翌朝、アリスはいつもより早く塔を出た。
最近は、夜には毎日のように林のベンチへ行くが、早朝に出ることはそれほど多くなかった。
それでも、時々こうして早朝の林の空気を吸いに来る。
朝のひんやりした空気が、好きだった。
ただ、今日はどうしても気になることがあった。
昨夜ベンチに置いてきた守り紐が、どうなっているのか。
林の小道を進みながら、胸の鼓動が少しずつ早くなるのを感じる。
やがてベンチが見えてきた。
アリスは足を止めて、恐る恐る、ベンチの上を見る。
……ない。
守り紐は、そこにはなかった。
アリスはため息をついた。
――やっぱり、捨てられたのかもしれない。
私が作ったものなんて、きっと不吉を呼ぶだけだと思われているもの。
そう思いながらも、胸の奥が痛む。
けれど、ふと別の考えが浮かんだ。
もし、ほんのわずかな可能性で、ウィル様がまだあの紐を持っていたら。
そして、それで何か悪いことが起きてしまったら。
――どうしよう。
そんな考えがよぎり、アリスは思わず首を振った。
塔へ戻ると、リリスがすぐにアリスの様子に気づいた。
「アリス様、どうかなさいましたか?」
アリスは少し迷ってから、守り紐のことを話した。
ベンチに置いてきたことも、今朝なくなっていたことも。
話し終えると、リリスは少しだけ眉を寄せた。
「アリス様」
「はい……」
「アリス様が心をこめて編んだ紐が、悪いもののはずがありません」
きっぱりと言う。
「でも……」
「守り紐は、大切な人の無事を願って贈るものです」
リリスは腕を組んだ。
「何でしたら、私にも作ってください」
その言葉に、アリスは思わず笑ってしまった。
――――――――――
それから四日後の夜。
アリスはいつも通り林のベンチへ向かっていた。
きっと出立の準備でお忙しいのだろう、あれからお会いしていない。
もう、帰ってくるまでここで偶然お会いすることもないかもしれない。
こちらへ休憩にいらっしゃるのも、週に二回ほどだもの。
そんなことを考えて歩いていると、ウィルがベンチに座って、本を読んでいる。
一礼をかわした後、アリスはそっと隣に腰を下ろした。
いつも通り、二人の間に言葉はない。
ページをめくる音だけが聞こえる。
やがてアリスは、小さく口を開いた。
「あの……」
ウィルが顔を上げ、翡翠色の瞳がこちらを向いた。
「もうそろそろ、出立されるのですよね」
ウィルは本を閉じてから答えた。
「えぇ。明後日です」
それだけで、また沈黙が落ちる。
アリスは少し迷ってから、続けた。
「もし、あの紐を持ってくださっているようなら……」
アリスは指先をぎゅっと握った。
「不吉な感じがしたら、すぐに捨ててください」
ウィルは少し黙った後、短く言った。
「守り紐でしょう、不吉だとは思いませんが」
アリスが驚いて顔を上げる。
それだけ言うと、ウィルは無意識に袖を少し整えた。
その動きで、手首がわずかにのぞく。
深い緑と金の糸が、月明かりの下で小さく光っていた。
けれどアリスがそれに気づくことはなかった。



