もやもやしながら眠ったせいか、南くんとの思い出を夢に見てしまった。朦朧としながら枕元に放り出していたスマホを取り上げた俺は思わず目を見開く。
――しょうもなくないよ。
らっきょう仮面からの返信が届いていた。震える指を動かし、俺はスマホをスクロールする。
――それって、あひるんが被写体だと思ってたその人のこと、好きだったってことじゃないの? そんな大事な気持ちをしょうもないなんて言っちゃだめだ。
「好、き?」
俺が、南くんを?
心の内で「好き」がくっきりと立体感を持って立ち上がってくる。あまりにもはっきりと迫ってきてどうしていいかわからなくなる。
だってあの南くんなのだ。その南くんを俺が好きなんて。
俺はゆるゆると首を振る。でも、そうしながらも、らっきょう仮面に突き付けられた「好き」は消えてくれない。
それどころかどんどん濃くなる。南くんの面影とともに。
みんなの真ん中で微笑む彼。
道着をさらりと着こなし、鋭い身のこなしで先輩だろうとお構いなしに一本を全力で取りにいく彼。
爽やかで人の悪口なんて一切言わなそうなのに、「あのボスゴリラ」なんて軽やかに吐き捨てて見せる、ほんのりと黒い、彼。
剣道をしている彼の姿が綺麗なだけだと思っていた。これはいわゆる推し活なんだと。でも、これは、違う。
面影が胸を押しつぶす。想像するだけで苦しくなる。
こんな絞られるような感情、推しへの気持ちとイコールじゃ、ない。
……どうして俺は今まで、気付かなかったんだろう。
ただ撮りたいだけだったら……彼女ができようがどうしようが、関係なかったのに。
なのに、俺はカメラを置いた。それって……。
……好き、だから。
いきなり気付いてしまった自分の気持ちに戸惑う。しかもそれを気付かせるきっかけとなったのは、顔も名前も知らない人なのだ。正直、どうしていいかわからない。でも、俺は指を動かした。
ずっと悩みを相談し合っていたこの人に、ごまかした気持ちを伝えたくなかったから。
――うん。そうだよね。沁みた。ありがとう。
素直な気持ちでそう返信する。画面の向こうでらっきょう仮面も微笑んでいる気がした。ほっとしたとき、再び文字が上がってきた。
――ただ、カメラ辞めちゃうのはもったいないなあとは思ってた。あひるん、写真、アップしてたことあったじゃん。歩道橋の写真。あれ、よかったよ?
らっきょう仮面の言葉に俺は驚く。俺のアカウントは見る専門で大した投稿はしていない。今指摘を受けた歩道橋の写真も、写真部に入って試しに撮ったものをなんとなくアップしただけ。それをまさか見られていたとは思わなかった。
――ええ、ハズいな。あれ、写真部入ってすぐのやつだから……。
――そなの? 夕日が歩道橋の向こうから半分覗いてて、幻想的だった。ってかさ、あれって若宮二丁目の歩道橋だろ。
さらっと言われて、え、と俺の指が泳ぐ。
確かに俺が撮影したのは、若宮二丁目の歩道橋だ。けれど町名なんて一切入ってないはずなのに。
ヤバい、身バレしちゃってる? と焦ったとき、俺以上に焦った様子で通知が上がってきた。
――悪い。キモい言い方した。右端に写りこんでるの、うちの近所にある予備校に見えて。ごめんな。ほんと。
言われて慌てて確認する。写真の右端にガラス張りの建物がある。その建物の窓ガラスに貼られた「橘」という文字が読み取れた。橘予備校の橘が。
うわあ、と情けない声が漏れる。慌てて問題の投稿を削除しながら俺はらっきょう仮面にDMを送る。
――ありがと。気付いてなかった。一応、投稿削除した。
――それがいいかも。ごめん。もっと早く言えばよかった。でも、綺麗な写真だし、もったいない気もするけど。
――綺麗じゃないよ。
――本人にはわかんないってことだよな。いいところって。
こいつ、本当にいいやつだな、と思いながら俺は指を動かす。
――君の声もキモくなんてないよ。きっと。
送ってしまってから、しまった、と慌てる。だってこんなの、聞いたこともないくせに、と苛つかれても仕方ない台詞じゃないか?
慌てて取り消そうとしたけれど、それより早く、ぽ、と音がした。
――あのさ、よかったらなんだけど。
――会わない?
え。
一瞬、完全に目が文字の上を滑った。
会わない? え、リアルでってことか?
そんなこと考えもしなかった。そもそもネット上で知り合った人とリアルで会った経験が俺にはない。コミュ障なのもあるけれど、正直怖い。
――ごめん、いきなりで。なんかあひるんとなら気負わずに話せる気がして。家も近いっぽいし。けど、考えてみたらこういうのおかしいよな。忘れて。
その俺の戸惑いが伝わったのだろうか。更新された彼の言葉には軽快さだけがあった。
――そうそう、木杉清吾、今日も母さん見てた。あの声、くせになるな。
しかもこちらが気にしないように世間話を織り交ぜてくれる。
こんな人となら会っても大丈夫なんじゃないだろうか。というか、俺も会ってみたい。
前に進みたい気持ちと、警戒心と。ふたつでゆらゆらしている間に、らっきょう仮面は別の話題を出してくる。それに応えているうちに、タイミングを逃してしまった。
残念な気持ちにもなったけれど、ほっとしてもいた。
この今の距離感だからこそ、俺は悩みを打ち明けられたし、南くんを好きという気持ちも認められた。文字だけの繋がりだからこそ気を遣わずに対等に会話ができている。
そもそも言動もアイコンもらっきょう仮面は俺とは真逆の属性を持つタイプ。会ってしまったら今みたいに会話できなくなる。
それは嫌だ。
――この間のASMR、毎日聞いてる。すっごく眠れる。ありがとう。
――どういたしまして。他にもあるよー。送ろっか。
テンポよく返ってくる言葉に俺は笑顔で、うん、と指を動かした。
居心地がいい関係。崩したくないこの場所。
しかし、その俺とらっきょう仮面の仲の良さがこの後、仇になる。
――しょうもなくないよ。
らっきょう仮面からの返信が届いていた。震える指を動かし、俺はスマホをスクロールする。
――それって、あひるんが被写体だと思ってたその人のこと、好きだったってことじゃないの? そんな大事な気持ちをしょうもないなんて言っちゃだめだ。
「好、き?」
俺が、南くんを?
心の内で「好き」がくっきりと立体感を持って立ち上がってくる。あまりにもはっきりと迫ってきてどうしていいかわからなくなる。
だってあの南くんなのだ。その南くんを俺が好きなんて。
俺はゆるゆると首を振る。でも、そうしながらも、らっきょう仮面に突き付けられた「好き」は消えてくれない。
それどころかどんどん濃くなる。南くんの面影とともに。
みんなの真ん中で微笑む彼。
道着をさらりと着こなし、鋭い身のこなしで先輩だろうとお構いなしに一本を全力で取りにいく彼。
爽やかで人の悪口なんて一切言わなそうなのに、「あのボスゴリラ」なんて軽やかに吐き捨てて見せる、ほんのりと黒い、彼。
剣道をしている彼の姿が綺麗なだけだと思っていた。これはいわゆる推し活なんだと。でも、これは、違う。
面影が胸を押しつぶす。想像するだけで苦しくなる。
こんな絞られるような感情、推しへの気持ちとイコールじゃ、ない。
……どうして俺は今まで、気付かなかったんだろう。
ただ撮りたいだけだったら……彼女ができようがどうしようが、関係なかったのに。
なのに、俺はカメラを置いた。それって……。
……好き、だから。
いきなり気付いてしまった自分の気持ちに戸惑う。しかもそれを気付かせるきっかけとなったのは、顔も名前も知らない人なのだ。正直、どうしていいかわからない。でも、俺は指を動かした。
ずっと悩みを相談し合っていたこの人に、ごまかした気持ちを伝えたくなかったから。
――うん。そうだよね。沁みた。ありがとう。
素直な気持ちでそう返信する。画面の向こうでらっきょう仮面も微笑んでいる気がした。ほっとしたとき、再び文字が上がってきた。
――ただ、カメラ辞めちゃうのはもったいないなあとは思ってた。あひるん、写真、アップしてたことあったじゃん。歩道橋の写真。あれ、よかったよ?
らっきょう仮面の言葉に俺は驚く。俺のアカウントは見る専門で大した投稿はしていない。今指摘を受けた歩道橋の写真も、写真部に入って試しに撮ったものをなんとなくアップしただけ。それをまさか見られていたとは思わなかった。
――ええ、ハズいな。あれ、写真部入ってすぐのやつだから……。
――そなの? 夕日が歩道橋の向こうから半分覗いてて、幻想的だった。ってかさ、あれって若宮二丁目の歩道橋だろ。
さらっと言われて、え、と俺の指が泳ぐ。
確かに俺が撮影したのは、若宮二丁目の歩道橋だ。けれど町名なんて一切入ってないはずなのに。
ヤバい、身バレしちゃってる? と焦ったとき、俺以上に焦った様子で通知が上がってきた。
――悪い。キモい言い方した。右端に写りこんでるの、うちの近所にある予備校に見えて。ごめんな。ほんと。
言われて慌てて確認する。写真の右端にガラス張りの建物がある。その建物の窓ガラスに貼られた「橘」という文字が読み取れた。橘予備校の橘が。
うわあ、と情けない声が漏れる。慌てて問題の投稿を削除しながら俺はらっきょう仮面にDMを送る。
――ありがと。気付いてなかった。一応、投稿削除した。
――それがいいかも。ごめん。もっと早く言えばよかった。でも、綺麗な写真だし、もったいない気もするけど。
――綺麗じゃないよ。
――本人にはわかんないってことだよな。いいところって。
こいつ、本当にいいやつだな、と思いながら俺は指を動かす。
――君の声もキモくなんてないよ。きっと。
送ってしまってから、しまった、と慌てる。だってこんなの、聞いたこともないくせに、と苛つかれても仕方ない台詞じゃないか?
慌てて取り消そうとしたけれど、それより早く、ぽ、と音がした。
――あのさ、よかったらなんだけど。
――会わない?
え。
一瞬、完全に目が文字の上を滑った。
会わない? え、リアルでってことか?
そんなこと考えもしなかった。そもそもネット上で知り合った人とリアルで会った経験が俺にはない。コミュ障なのもあるけれど、正直怖い。
――ごめん、いきなりで。なんかあひるんとなら気負わずに話せる気がして。家も近いっぽいし。けど、考えてみたらこういうのおかしいよな。忘れて。
その俺の戸惑いが伝わったのだろうか。更新された彼の言葉には軽快さだけがあった。
――そうそう、木杉清吾、今日も母さん見てた。あの声、くせになるな。
しかもこちらが気にしないように世間話を織り交ぜてくれる。
こんな人となら会っても大丈夫なんじゃないだろうか。というか、俺も会ってみたい。
前に進みたい気持ちと、警戒心と。ふたつでゆらゆらしている間に、らっきょう仮面は別の話題を出してくる。それに応えているうちに、タイミングを逃してしまった。
残念な気持ちにもなったけれど、ほっとしてもいた。
この今の距離感だからこそ、俺は悩みを打ち明けられたし、南くんを好きという気持ちも認められた。文字だけの繋がりだからこそ気を遣わずに対等に会話ができている。
そもそも言動もアイコンもらっきょう仮面は俺とは真逆の属性を持つタイプ。会ってしまったら今みたいに会話できなくなる。
それは嫌だ。
――この間のASMR、毎日聞いてる。すっごく眠れる。ありがとう。
――どういたしまして。他にもあるよー。送ろっか。
テンポよく返ってくる言葉に俺は笑顔で、うん、と指を動かした。
居心地がいい関係。崩したくないこの場所。
しかし、その俺とらっきょう仮面の仲の良さがこの後、仇になる。



