拝啓
日本で暮らすお母さんお父さん、お元気ですか?
二十九歳という若さで、お二人よりも先に死んでしまい、本当に親不孝をしてしまいました。
その節は、最後まで心配ばかりかけてごめんなさい。
そんな私、西村涼子は、なぜか異世界に転生してしまいました。
気がつけば、アストリア王国の公爵令嬢……アリエルという名の少女の体にすっぽり入り込んでいたのです。
しかも、ちょうど婚約を破棄された直後という、なかなかの修羅場なタイミングで。
『これで今度こそ、夢に見たダラダラ子ども部屋ライフが送れる!』と一瞬は思いました。
けれど、現実はそう甘くありません。どういうわけか王太子殿下に見初められ、なんやかんやで気づけば婚約まで話が進んでしまって……。
婚約からわずか一週間。今の私はというと……未来の義母が目の前にいて、優雅にニコニコしながらお茶を注いでくれています。←イマココ。
こんなシチュエーション、センター試験対策にも医師国家試験にも患者対応マニュアルにも、一切出てこなかった!それでも私はなんとか元気にやっています。
どうか、お母さんもお父さんも、心配しないでください。
敬具
……時を少し遡ること、約四時間前。
その日は珍しく予定が空っぽで、昨晩は夜更かしして大好きな本を読み漁り、寝たのは深夜二時過ぎ。
ぬくぬくと布団にくるまれ、ワンワンを抱いて夢の世界を漂っていたところに、侍女が慌てふためいて駆け込んできた。
「お嬢様!!大変です!!」
「……大変って、なぁに?今日はオフだって言ったでしょ~」
季節は冬の入り口。布団の隙間から肩に忍び込む冷気に震えつつ、私はワンワンをぎゅっと抱きしめ、さらに深く潜り込む。
「あと一時間だけ寝かせて……」
「そ、それどころではございません!王宮から、王妃殿下直々のお手紙が!」
王宮?王妃殿下?
……それってつまり、エドのお母さん!?
一気に眠気が吹き飛び、侍女から封書を受け取る。
結婚式の招待状と見紛うほど上質な厚紙の封筒に、赤い蜜蝋で封がされていた。思わず指が震える。
表には「クローバー公爵令嬢 アリエル・C・ラバー様」と、達筆な文字。
どう見ても私宛て。逃げ道なし。
赤い蜜蝋が、赤紙にしか見えないのは気のせいじゃない。
いやだ、絶対にろくでもない!これで今日のダラダラプランは完全に崩壊だ。
覚悟を決めて封を割ると、パキッと音を立てて蜜蝋が砕けた。
そーっと広げて薄目で読み進める。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
クローバー公爵家
アリエル・C・ラバー様
ご機嫌麗しくお過ごしでしょうか。
今朝ふと思い立ちまして、本日午後にささやかな茶会を開きたく存じます。
招待するのはあなたお一人。気兼ねなくお話ができればと願っております。
どうぞ正装などはなさらず、軽やかなお召し物でお越しくださいませ。
急なご案内ではありますが、ご都合がつきましたらぜひお越しくださいませ。
王妃殿下 エレオノール
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お茶会……?」
ただ一緒にお茶を飲むだけ、のはず。けれど王妃と二人きりなんて、心臓に悪すぎる。
「ねぇ、お茶会に来てって書いてあるんだけど」
内容を伝えると、侍女の顔がサッと青ざめ、それから真剣そのものに変わった。
「お嬢様!急いでご支度を!!」
え?え?
返事を待たず、私を布団から引っ張り出し、別の侍女は衣裳部屋へ猛ダッシュ。たちまち周囲は戦場に。
「お嬢様、こちらのお召し物を」
差し出されたのはアイボリーに淡いラベンダーをあしらったドレス。
ちょっと待って!正装じゃなくていいって書いてあったよね!?どこが軽やかなお召し物なの!?
「……本当に行かなきゃだめ?」
「王妃陛下直々のお招きでございます」
「……だよねぇ……」
結局、ぶつぶつ言いながらもドレスの中心へ。
内側のコルセットがきゅっと締められると、息苦しさと一緒に現実味が増す。
「うぅ……昨日のお菓子、まだお腹に残ってるのに……」
「大丈夫です、むしろ美しいラインが出ます」
「いや、そこまで美しくなくてもいいからぁ……」
髪も器用に整えられ、真珠の飾りが留まった瞬間、鏡に映ったのは……どう見ても清楚なお嬢様。
「お似合いでございます、お嬢様」
「……はぁ……確かに似合ってる。ありがと……」
尖らせた唇も、結局は従うしかない。
急すぎる招待、王妃とのお茶会。考えただけで憂鬱なはずなのに……鏡の中の私は立派な『公爵令嬢』になっていて、その事実が余計に足を重くしていた。
肩にかけられたマントの重さが、心の重さと重なってのしかかる。
歩を進めるたび、気分はどんどん沈んでいく。
日本で暮らすお母さんお父さん、お元気ですか?
二十九歳という若さで、お二人よりも先に死んでしまい、本当に親不孝をしてしまいました。
その節は、最後まで心配ばかりかけてごめんなさい。
そんな私、西村涼子は、なぜか異世界に転生してしまいました。
気がつけば、アストリア王国の公爵令嬢……アリエルという名の少女の体にすっぽり入り込んでいたのです。
しかも、ちょうど婚約を破棄された直後という、なかなかの修羅場なタイミングで。
『これで今度こそ、夢に見たダラダラ子ども部屋ライフが送れる!』と一瞬は思いました。
けれど、現実はそう甘くありません。どういうわけか王太子殿下に見初められ、なんやかんやで気づけば婚約まで話が進んでしまって……。
婚約からわずか一週間。今の私はというと……未来の義母が目の前にいて、優雅にニコニコしながらお茶を注いでくれています。←イマココ。
こんなシチュエーション、センター試験対策にも医師国家試験にも患者対応マニュアルにも、一切出てこなかった!それでも私はなんとか元気にやっています。
どうか、お母さんもお父さんも、心配しないでください。
敬具
……時を少し遡ること、約四時間前。
その日は珍しく予定が空っぽで、昨晩は夜更かしして大好きな本を読み漁り、寝たのは深夜二時過ぎ。
ぬくぬくと布団にくるまれ、ワンワンを抱いて夢の世界を漂っていたところに、侍女が慌てふためいて駆け込んできた。
「お嬢様!!大変です!!」
「……大変って、なぁに?今日はオフだって言ったでしょ~」
季節は冬の入り口。布団の隙間から肩に忍び込む冷気に震えつつ、私はワンワンをぎゅっと抱きしめ、さらに深く潜り込む。
「あと一時間だけ寝かせて……」
「そ、それどころではございません!王宮から、王妃殿下直々のお手紙が!」
王宮?王妃殿下?
……それってつまり、エドのお母さん!?
一気に眠気が吹き飛び、侍女から封書を受け取る。
結婚式の招待状と見紛うほど上質な厚紙の封筒に、赤い蜜蝋で封がされていた。思わず指が震える。
表には「クローバー公爵令嬢 アリエル・C・ラバー様」と、達筆な文字。
どう見ても私宛て。逃げ道なし。
赤い蜜蝋が、赤紙にしか見えないのは気のせいじゃない。
いやだ、絶対にろくでもない!これで今日のダラダラプランは完全に崩壊だ。
覚悟を決めて封を割ると、パキッと音を立てて蜜蝋が砕けた。
そーっと広げて薄目で読み進める。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
クローバー公爵家
アリエル・C・ラバー様
ご機嫌麗しくお過ごしでしょうか。
今朝ふと思い立ちまして、本日午後にささやかな茶会を開きたく存じます。
招待するのはあなたお一人。気兼ねなくお話ができればと願っております。
どうぞ正装などはなさらず、軽やかなお召し物でお越しくださいませ。
急なご案内ではありますが、ご都合がつきましたらぜひお越しくださいませ。
王妃殿下 エレオノール
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「お茶会……?」
ただ一緒にお茶を飲むだけ、のはず。けれど王妃と二人きりなんて、心臓に悪すぎる。
「ねぇ、お茶会に来てって書いてあるんだけど」
内容を伝えると、侍女の顔がサッと青ざめ、それから真剣そのものに変わった。
「お嬢様!急いでご支度を!!」
え?え?
返事を待たず、私を布団から引っ張り出し、別の侍女は衣裳部屋へ猛ダッシュ。たちまち周囲は戦場に。
「お嬢様、こちらのお召し物を」
差し出されたのはアイボリーに淡いラベンダーをあしらったドレス。
ちょっと待って!正装じゃなくていいって書いてあったよね!?どこが軽やかなお召し物なの!?
「……本当に行かなきゃだめ?」
「王妃陛下直々のお招きでございます」
「……だよねぇ……」
結局、ぶつぶつ言いながらもドレスの中心へ。
内側のコルセットがきゅっと締められると、息苦しさと一緒に現実味が増す。
「うぅ……昨日のお菓子、まだお腹に残ってるのに……」
「大丈夫です、むしろ美しいラインが出ます」
「いや、そこまで美しくなくてもいいからぁ……」
髪も器用に整えられ、真珠の飾りが留まった瞬間、鏡に映ったのは……どう見ても清楚なお嬢様。
「お似合いでございます、お嬢様」
「……はぁ……確かに似合ってる。ありがと……」
尖らせた唇も、結局は従うしかない。
急すぎる招待、王妃とのお茶会。考えただけで憂鬱なはずなのに……鏡の中の私は立派な『公爵令嬢』になっていて、その事実が余計に足を重くしていた。
肩にかけられたマントの重さが、心の重さと重なってのしかかる。
歩を進めるたび、気分はどんどん沈んでいく。



