不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


セシリオは、斜め前の席に座るアリス王女の姿を、時折視界に入れた。

王弟といる時の雰囲気とは明らかに違う。

今の彼女は不安と緊張で顔がこわばり、どこか陰りのある表情をしていた。

ふと、引き渡しの場で初めて彼女を見た時のことを思い出す。

正直に言えば、拍子抜けした。

“不吉を呼ぶ姫”。

そんな噂を聞いていたから、勝手に陰気で近寄り難い人物を想像していたのだ。

噂の王女と会うことに、妻は少なからず心配していた。

不吉な噂を信じていたわけではない。ただ、夫が関わる以上、心配だったのだろう。

だが実際に会ってみれば、本当に杞憂だった。

確かに黒髪と黒い瞳は珍しいが、ごく普通の若い女性という印象の方が強かった。

我が国で続いた不運も、やはり偶然が重なっただけなのだろう。

引き渡しの場でも、彼女は今と同じように不安げな表情を浮かべていた。

ただ、王弟が気遣うように視線を向けた時だけ、安心したように表情を和らげていた。

こちらに王女を引き渡す直前まで、王弟は傍を離れようとはしなかった。

多くを語らずとも、その様子を見れば十分だった。

セシリオは小さく息を吐き、視線を再び目の前のアリス王女へ向ける。

結局、安心させるような言葉をかけるのを思いとどまった。

形式的には国賓として迎える以上、身の安全は保証すると伝えるべきなのだろう。

だが、陰りのある表情の方が、“不吉を呼ぶ姫”に見えて好都合かもしれないと思ったのだ。

トルシアとミルバーグとの今後を考えれば、この王女を無事に返すことが絶対条件だ。

父が噂を恐れ、距離を置くのであればその方が安全だった。

不吉を呼ぶ姫だと警戒しているうちはまだいい。

だが、ただの無力な王女だと判断した時――父が何をするか分からない。

最悪の事態だけは避けなければならなかった。

父が彼女の世話を面倒事のように自分へ押しつけてきたのは、むしろ幸運だったのかもしれない。

自身が信頼する兵と使用人で周囲を固めることができる。

計画が成功するまで。

そして、この王女を無事に国へ返すまで。

そのための準備だけは、決して怠るつもりはなかった。


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ゼリア国王ヴェルムントは、目の前に立つ王女を値踏みするように眺めた。

本当に黒目、黒髪なのだな。

顔立ちは驚くほど地味で、王族らしい華やかさがかけらもない。

――これほどまで、見栄えがしないとは。

やはり、トルシアの王弟との婚約も我が国を牽制するための方便だったのであろう。

あの王弟が本気で相手をするような娘には到底見えなかった。

所詮は政略の駒に過ぎない。

自分の置かれた状況を考えれば、怯えるのも当然だが、それにしても陰気な娘だ。

俯いたままの姿も、か細い声も、どこか生気が薄い。

王女のもつ黒色が余計に顔色の悪さを際立たせていた。

まるで葬送の場にでも立っているようだ。

俯いていた王女が、ふと視線を上げる。

その仄暗い黒い瞳に、ヴェルムントは背筋が凍った。

――気味が悪い。

あの目を見ていると呪われそうだ。

王女から少し視線をずらす。

不吉を呼ぶというのも、あながち間違いではないのかもしれん。

とりあえず1年だ。

もし、面倒を任せたセシリオに何も起きなければ、所詮は噂に過ぎんと証明できる。

その時はどちらの国に仕掛けようか。

トルシアか。

それともミルバーグか。