不吉を呼ぶ姫は愛されないはずだった ―王弟が望んだのは、ただ一人の婚約者―


今日、私たち塔の警護部隊は、その役目を終える。
半年間お守りしてきたアリス様を、ゼリア王国へ送り届けるためだった。

王宮の中庭には出発を待つ馬車が用意され、その周囲には私たち塔の警護騎士が配置についている。

やがて、ゼリア国第二王子セシリオ殿下が姿を現した。
その少し後ろを、アリス様が歩いて来られる。

馬車の前で足を止められた時、不意にこちらへ視線が向けられた。
私たちに気づいたのだろう。
一瞬だけ、頭を下げられる。

その表情には、隠しきれない緊張が滲んでいた。

「アリス王女、参りましょうか」

セシリオ殿下が穏やかに声をかけ、手を差し出される。

アリス様は小さく頷かれると、その手を借りて馬車へ乗り込まれた。

扉が閉まる。

やがて馬車はゆっくりと動き始めた。

私たちも馬を進め、その後に続く。

馬車を囲むように警戒を続けながら、ゆっくりと馬を歩かせる。

不意に、あの日のことが脳裏に浮かんだ。

♢♢♢♢♢

「エドワード国王陛下へ、早めの面会をお願いできますか」

塔の入口で警護に当たっていた時だった。

声をかけられ振り返ると、アリス様が立っていた。

その青ざめた表情を見た瞬間、胸がざわつく。

「……もしかして、ゼリアの件ですか」

「えぇ」

私は思わず一歩前へ出る。

「でも、まだウィル団長が戻っていません。面会は、もう少し後でも……」

アリス様は困ったように微笑まれ、首を横へ振る。

「これは、私の問題ですから」

迷いのない声だった。

「これ以上、ウィル様にご迷惑をおかけしたくありません」

「そんなことは――」

言いかけた、その時だった。

「ダリア」

隣からジョン部隊長の低い声が響く。

視線だけで十分だった。

――それ以上は駄目だ。

そんなことは、分かっている。だけど……。

私は唇を噛み締めた。

「……失礼しました」

♢♢♢♢♢

アリス様は、いつも周囲へ気を遣われる、本当に遠慮深い方だった。

ゼリアから要求があったと聞いた時、アリス様ならきっとこういう決断をされるのだろうと思っていた。

あの状況では、断れないことも分かっていた。

それでも、一人で抱え込まないでほしかった。

――ほんの少し前まで、あんなに幸せそうだったのに……。

思わず、手綱を握る手に力が入る。

正式に婚約されてから、お二人で過ごされる姿をよく見かけるようになった。

最初の頃は、団長の腕へ手を添える仕草にも、どこかぎこちなさが残っていた。

それがいつしか、自然なものへと変わっていった。

アリス様は団長の傍にいると、本当に幸せそうな表情をされていた。

それに、鈴蘭のネックレスを毎日のようにつけられていた。

首元のネックレスに気づいて、「とても可愛いですね」と声をかけたら、アリス様は少し恥ずかしそうに、

「……ウィル様に頂いたんです」

と囁くような声で教えてくれた。

「団長が!?この可愛い感じのをですか?女性の装飾品なんて全然分からなそうなのに」

つい、失礼な本音が口から出てしまった。

アリス様はその言葉にくすっと笑われ、

「私の好きな花を覚えていてくださっていたの」

そう言って、嬉しそうにネックレスへ触れられた。

団長は忙しいはずなのに、時間を見つけては塔へ足を運ばれていた。

その様子を見ていれば、アリス様をどれほど大切に思われているのかくらい、私たちにも分かった。

何より、時折アリス様へ向けられる眼差しは、驚くほど優しかった。

「あんな団長を見る日が来るなんて」

警護部隊の皆でそんな話をこっそりとしたこともある。

だからこそ。

あの団長が、アリス様を諦めるわけがない。

それだけは分かる。

もし再びアリス様をお守りする機会が訪れるのなら、その時は迷わず剣を取ろう。