●車の中、夜
天音を乗せた黒い車は、田んぼと草地が広がる人気のない夜道をひたすら走っていた。
運転席と助手席には護衛。後部座席には天音と、居眠りする黒沼が座っていた。
憎き顔を視界に入れたくない天音は窓側に顔を向け、ただひたすら自分を追いかけてくる満月を眺めていた。
天音(…この様子だと、国の管理が行き届かない地方の女郎屋で働かされるのね)
体罰や病気は当たり前、長生きも難しい違法な場所でこれから生活することになる。
天音(私はもう、二度とお母さんと蒼太に会えない)
(それに、未だ行方知れずの幼なじみにも……)
それら全てが叶わないと悟って、天音は心が死んでいくのを感じていた。
その時、キキッという音を鳴らして車が急停車した。
天音「⁉︎」
黒沼「うお!いってえ!」
黒沼は助手席裏に頭をぶつけたが、天音は瞬時に手すりを掴んで無事だった。
運転席と助手席に座っていた護衛二人が、怯えた様子で震えている。
黒沼「このヘタクソ!急に停まるんじゃねぇ!」
護衛「く、黒沼様。あれは……」
黒沼「あ?」※打撲した頭を押さえながら
護衛が前方を指差し、黒沼が身を乗り出して確認する。何が起こったのかよくわからない天音も、同じように道路の前方へ目を向けた。
天音(…人?)
そこには車の行く手を阻むように立つ人影が車のライトに照らされていた。すらりと背が高く髪色と同じ黒の着物を着ているが、不気味に浮かびあがる鬼面が天音の恐怖心を煽る。ただの通行人ではないのは確かだった。
黒沼「まさか、あれが噂の殺し屋か…!」
殺し屋と呼ばれた人物が、車に向かって手のひらを見せてきた。瞬間、護衛二人の体が突然炎に包まれた。
護衛「ぎゃああああ!!」
天音「っ⁉︎」
もがき苦しむ声と熱気に驚いた天音は、急いで車の後部座席から脱出した。同じく黒沼も反対の扉から転げるように飛び出る。
天音(な、なにが起こったの……⁉︎)
発火するようなものはなかったはずなのに、護衛二人の体は燃え車内全体が炎に包まれた。
●道路の真ん中
間一髪のところで逃げ出した天音だが、恐怖を通り越して茫然としたままその場にへたり込む。
頼りの護衛が二人同時に始末されて舌打ちした黒沼は、天音の腕を乱暴に掴んだ。
天音「痛っ!」
黒沼「来い!」
冷や汗が止まらない黒沼とともに、道路を引き返して走る。“噂の殺し屋”から逃げるも、恐怖と動揺で二人の足は思うように動かなかった。
黒沼の向かう先に、殺し屋が軽やかに舞い降りた。
黒沼「ひぃ!」
天音(…黒沼は命を狙われていたの?私も一味だと思われてる?)
声を発しない殺し屋を前に、天音はどうすることもできずにいた。
懐から護身用の小刀を取り出した黒沼が、突然天音の体を盾にする。
天音「きゃっ⁉︎」
黒沼「そそそれ以上近づいたら、こここの娘を殺すぞ!」
声を震わせて威嚇する黒沼が、天音の首元に刃先を向けた。一歩前に出ようとしていた殺し屋の足がぴたりと止まり、鬼面越しにじっとこちらの様子を窺っている。
天音(事情はわからないけれど、護衛を失った黒沼と殺し屋の力の差は歴然。それに殺しの現場を目撃した者も始末されるのが当たり前の世界だから――)
(……ああ、飛んだとばっちりね)
二人共々始末される運命を悟って、天音が諦めるように微笑んだ。
しかし殺し屋は全然動かない。睨み合いが続いていると、黒沼が勝ちを確信して煽りはじめる。
黒沼「ははは!“無用な犠牲は出さない”理念も噂通りか!」
天音(え?私が黒沼の一味ではないことを、殺し屋はわかっているってこと?)
黒沼「そんな甘い考えで、よく殺し屋をやっているな」
つまり天音が盾になっている以上、殺し屋は黒沼に手出しできない状況だ。すると今まで沈黙していた殺し屋が、初めて声を発する。
殺し屋「甘いのはお前だ」
スッと耳に届いた男性の声。同時に黒沼が叫ぶ。
黒沼「っ!……ぎゃああ!」
どこからか飛んできた棒手裏剣が、小刀を握る黒沼の手の甲に突き刺さっていた。激痛に耐えかねて、黒沼は小刀を道路に落とし天音を解放する。
反射的にその場から離れた天音が振り返ると、入れ替わるように殺し屋が黒沼との距離を詰めていた。
天音「っ⁉︎」
黒沼「いつの間に…!」
焦りの声を上げた黒沼の頭を、殺し屋がガシッと鷲掴む。そして天音には聞こえない声量で冷たく囁く。
殺し屋「彼女に触れたお前は、跡形もなく燃やしてやる」
瞬間、黒沼の頭から激しい炎が発生し全身を覆った。
黒沼「ぎゃあああああ」
断末魔はすぐに止み、殺し屋が仕掛けた炎は黒沼の骨も残さず全てを燃やし尽くした。
その恐ろしい光景を見てしまった天音は、自然と涙目になる。
黒沼を始末した殺し屋が、今度は天音に向かって歩みを進めた。心臓がギュッと縮んだ天音の本能が警鐘を鳴らす。
天音(……逃げなきゃ!)
●道路脇の草地
急いで立ち上がった天音は、道路脇の草地に逃げ込んだ。
天音(“無用な犠牲は出さない”って噂も信用できない。そもそも、あんな恐ろしいことを平然とできる殺し屋に捕らえられたら、何をされるかわからない!)
息を切らしてひたすら走る天音だが、突然目の前の草が発火した。
天音「きゃっ!」
それを避けて別の方向へ進もうとすると、再び草に火がつく。天音の行く先が炎によって阻まれていった。
天音が後退りすると、いつの間にか追いついていた殺し屋に肩を受け止められる。
殺し屋「逃げても無駄だ」
天音「っ⁉︎」
耳元で聞こえた声に、天音は背筋をぞくっとさせた。
天音「っいや!離して!」
死を恐れた天音は、力一杯に暴れて殺し屋の手を振り払った。その時、手の甲が鬼面に当たってしまう。
後ろで結んでいた布紐が緩み、鬼面が剥がれ落ちた。
天音「っ⁉︎」
天音の足元に鬼面が横たわる。ずっと隠していた殺し屋の素顔を見てしまった天音は、声を震わせながら問いかける。
天音「…煌葉?」
どこか見覚えのある顔。風に揺れる黒髪、夕日のような赤い瞳と左目の涙ぼくろで確信した。
煌葉「ああ。久しぶりだな、天音…」
天音「っ……」
天音『目の前にいる殺し屋は、行方知れずだった幼なじみの少年、煌葉だった』


