【シナリオ】一途な殺し屋の偽装結婚



●煌葉宅、翌日の早朝
広い敷地内の中央に左近の住む母屋があり、東側には日向、西側には煌葉の別宅がある。
布団の上で着物のまま眠っていた天音が、ふと目を覚ました。

天音(…は⁉︎いつの間にか寝ちゃってた⁉︎)

帯の窮屈さに耐えかねて体を起こそうとした時、突然ぎゅっと抱き寄せられる。
隣で眠っていた煌葉だった。

煌葉「まだ寝る」
天音「っ!!!!」※パニック

体が密着して、あどけない寝顔がすぐ近くにある。その唇に目がいった天音がついに耐えられなくなった。

天音「きゃあああああ!」

偽装夫婦一日目は、天音の絶叫で幕を開けた。


●台所
天音は少し不機嫌そうにしながら、かまどへ薪を入れた。その後ろで寝起きの煌葉が眉を下げて謝罪する。

煌葉「悪かった。俺もいつの間にか眠ってしまって」
天音「そ、そんなことで怒ってるんじゃない」
煌葉「じゃあ隣で寝たこと?夫婦なんだから寝室が一緒なのは当然だろ」
天音「なっ、だって私たち……!」

言葉を詰まらせた天音は昨夜の出来事を思い出す。
夫婦の契りを結ぶ際、煌葉は左近に見えないようにして天音と口付けする“ふり”をした。口に含んだ酒は煌葉がすべて飲み込み、天音は一滴もそれを飲んでいない。

天音「…契りを結んでないし、煌葉も“偽装夫婦”って言ってたじゃない」※視線を逸らしながら
煌葉「じゃああの時、無理やり結んでもよかったのか?」
天音「っ…」

煌葉の真剣な目に見つめられて、ドキッとした天音が黙り込む。

天音(偽装結婚だから、夫婦の契りを誤魔化した煌葉は間違っていない)
(だったら、私が今モヤモヤしていることって……)

そこで左近が言っていた言葉が脳裏に浮かんだ。

左近『煌葉の初恋がようやく実ったんだな』
天音(あれは、煌葉の初恋が私ってことなの?確かめたいけど、私から尋ねるもなんだか恥ずかしいし)

頭の中で思考をぐるぐるさせていると、煌葉がかまどに手をかざして火をつけた。
さらに包丁で人参を切りながら、今後の予定を話しはじめる。

煌葉「朝食を済ませたら敷地内を案内する」
天音「え?」
煌葉「里にも出て市場や広場を見て回ろう」
天音「…わかった」(なんだか、デートみたい)

そう思うと、先ほどまで抱いていたモヤモヤが少しだけ薄れていった。


●左近邸の敷地内、日向宅、午前
簡単に敷地内を回った後、東側にある日向の自宅に向かった。

日向「おはよー!」
天音「え…日向、くん?」

くりっとした垂れ目と明るい笑顔の日向が自宅前で二人を迎えた。その素顔を初めて見た天音は、日向の性格がそのまま顔に表れていることに安心する。

日向「天音さんが正式に煌葉の奥さんになったから、やっと顔出しできたよ〜」
天音(だから日向くんは頑なに鬼面を外さなかったのね)「改めてよろしくお願いします」
日向「こちらこそ。契りを結んでいない偽装夫婦ではあるけど、並んで歩くと二人お似合いだな!」
天音「え…」
煌葉「当然」

二人が口付けしていないのは、日向の位置からバッチリ見えていた。
色々と協力してくれる日向に、天音も信頼を寄せる。

煌葉「これから天音に里を案内してくる」
日向「え!俺も行きたい」
煌葉「お前はどうせ千里(せんり)さん目当てだろう」
日向「ばれたか」
天音「千里さん?」

初めて聞く名前に天音が軽く首を傾げた。


●里の小川沿いの道
綺麗な小川を眺めたり畦道を歩きながら、三人が並んで歩く。

天音モノ『煌葉は夜霧の里を案内しながら色々と教えてくれた』
『帝都からは馬車で一日かかる夜霧の里。山々に囲まれた盆地に存在すし、三百世帯ほどの住民が平穏に暮らしている』
『空気も水も綺麗で、夜に霧が発生したときは幻想的な世界が広がるらしい』
『そして一番重要なのは――里の人々は全員、煌葉たちが殺し屋で異能使いという事実を知らない』


●商店通り、茶屋
里の中心部に数軒の商店があり、三人はそのうちの茶屋にやってきた。
店に入ると、艶やかな黒髪を一つにまとめ凛とした顔つきの看板娘、千里が出迎える。

千里「いらっしゃ…!」
日向「やっほー」
千里「いませ。お好きな席へどうぞ」

千里に素っ気ない対応をされるも、日向は嬉しそうにいつものテーブル席に着いた。
日向の向かいに座った天音は、隣の煌葉にそっと尋ねる。

天音「千里さんって、もしかして日向くんの想い人?」
煌葉「ああ。全然相手にされていないけど」
日向「おい聞こえてんだよ。煌葉、結婚したからって調子に乗ってんなー」

煌葉の結婚を口にした途端、お茶を楽しんでいた周囲の若い女子らが一斉に三人へと視線を向けた。
隣に座る天音を見ながら、何やらコソコソと会話している。

女子1「あの“恋愛に興味ない”って顔をしていた煌葉さんが、結婚⁉︎」
女子2「隣に座ってる人が奥さんかしら?」
女子3「私たち誰一人相手にされなかったのに…!」

全身に視線が刺さる天音が居心地の悪さを感じていると、煌葉と日向が女子たちに圧をかける。
ビクッとした女子たちは視線を戻して沈黙する。そこへ千里がやってきた。

千里「気にしなくていいわ、あんな雑音」
天音「あ、ありがとうございます…」
日向「千里さん。俺も、いつでも結婚できます」
千里「ご注文は?」
日向「雑音にされた」

千里と日向のやりとりが面白く、またそれだけ仲良しな関係性も見えて天音の心が和んだ。

天音モノ『この茶屋は里の住民にとって憩いの場で、煌葉と日向くんもよく訪れるという』
『看板娘として働く千里さんは私たちの二つ年上。日向くんは随分前に千里さんに一目惚れして以降、ずっとこんな調子らしい』

注文した団子を綺麗に食べた三人が茶屋を出る時、千里が店先まで見送りに出る。

千里「何か困ったことがあったらいつでも相談にきてね」
天音「嬉しいです!私、毎日ここに通います」

同性の頼れる友人ができて、天音が笑顔を咲かせる。その様子を見ていた煌葉も安堵の表情をした。

煌葉「千里さん。里にきたばかりの天音のこと、よろしくお願いします」
千里「もちろん。明るくて良い子を嫁にもらえて、煌葉も幸せ者ね」
煌葉「はい」

煌葉は照れながらも嬉しそうに返事をした。それにつられて天音が恥ずかしそうに俯く。

天音(…でも千里さんは、煌葉と日向くんが殺し屋だってこと知らないんだ)

その秘密は守らなければと、天音は改めて気を引き締めた。


●煌葉の自宅、午後
茶屋を後にした三人が屋敷に戻ってきた。日向とも別れ、天音と煌葉が帰宅する。

煌葉「千里さんを紹介できて良かった。俺は任務で家を空けることもあるから…」
天音「ねえ煌葉。ちょっと二人でゆっくり話さない?」
煌葉「?」

天音の提案に煌葉が少し驚いた表情をする。先に座敷へと入った天音は一人考えていた。

天音(里を歩いてみて気づいた。私、今の煌葉のことを何一つ知らない)
(表向きは妻なのに、大人になった煌葉の好きな食べ物も趣味も、何もわからない)
(今の煌葉のことをもっと理解したい…)


●座敷
卓袱台を挟んで座ると、天音が早速本題に入る。

天音「色々案内してくれてありがとう。今度は、煌葉のことを教えてほしい」
煌葉「俺?」
天音「そう。十年前のあの日、煌葉にどんな災難が起こって、今までどうやって生きてきたのか」
煌葉「……」
天音「どうして、殺し屋になったのか」

記憶の中の少年だった煌葉と、現在の煌葉とではどうしても納得できないズレがある。それを理解するには、これまで煌葉がどのように生きてきたのかを知る必要があると思った。
知ることへの怖さも持っていた天音は、膝の上で拳をギュッと握る。

煌葉「……十年前」

すると煌葉が当時のことを語りはじめた。

煌葉「俺の両親は殺されたんだ」
天音「え……」
煌葉「最強の殺し屋、梔子(くちなし)という男に」

そう語る煌葉の赤い瞳が怒りに満ちていた。