【シナリオ】一途な殺し屋の偽装結婚



●(回想)小学校の門前、十年前。
登校中の当時八歳の天音は、前を歩く煌葉の後ろ姿を発見して駆け寄る。

天音「煌葉、おはよう〜!」
煌葉「おはよう!天音」

煌葉が振り返って天音を笑顔で迎える。

天音モノ『近所に住む町医者の息子で同い年の“煌葉”とは、毎日遊ぶ仲だった』
『賢くて運動能力に長けていた彼は、いつも私の一歩前を歩く頼れる幼なじみ』

しかし平穏な日々は一転する。


●煌葉の自宅、夜
煌葉の邸宅が火事になる。燃え盛る炎を泣きながら見ていた天音は、煌葉とその両親の無事を願う。

天音モノ『翌朝。焼け跡から煌葉の両親と思われる成人の遺体が発見された』
『だけど、一緒に住んでいた煌葉は見つけられず』
『捜索困難な瓦礫の山を見た大人たちは「両親と一緒に亡くなった」ということで捜索を終わらせた』

しかし天音はそれを信じていなかった。

天音(煌葉は頭も良いし運動もできるから、きっと火事から逃げ延びているはず。大人たちが死亡扱いにしてしまって出るに出れないだけ)
(煌葉はどこかで元気に生きている…!)

あれから十年経った今も、煌葉の生存を願い続けていた。


●(回想終わり)草地、夜
そんな彼が生きていたことは喜ばしいが、殺し屋になっていたとは想像もしていなかった。
歓喜と困惑が同時にやってくる天音に、煌葉はゆっくりと話しかける。

煌葉「驚かせてごめん。でも逃げないで話を聞いてほしい」
天音「っ…」

落ち着いている煌葉が手をかざすと、天音の行く手を阻んでいた炎がふっと消えた。草の焼けた匂いと余煙に包まれながら、冷静さを取り戻した天音が尋ねる。

天音「…その炎。煌葉、異能使いだったの?」
煌葉「ある日を境に覚醒した。天音はまだ知らなかったな」
天音「さっきの黒沼や護衛の二人は、やっぱり煌葉が……」
煌葉「俺が始末した」

淡々と答える煌葉に昔のような笑顔はなく、天音が複雑な心境を抱える。

天音(冷たい表情。本当に、あの煌葉と同一人物なの?)

天音が知っている煌葉は明るく優しく正義感の強い男の子で、人殺しができるような性格ではない。
この十年の間に、一体何があったのだろうか。

天音(確実に言えるのは、生きていた煌葉が今は殺し屋だってことだ…)

もはや天音の知っている幼なじみの煌葉ではないのかもしれない。不安がよぎった時、二人のもとに近づく足音が聞こえてきた。
鬼面で顔を隠した栗色髪の相棒、日向(ひゅうが)が煌葉に詰め寄る。

日向「おい、何で顔晒してんだよ⁉︎」
煌葉「俺の不注意で面を落とした」
日向「そんな呑気にいうな、一大事だぞっ」

日向の声色は明らかに慌てふためいていた。
天音が心配になって煌葉に視線を向ける。すると煌葉は懐から丈夫な縄を取り出し、両手に持ってビンと音を鳴らした。

煌葉「殺し屋は素顔を見られてはいけないんだ」
天音「……え?」
煌葉「だから、ごめん」
天音(ま、まさか!逃げないで聞いてほしい話って「顔を見られた人物を始末しなくてはならない」ってこと⁉︎)

再会したばかりの幼なじみに絞殺されてしまう。
天音は咄嗟に顔の前で両腕を構えると、煌葉は手際よくその両手首を縛り上げた。

天音「…………あれ?」
煌葉「まずは拘束」
天音「ちょっと待って、これは一体…⁉︎」

思っていたのと違う仕打ちに天音が困惑する。そして日向も、煌葉の意外な行動に納得していなかった。
日向は腰元にぶら下げた小袋から、指の長さ程度の蓋つきのガラス管を取り出す。中には水のような液体が入っていた。

日向「違うだろ。この“忘却の水”を飲ませないと」
煌葉「…それは、すべての記憶を喪失させてしまう」
日向「そうだよ。俺たちの素顔を見た者は、殺さない代わりに一切の記憶を忘れてもらう。それが決まりなんだから」

日向の指摘を聞いて、煌葉は苦悩の表情をした。そして天音との関係を正直に打ち明ける。

煌葉「彼女は俺の幼なじみだ。それを飲んでしまったら俺との思い出も喪失してしまう。それは、嫌だ」
日向「……え?え?幼なじみって例の?この子が?」

日向は二人の顔を交互に見て狼狽えた。以前から煌葉の幼なじみの話を聞いていた日向は、全てを理解して陽気に話しはじめる。

日向「うわー!まじか!どうりでこの子が盾にされた時、空気がピリついたわけだ」
煌葉「余計なことは言うなよ」
日向「わかってるって」

煌葉の肩を叩いた日向は、明るい声で天音に挨拶する。

日向「初めまして!煌葉の相棒やってる日向です」
天音「あ…、松垣天音です」
日向「俺一つ下なんで敬語じゃなくていいっすよ。ところで天音さんは、なんで黒沼の車に乗ってたんすか?」

唐突な質問に天音がぴくっと肩を震わせる。気になっていた煌葉もすぐに補足する。

煌葉「黒沼商会は詐欺や殺人を繰り返して成り上がった極悪人の集まりだ。始末を依頼されて追跡していたら、途中で天音が合流した」

煌葉が不安げに話すと、天音は恥を忍んで同乗していた理由を説明する。

天音「…実は借金返済のため女郎屋に向かっているところだったの」
煌葉「っ⁉︎」
日向「え!天音さん売られたの?」
天音「か、家族を助けるためには、もうその道しかなくて」

身を売るほどに貧困だったことが知られてしまい、天音は羞恥に駆られて俯いた。
これまでの天音の苦労を察した煌葉が、その頬に優しく触れて煤を拭き取る。

天音「っ!」※ドキッとする
煌葉「直前で阻止できてよかった。天音がそんな大変なことになっていたとは…」
天音「っ…!そ、それは煌葉も同じでしょ?殺し屋なんて非道な生業――あ、ごめんなさい」

どんな理由があっても、人の命を奪う殺し屋をこの時の天音はよく思っていなかった。
すると煌葉は視線を外して申し訳なさそうに答える。

煌葉「これには訳がある。でも今は話せない」
天音「…うん」
煌葉「ただこの十年の間、天音を忘れたことはなかった」
天音「…私もだよ」

天音の言葉に、煌葉は少し驚いた顔をする。

煌葉「え?」
天音「ずっと、煌葉は生きてるって信じていたんだから」

天音は瞳を潤ませながら微笑んだが、煌葉は複雑な心境だった。
黒沼商会の脅威から解放された天音を、このまま家に帰してあげられない。その理由を日向が語る。

日向「煌葉の素顔を見た天音さんには、“忘却の水”を飲んでもらわないといけない」
天音「それを拒んだらどうなるの…?」
日向「煌葉は罰を受けるし、天音さんも生かしておけない。よって俺が二人を始末する」
天音「え!」

命を奪う仕事の決まりを破れば、命を奪われることになる。
裏世界の恐ろしさを知った天音は、煌葉を守るようにして日向の前に立ちはだかる。

天音「あの火事から生還した煌葉を、こんなことで死なせたくない!」
煌葉「天音…」
天音「で、でも家族や煌葉の記憶を無くすのも嫌…。何か他に方法はないの?」
(私があの時暴れなければ、煌葉は素顔を晒さずに済んだ)
(全ての責任は私にある。だけど……)

大切な家族との記憶。幼い頃の煌葉との楽しい思い出。それらを全て喪失することへの恐怖心が芽生える。
すると煌葉が重いため息をついて話しはじめる。

煌葉「……一つだけ、回避する方法がある」
天音「え?記憶を無くさずに済むの?」
煌葉「ああ。どんなことでも、受け入れる覚悟はあるか?」

問われた天音は、煌葉と視線を合わせながら残してきた家族のことを考えていた。

天音(お母さんと蒼太にはお金を渡してあるし、生きている限りまた会えるはず)
(何より、記憶を無くしてしまったら私が私じゃなくなってしまう)
(それを回避できるなら…)

天音は決断して煌葉に向かって力強く頷いた。

天音「…ある!」

その返事を聞いた煌葉は、落とした面を拾い懐に入れると突然天音を軽々と抱きかかえた。

天音「きゃ!」
煌葉「そうと決まれば行こう」
日向「はいよ」
天音「え!行くって、どこへ⁉︎」

天音が顔を上げると、煌葉の整った顔が間近にあり思わず胸を鳴らした。
煌葉は顔色を変えず淡々と行き先を告げる。

煌葉「俺たちが住む“夜霧の里”へ」
天音「夜霧?」
煌葉「これより天音は――俺の妻としてさらわれる」
天音「⁉︎」

天音は思考が停止してしまった。その間に日向が異能を使用し、三人はその場から忽然と姿を消した。