに眉を寄せた。

「それは……分かっている」

その返答に迷いはなかった。

父のやり方に疑問を抱いていることも、このままでは国が立ち行かなくなることも、兄は十分理解している。

ただ、父に逆らうことだけが出来なかっただけだ。

長い沈黙の後、フレデリックは再び口を開いた。

「だが、成功した場合、父上はどうするのだ」

セシリオは少し表情を和らげた。

「療養していただくだけです。最近のご様子は明らかにおかしい。おそらく……」

そこまで言って言葉を切る。

兄も同じことを考えているだろう。

「私は口うるさいので父上からあまり良く思われていません。それでも、私の父親に変わりはありませんから」

その答えを聞いて、少なくとも父を断罪するつもりがないことは理解していただいたのだろう。

頷いた後、どこか自信なさげに言った。

「それならば……。だが、お前が王位につくという選択はないのか?」

セシリオは思わず兄を見た。

「私は気が弱い。自分でも王に向いているとは思えない」

その言葉に、セシリオは内心ため息をつく。

兄の自己評価の低さだけは昔から変わらない。

頭脳明晰で、人の話にも耳を傾け、民のことも考えている。

王としての資質は十分にあるというのに、本人だけがそれを信じようとしない。

「兄上」

セシリオは兄の目を真っ直ぐ見た。

「私は王位につくのは兄上しかいないと思っています。以前、この国の将来についてお話しした際、兄上は私よりもずっと先のことまで考えておられました」

フレデリックが顔を上げる。

「もちろん、私も最大限補佐いたします」

フレデリックはしばらく何も言わず弟を見つめていた。

やがて観念したように息を吐く。

「……分かった」

そして、少しだけ苦笑した。

「お前を信じる」

それが兄からの了承だった。