転生した悪役令嬢は、悠々快適溺愛ライフを満喫したい!〜二つの王冠の子〜

朝の光が差し込むクローバー公爵邸の大広間。
すでに支度を整えた私は、鏡の前に立っていた。

婚約式で纏った禁色のストールとは違い、今日はクローバー家の象徴色である深い緑を基調とした正装のドレス。
絹地の上には繊細な金糸の刺繍が流れるように施され、裾には百合と四つ葉の紋章が散りばめられている。
耳元では家宝の翡翠の耳飾りが揺れ、胸元には代々伝わるネックレスが重々しく輝いていた。

「……綺麗よ、アリエル」

母がそっと目元を押さえながら微笑む。

わぁ……大変だ。まだ純白ドレスに着替える前なのに、すでに豪華すぎるんだけど!?
この上さらにコルセットで締め上げられて、王家のティアラまで乗せるとか……私の体力、最後まで持つのか?

裾を整え、家族の前に一歩進み出る。

大広間の扉が開けば、石畳にずらりと並んだ使用人や領民たちが一斉に頭を垂れた。
花嫁馬車は白馬四頭立て、金と緑の装飾が朝日に眩しく輝いている。

深呼吸を一つ。
『クローバー家の娘』としての最後の姿を背負い、馬車へと歩み出した。

石畳を踏みしめる蹄の音が、コツ、コツと馬車の中に規則正しく響いている。
窓の外に広がるのは、いつもと変わらない朝の街並み。

……市場、楽しかったなぁ。
食べ歩きしたり、賭け事に首を突っ込んで逃げたり。
結婚したら、もう二人でふらっと行ったりはできないのかな。

馬車はさらに進み、以前立ち寄った本屋の前を通り過ぎる。
あの本屋も……また覗きたい。あの静かな雰囲気、落ち着けて好きなんだよね。

ふっとため息が漏れる。

あぁ……あと数時間で既婚者になるとか……全然イメージ湧かない。
二十九年間独身だったんだぞ、私。
それが転生して、たった八カ月で既婚になるなんて、どういうことだよ……。

揺れる馬車の中で、まるで走馬灯のように思い出が浮かんでは消えていく。
婚約式で王宮に向かう時も、同じようにこの世界での出来事を振り返っていた。
あれから五カ月。やっぱり思い出すのはエドとのことばかり。

聖夜市に行ったり、聖夜祭、年越しの祈りと新年の拝礼、顕現祭……振り返ればイベントだらけの日々。
どれも大変だったけれど、きっとそのどれもが、もう手放さなければならない日常なんだろうな。

やがて馬車が止まり、扉が開かれる。
白亜の王宮が目の前にそびえ立つと、思わず目を細めて見上げてしまった。

……ついに私の居住が、この魔王城になるのか。

そういえば、新居の宮殿を建築中だと聞いた気がする。
でも結婚が早まったせいで、まだ未完成なんだっけ……?
どんな家になるのか、エドに丸投げしたままだから全然知らないんだよなぁ。

どよ~んとした思考を抱えたまま、侍女に導かれて花嫁の間へ。

王宮の奥、花嫁の間に通されると、部屋いっぱいに純白の衣装が用意されていた。
壁際には侍女たちがずらりと並び、私が入った瞬間、一斉にお辞儀をする。

大きな鏡の前に立たされ、クローバー家の正装ドレスを脱ぎ、いよいよ純白の花嫁衣装へ。
重ねられた布は雪のように白く、金糸と銀糸で王家の紋章が織り込まれている。
裾には百合の花模様、ベールには星を散りばめたような繊細な刺繍。

……わぁ。婚約式の時のドレスも豪華だったけど、これはまた別物だ。
神聖さの桁が違いすぎて、逆に怖い……!
これ、下手したら私よりドレスの方が主役じゃない?

侍女たちが一斉に動き出す。
ぎゅっとコルセットを締め上げられ、思わず顔が引きつる。

必死に平静を装っているうちに、ティアラがそっと頭上に置かれた。
煌めく宝石は王家に代々伝わる婚礼専用のもの。
重みがずしりと頭にのしかかり、まるで『責任』という見えないものまで可視化されたようだった。

耳元にイヤリング、首元にネックレスが掛けられ、最後に長いベールが背に広がる。

鏡に映った自分は、もはやクローバー公爵家の娘ではない。
王国の未来を背負う『花嫁』そのものだった。

……なんかもう、逃げられないんだな、これ。

でも。
エドがこの姿を見たら、なんて言ってくれるんだろう。
それだけが、少しだけ楽しみだった。