不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


アリス様がゼリアへ行かれてから、5か月が経とうとしていた。

廊下の掃除をしながら、ふと手を止める。

最初にお会いした時、私はアリス様の中に芯の強さを感じた。

襲われたばかりだというのに、誰かに寄りかかろうとされない。

そればかりか、泣いてしまったことを後悔されているようにも見受けられた。

そして、一緒に過ごすうちに、アリス様がどんな方なのか少しずつ分かっていった。

とてもお優しくて、どこか遠慮深げで、人の機微に敏感な方。

けれど、ご自分のなさりたいことはきちんと言葉になさる。

もちろん、それは最大限に周囲へ気をつかわれた上でのことだった。

正直なところ、料理や庭仕事を手伝いたいと言われたときには、とても驚いた。

けれど、不思議と旦那様にはこういう方がお似合いになるのだろうなと思えた。

まぁ、あの不愛想な旦那様をお優しいと言えるところも、とても面白い方だと思えたのだけれど。

そんなアリス様らしさを思い出すたび、自然と浮かぶ出来事がある。

私の誕生日の日のことだ。

その日、用事で外出して屋敷へ戻ってくると、玄関ホールにアリス様が立っていた。

隣にはリリスとテリーの姿もある。

「あら、どうされましたか?」

そう声をかけると、アリス様は少しそわそわした様子で口を開いた。

「あの、クララさん。こちらに来ていただけますか。その、お見せしたいものがあって」

そう言いながら、使用人たちが食事を取る部屋へ視線を向ける。

何だろうと思いながらリリスとテリーを見ると、二人ともどこか楽しそうに微笑んでいた。

「なんでしょうか」

そう言ってアリス様の後について部屋へ入る。

すると、そこには数名の使用人たちが集まっていた。

そして部屋の中央には、大きなホールケーキが置かれている。

思わず足を止めた。

アリス様の方を見ると、少し恥ずかしそうにこちらを見ていた。

「あの、お誕生日おめでとうございます」

あまりに思いがけなくて、一瞬言葉が出なかった。

続けてバラクが口を開く。

「クララさん。そのケーキはアリス様が作られたんですよ」

流石に驚いた。

自分の誕生日など、すっかり忘れていた。

以前、何気ない雑談の中で話したことを覚えていてくださったのだ。

それだけでも十分嬉しいのに、まさかこんな形で祝っていただけるなんて思ってもいなかった。

「ありがとうございます、アリス様」

気づけば顔が綻んでいた。

「こんなプレゼントを頂けるなんて、とても嬉しいです」

そう言って頭を下げる。

アリス様はほっとしたような表情を浮かべてから、微笑まれた。

あの方の笑顔を、これからもっと増やしていけたらと願っていたのに。

つい手を止めてしまっていたことに気づき、再び掃除を始める。

旦那様との婚姻式も近づき、屋敷の中もアリス様を奥様としてお迎えする準備が順調に進められていた。

私も含めた使用人たちも皆、アリス様がこの屋敷に住まわれることをとても楽しみにしていた。

だからこそ、ゼリアへ連れて行かれてしまってからというもの、屋敷の中には重い空気が流れていた。

何より、旦那様の様子が気がかりで——もちろん、表には出しておられないし、仕事も普段通りこなしておられる。

けれど、お傍でお仕えしてきた私共には分かっていた。

旦那様がひどく落胆し、ご自分を責めておられることを。

ただ、それだけではないことも皆分かっている。

まるで宝物のようにアリス様を大切にされていたのだ。

旦那様がアリス様を諦めるはずがないと――。