「普段は呼んでもないのに顔出すくせに……この五日間、私を放って何してたんだよ」
そう吐き捨てるように言いながら、年越しの祈りに迎えに来たエドの前に仁王立ちして問い詰める。
だが当の本人は、まるで気にも留めない様子で、いつもの余裕の笑みとともに手を差し伸べてきた。
「公務が思ったより立て込んでしまってね」
「ほんとかよ……」
疑わしげに睨んでみても、氷青色の瞳は悪びれることなく静かに光る。
首元には誕生日に贈られた青い宝石のネックレス。
左手には婚約式の指輪。
そして、真紅のドレスに合わせるように仕立てられたエドのタキシード。
……会う時間はなかったはずなのに、いつの間に色合わせなんて打ち合わせしてるんだよ。
その手を取らざるを得ず、馬車に乗り込む。
「今日から明日にかけて、一緒に過ごす時間を確保できて良かったよ」
「明日にかけて……?」
「今晩は王宮のゲストルームを用意してある」
「え!?泊まり!!??」
衝撃で声が裏返る。
転生して五カ月、外泊なんて一度もしていない。
それに、準備だって何もしてきていないのに!
「お泊まりセット!!ガウンとストールがないと寝れな……あっ……!」
しまった。うっかり漏れた言葉を飲み込む前に、エドの表情が輝きに満ちていく。
「愛用してくれているみたいで、嬉しいな」
「~~~っ!!!」
耳元に落ちた囁きに、心臓が跳ね上がる。
「ち、ちがっ……いや、違わないけどっ……!」
火がついたように顔が熱くなる私をよそに、エドは見送りの侍女に向かって淡々と告げた。
「ということなので、ストールとガウン、それに明日のドレスの準備を王宮に頼む」
……っ、言わなきゃよかった!
どうして私、余計なことばっかり口にするんだ!!
馬車がゆっくりと止まり、扉が開かれる。
煌めくシャンデリアの灯りに照らされた石畳の上、ずらりと並ぶ宮廷の侍従たち。
「王太子殿下、アリエル公爵令嬢、ご到着です!」
響き渡る声と同時に、広間へとざわめきが波のように広がる。
エドに差し伸べられた手を取ると、冷たい夜気と無数の視線が一斉に押し寄せた。
さっきまで胸を占めていたのは泊まりへの動揺だったのに、今はもう別の恐怖がのしかかる。
『王太子妃候補』として見られる緊張が、全身を縛り付ける。
「……大丈夫だ」
小さな囁き。氷青色の瞳と目が合い、息を呑む。
何を根拠に言ってるんだよ。
こちとら去年は当直の合間に紅白を見ながら年越ししてたんだぞ。
泊まりの不安と羞恥で頭がいっぱいで、正直、何も考えられない。
祈りだって、まともにできる気がしない。
年越しの祈りと夜会が待つ大広間へと、一歩ずつ進んでいく。
大広間は聖夜祭の華やかさとはまた違い、どこか落ち着いた空気を纏っていた。
金色の燭台がずらりと並び、壁には冬の花が飾られ、楽師たちが柔らかな旋律を奏でている。
『年の終わりを穏やかに迎える』という趣が強く、聖夜祭のような熱気や高揚感はなかった。
周囲に満ちる笑い声や談笑が、まるで遠い世界の出来事のようにぼんやりと耳に届く。
次々と近づいてくるのは大臣や貴族の令息たち。
形式的な挨拶を交わすたびに、背筋がぎゅっと固まる。
けれど、横に立つエドは落ち着き払った微笑を崩さず、自然に会話を引き取っていく。
……いつも通り、堂々としてる。
その姿に少し安心する。確かにエドがしっかりしてくれているから、私は微笑んでいるだけでいいんだ。
『大丈夫』という言葉の意味を実感しつつも、頭の隅ではまだ『泊まりセットが……!』が消えず、一人で赤面してしまう。
「顔が赤いな。……やはり少し熱でも?」
低い声が耳に落ちてきて、思わず飛び上がりそうになる。
「っ、ち、違っ……!大丈夫だから!」
「気分が悪くなったら、すぐに言うように」
納得したように頷く横顔は、わざとらしいくらい穏やかで、それが余計に心臓を騒がせる。
楽師の演奏と談笑が続く夜会も、やがて終わりの気配を帯び始めた。
人々の視線は自然と大広間の奥、祈りの場へと向けられていく。
「これより、年越しの祈りに移ります」
侍従の声が響いた瞬間、ざわめきがすっと鎮まり、空気が一変した。
王と王妃が先に立ち上がり、続いて王族や高位貴族たちが礼拝堂へと足を進める。
私もエドに導かれるまま、大広間を抜けて冷たい石造りの回廊を歩いた。
壁に並ぶ燭台の炎がゆらめき、吐く息は白く揺れる。
……ああ、もうすぐ新しい年になるんだ。
胸の奥で、緊張と期待がないまぜになって高鳴る。
「殿下、アリエル」
歩みを進めていると、兄のユリオスが声を掛けてきた。
かと思えば、一瞬で顔色を変え、エドにだけ耳打ちするように言葉を落とす。
「帝国の皇太子が病に臥せっていると情報が入った」
「……それは確かか?」
小さく頷いた後、ユリオスは何事もなかったかのように、にこやかに笑い
「では、また後程」
そう言って礼拝堂へと先に進んでしまった。
怖……!外交官って聞いてたけど、何その一瞬で表情切り替える芸当。
「エド……?どういうこと?」
問いかけると、困ったように微笑むだけの横顔。
さっきまで『泊まり』で頭がいっぱいだったのに、今は胸の中を得体の知れない不安が覆っていく。
帝国……。お妃教育で習ったことが脳裏をよぎる。
確か王位継承権第一位の皇太子と、第二位の皇女がいるはず。
その皇太子が病に臥せった……いや、きっとただの風邪。そうに違いない。
ユリオスのもたらした情報のせいで、泊まりへの動揺なんて吹き飛んでしまった。
やがて礼拝堂に足を踏み入れると、荘厳な空気が全身を包む。
高い天井、星を模したステンドグラスが夜の光を受けてかすかに輝き、
祭壇に立つ聖職者が低く、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「この一年の恵みに感謝を……来る年に祝福を」
列席者が一斉に膝を折り、頭を垂れる。
静謐な空間に、祈りの声だけが澄んで響いた。
隣に立つエドを横目で見やる。
真摯に目を閉じる横顔は、やっぱり王太子そのもので……
普段の『強引に迎えに来る男』とはまるで別人のように見える。
零時を告げる鐘の音が高らかに鳴り響く。
その瞬間、祈りの声と共に新しい年が幕を開けた。
そう吐き捨てるように言いながら、年越しの祈りに迎えに来たエドの前に仁王立ちして問い詰める。
だが当の本人は、まるで気にも留めない様子で、いつもの余裕の笑みとともに手を差し伸べてきた。
「公務が思ったより立て込んでしまってね」
「ほんとかよ……」
疑わしげに睨んでみても、氷青色の瞳は悪びれることなく静かに光る。
首元には誕生日に贈られた青い宝石のネックレス。
左手には婚約式の指輪。
そして、真紅のドレスに合わせるように仕立てられたエドのタキシード。
……会う時間はなかったはずなのに、いつの間に色合わせなんて打ち合わせしてるんだよ。
その手を取らざるを得ず、馬車に乗り込む。
「今日から明日にかけて、一緒に過ごす時間を確保できて良かったよ」
「明日にかけて……?」
「今晩は王宮のゲストルームを用意してある」
「え!?泊まり!!??」
衝撃で声が裏返る。
転生して五カ月、外泊なんて一度もしていない。
それに、準備だって何もしてきていないのに!
「お泊まりセット!!ガウンとストールがないと寝れな……あっ……!」
しまった。うっかり漏れた言葉を飲み込む前に、エドの表情が輝きに満ちていく。
「愛用してくれているみたいで、嬉しいな」
「~~~っ!!!」
耳元に落ちた囁きに、心臓が跳ね上がる。
「ち、ちがっ……いや、違わないけどっ……!」
火がついたように顔が熱くなる私をよそに、エドは見送りの侍女に向かって淡々と告げた。
「ということなので、ストールとガウン、それに明日のドレスの準備を王宮に頼む」
……っ、言わなきゃよかった!
どうして私、余計なことばっかり口にするんだ!!
馬車がゆっくりと止まり、扉が開かれる。
煌めくシャンデリアの灯りに照らされた石畳の上、ずらりと並ぶ宮廷の侍従たち。
「王太子殿下、アリエル公爵令嬢、ご到着です!」
響き渡る声と同時に、広間へとざわめきが波のように広がる。
エドに差し伸べられた手を取ると、冷たい夜気と無数の視線が一斉に押し寄せた。
さっきまで胸を占めていたのは泊まりへの動揺だったのに、今はもう別の恐怖がのしかかる。
『王太子妃候補』として見られる緊張が、全身を縛り付ける。
「……大丈夫だ」
小さな囁き。氷青色の瞳と目が合い、息を呑む。
何を根拠に言ってるんだよ。
こちとら去年は当直の合間に紅白を見ながら年越ししてたんだぞ。
泊まりの不安と羞恥で頭がいっぱいで、正直、何も考えられない。
祈りだって、まともにできる気がしない。
年越しの祈りと夜会が待つ大広間へと、一歩ずつ進んでいく。
大広間は聖夜祭の華やかさとはまた違い、どこか落ち着いた空気を纏っていた。
金色の燭台がずらりと並び、壁には冬の花が飾られ、楽師たちが柔らかな旋律を奏でている。
『年の終わりを穏やかに迎える』という趣が強く、聖夜祭のような熱気や高揚感はなかった。
周囲に満ちる笑い声や談笑が、まるで遠い世界の出来事のようにぼんやりと耳に届く。
次々と近づいてくるのは大臣や貴族の令息たち。
形式的な挨拶を交わすたびに、背筋がぎゅっと固まる。
けれど、横に立つエドは落ち着き払った微笑を崩さず、自然に会話を引き取っていく。
……いつも通り、堂々としてる。
その姿に少し安心する。確かにエドがしっかりしてくれているから、私は微笑んでいるだけでいいんだ。
『大丈夫』という言葉の意味を実感しつつも、頭の隅ではまだ『泊まりセットが……!』が消えず、一人で赤面してしまう。
「顔が赤いな。……やはり少し熱でも?」
低い声が耳に落ちてきて、思わず飛び上がりそうになる。
「っ、ち、違っ……!大丈夫だから!」
「気分が悪くなったら、すぐに言うように」
納得したように頷く横顔は、わざとらしいくらい穏やかで、それが余計に心臓を騒がせる。
楽師の演奏と談笑が続く夜会も、やがて終わりの気配を帯び始めた。
人々の視線は自然と大広間の奥、祈りの場へと向けられていく。
「これより、年越しの祈りに移ります」
侍従の声が響いた瞬間、ざわめきがすっと鎮まり、空気が一変した。
王と王妃が先に立ち上がり、続いて王族や高位貴族たちが礼拝堂へと足を進める。
私もエドに導かれるまま、大広間を抜けて冷たい石造りの回廊を歩いた。
壁に並ぶ燭台の炎がゆらめき、吐く息は白く揺れる。
……ああ、もうすぐ新しい年になるんだ。
胸の奥で、緊張と期待がないまぜになって高鳴る。
「殿下、アリエル」
歩みを進めていると、兄のユリオスが声を掛けてきた。
かと思えば、一瞬で顔色を変え、エドにだけ耳打ちするように言葉を落とす。
「帝国の皇太子が病に臥せっていると情報が入った」
「……それは確かか?」
小さく頷いた後、ユリオスは何事もなかったかのように、にこやかに笑い
「では、また後程」
そう言って礼拝堂へと先に進んでしまった。
怖……!外交官って聞いてたけど、何その一瞬で表情切り替える芸当。
「エド……?どういうこと?」
問いかけると、困ったように微笑むだけの横顔。
さっきまで『泊まり』で頭がいっぱいだったのに、今は胸の中を得体の知れない不安が覆っていく。
帝国……。お妃教育で習ったことが脳裏をよぎる。
確か王位継承権第一位の皇太子と、第二位の皇女がいるはず。
その皇太子が病に臥せった……いや、きっとただの風邪。そうに違いない。
ユリオスのもたらした情報のせいで、泊まりへの動揺なんて吹き飛んでしまった。
やがて礼拝堂に足を踏み入れると、荘厳な空気が全身を包む。
高い天井、星を模したステンドグラスが夜の光を受けてかすかに輝き、
祭壇に立つ聖職者が低く、祈りの言葉を紡ぎ始めた。
「この一年の恵みに感謝を……来る年に祝福を」
列席者が一斉に膝を折り、頭を垂れる。
静謐な空間に、祈りの声だけが澄んで響いた。
隣に立つエドを横目で見やる。
真摯に目を閉じる横顔は、やっぱり王太子そのもので……
普段の『強引に迎えに来る男』とはまるで別人のように見える。
零時を告げる鐘の音が高らかに鳴り響く。
その瞬間、祈りの声と共に新しい年が幕を開けた。



