平穏な生活が送れればいいと思っていた高校2年生の夏、かと思うぐらい暑い6月。
突然、顧問の先生に呼ばれたからこれはほとんど活動してないことを咎められるのかと身を構えながら部室へ向かったらそれ以上にどでかい話だった。
「軽音部は廃部になるかもしれん」
え…?何とおっしゃいました…?
わかりやすくパチパチって2回瞬きしちゃったし、そんなこと言われると思わなくて。
「廃部!?」
そんでもって声も出た、結構食い気味に。
「3人しかいない部活は存続は厳しくてなぁ」
顧問の小暮先生、たぶん50代のぽっちゃりでちょっと頭が寂しい小暮先生は昔バンドをやってたらしい。
こう見えてガンガンドラム叩いてたって、だけどうちの部にはドラムがないからそんな姿見たこともなくて想像つかない。
「せめてもう少し活動しないとなぁ、このままじゃ廃部だ」
ぽりぽりと頭を掻いて、はぁってタメ息をついた。タメ息をつきたいのはこっちなんだけど。
つーか廃部って何?なんで廃部?ここに来て廃部って…!?
「まぁまだ決定ってわけじゃないからな、かもしれんってだけで」
廃部が決まるまでの過程ってどんな感じなんだろ?こっから覆るとかあるものなのか、よくわかんねぇけど…
「も少し活動増やすとか、実績残すとかなったら廃部は免れる可能性もある」
ぽんっと俺の肩を叩いた、よろしくと言わんばかりに。
「あとは頼んだよ、瀬戸」
瀬戸彩生、一応軽音部の部長。
軽音部だけど、黒髪だしピアスもしてないし校則だってちゃんと守ってる一般的な生徒。
まぁうちの部活はそんなもんで、俺がやってるのアコースティックギターだし。
「どうするか決まったら教えてくれ」
その一言ですべてを任されることになった。
いや、なんだよ。教えてくれって何をだよ、何を教えるんだよ。そんなの俺にどうしろって言うんだよ。
「マジかよ、彩生どうする?」
軽音部副部長2年の垣ノ内、うちのボーカルでそこそこに歌が上手い。
「どうするって言われても…」
めちゃくちゃ困る、としか。
部活必須の学校で、もし軽音部が廃部ってことになったら今から他の部活に入部しなきゃいけなくなるから。
え、今更?今更部活変えろってこと?2年の夏から部活変更はありえないだろっ
「と、とりあえず…活動内容増やす?とか?」
「そんだけでどうにかなんの?」
「それはわかんねぇけど、先生がもう少し活動しろっていうし…」
それで免れるかはわかんないけど、活動ほとんどしてないのは事実だし。まずはそこから始めるべきかなって思って。
「ふーん…、じゃあ決まったら教えて」
「はぁ!?」
「オレ、今日予定あるから帰るわ」
「おい、待てよ!垣ノ内っ、ちょっと…!」
小暮先生の後を追うように教室から出て行った。何度呼んでも振り返ることなくポケットに手を突っ込んでスタスタ歩いて、全く俺の声なんて聞いてない様子で。
だから教えてってなんだよ、俺が何を教えるんだよ。
「…あ、創志は?」
で、もう1人。
3人目の軽音部、無口で基本喋らない創志は今日もずーっと俺らの会話を聞いてるだけで…いや、聞いてたかな?窓の外見てなかったっけ?ちゃんと聞いてた??
「……。」
「えっと、部活…さすがに廃部は困ることない?」
「…。」
「俺は困るんだけど…」
「…。」
聞いてんのか、これ…?
部活をやるってなったら来てくれるし、ギターも弾いてくれるし、それなりに弾けるし、部活は3人いれば認めてもらえるからそれでよかったんだけど。
1年だからか、コミュニケーションちゃんと取れてんのか不安になる時がある。
「僕は…」
「あ、うん…何?」
「先輩たちと同じで大丈夫です」
「え…」
何が!?
何が大丈夫なのかさっぱりわからないけど、ぺこっと頭を下げた創志も続くように教室から出て行った。
もちろん、俺のことなんか見ていなくて。
「……。」
どーすんだよ、これ…
どうしろって言うんだよ、これ!
「…俺だって教えてほしいんだけど」
はぁーっとタメ息どころじゃない深くて長い息が止まらない。
ちょっと怒られんのかなって思ったら廃部って、そんなのまさか過ぎるだろ。そんなの俺にどうするって…
誰もいなくなった教室でとんっとイスに座った、隣に置いてあったギターを手に持って。
「活動なんてほとんどしてなかったけどさ」
週1回集まるか集まらないかぐらいだったし、部室は防音室なんてないからただの空き教室だし、しかも1階の隅っこっていう絶対余ってただろって言う教室で。
なんかテキトーに過ごしてればそれっぽくなるかなって、思ってたのかもしれない。
「…。」
ふぅーっと息を吐いたら、トントンッとギターのボディを叩いてピックで弦を弾く。
ここからだったらたぶん音は届かない、自分の教室からも職員室からもグラウンドからもここは遠くて。それくらい隅っこにあるから。
でも知ってた?小暮先生、知ってました?
俺はちゃんとやってたんですよ、俺は真面目にやってたつもりなんですけど。
ここでずーっとギター弾いてたんですけど。
でもきっと誰にも気付かれてない、誰にも聞かれてなんかー…
「めっちゃくちゃ上手いな!!!」
ひょこっと窓の外から顔を出したから、体がビクッとしてギターを弾く手が止まった。
てか窓開いてたのかよ、創志開けたまんま帰るなよ。
そんでもってこいつは…!
「今の曲ってなんて曲!?」
野球部の加々谷だ。
知ってる、野球部のエースバッターだ。うちの学校の野球部は有名なんだ、強豪だって。
「すげぇいい曲じゃん!」
わぁっと目を大きくして、キラッキラに眩しい顔でこっちを見てくる。さすが太陽の下で走ってるだけはある野球部だ。
「超ギター上手いじゃん!どうやって弾いてんの?すごっ…あ、やべオレ部活中だった!」
さっとしゃがみ込んだと思ったらボールを手にして、ここまで飛んで来たボールを拾いに来たらしい。ここまで走って来たのに全然息を切らしてないのがすごい。
「今度ちゃんと聞かせてくれよ!」
くいっと帽子をかぶり直して、ニカッと大きな口を開けて笑った。
また颯爽と走っていくから、ついその背中を見入ってしまった。
…俺何も言ってないのに。一言の発してないのに。
ただぼぉーっと窓の外を見てただけで終わってしまった。
でも無性にドキドキしてた。
ぎゅっとギターを抱きしめて、静かに息をして。
何なんだあいつ、一体何なんだ?急に窓から現れるって何だよ…!?
****
「なぁ、あれってなんて曲なんだ!?」
「……。」
で、本当に次の日来たし。
しかもまた窓から、ひょこっと顔を出したかと思えばそのまま乗り越えて入って来た。まだ俺何も言ってないんだけど。
「最近の曲?じゃないよな、聞いたことなかったし誰の曲なのかなって!」
昼休み、ちょっと部活のこと考えようかなって部室に来た。もちろん1人だったけど、まさかこいつが来るとは思わなくて。
「ここって軽音部だっけ?あ、オレは野球部なんだけど飛んでったボール拾いに来たらめっちゃ誰かギター弾いてる!って思って、知らねぇ曲だけど超いいじゃん!って、そんで…誰だっけ?」
「今言うのかよ!!」
急にコテンと首を傾げてくるから思わず突っ込んでしまった。どんな緩急の付け方だと思って、勝手に入って来たくせに俺の顔見てきょとんとするから。
「同じ2年だよな?上履きの色一緒だから!」
やっと初めて喋ったのに、そんなのお構いなしに話は進んで俺より少し高い視線は見下ろしてくる。
「オレは7組の加々谷静真!」
…あ、下の名前は初めて知った。静真って言うのか、すっごい合わない名前だな。
「で、そっちは?」
大きな声に、喋り続ける様子は真逆の名前だなって思って。
「…瀬戸彩生、1組の」
ニカッと笑う姿さえも騒がしい、野球部エースって言うだけあってとんでもなく爽やかだなって思った。超偏見だけど。
「彩生ってめちゃくちゃギター上手いんだな!」
すっげぇナチュラルに名前呼ばれてる、今名前知ったとこで俺はそんなに距離詰めれない。
自分の部室みたいにイスに座って、あたかも最初から友達だったみたいなテンションで話しかけてくる。
「ボール探してる時に聞こえて来たからカッコいい~!とか思っちゃったし、ずっとやってんの?」
「…小学生くらいから、親がやってたから見よう見まねで」
「マジで!?オレ、ギター触ったことないわ!」
仕方ないのでイスを引いて隣に座った、昼休みが終わるまでまだ少しあるから。
「特技ギターって感じ?」
「特技…まぁ、好き程度だけど」
「あ、じゃあどんな曲でも弾けんの?」
「いや、どんなってほどじゃ…」
子供みたいに興味を示してグイグイ迫って、畳み掛けるように質問してくる。
そんなに聞きたいか、俺のギターの話とか。別におもしろいあれもないんだけど。
「なぁ、昨日のあれって誰の曲なんだ!?」
わっと目を見開いて、その目にカチッとロックオンされたみたいだった。
なんだかすごい期待された目で見られてる、でもたぶん欲しい情報はあげられない。
「あれは…、誰の曲でもない」
だって何も答えられるものがないんだから。
流行りの歌でも懐メロでもない、強いて言えば楽譜がなくても弾ける曲ってことぐらいで。
「え、どうゆこと?誰かが歌ってる曲とかじゃねーの?」
弾き慣れてるからつい弾いてしまった。
正直、誰も聞いてないと思って。誰にも気付かれないと思って、ギターを弾いてた。
「フリー素材!?の曲とかあんのか?よくわかんねぇーけど」
「……。」
「ないよな、何かあるっけ?誰の曲でもない曲って…」
「…。」
出来たら答えにたどり着かないようにこのままやり過ごせないかなって目を逸らした、そしたら今日一番の声で叫ばれた。
「もしかして彩生が作った曲!?」
引きつった顔をしてしまった、あからさまに。誤魔化すの下手すぎるだろ俺。
恥ずかしい、誰も聞いてないと思って弾いてたのに…!
「すげぇな!!!」
ガンッと頭の中に響く大きな声に体がビクッとしてイスからずり落ちるかと思った。どっから出してんだってぐらいでかい声で。
「曲作れんの!?え、つーか曲って作れるもんなの!?」
「いや、まぁ…」
「オレなんか音符も読めねぇよ!」
たぶんそはれ楽譜だろ、音符読んでどうすんだ。
てゆーか声、もっとボリューム下げろここは防音室じゃねぇんだ丸聞こえなんだ。
「すげぇーな~!」
机に頬杖をついて天井を見上げて、何度も連呼するから居たたまれなくて。
「別にすごくないから、どう考えても加々谷のがすごいだろ」
何気なく、本当に何気なく。話を変えたいなぁって、思っただけなんだけど。
「強豪野球部でエースって言われてさ」
「……。」
…え?なぜ黙る?なんでそこは黙るんだ!?
あんなにわーっと騒がしかったのが急にしゅんとした。
上を向いていたのに机の方を向いて、見開いてた目が小さくなる。
「あ、ごめん…なんか気に障ること言った?」
「ううん」
ふるふると首を振る、目を伏せたまま。はぁーっと長めの息を吐いて、さっきの勢いなんかなくなって。
何か余計なこと言ったかなって考えた、そんなにダメなことだったか?みんなに言われてることじゃねぇの?
「オレさぁ~…すっげぇーーー緊張すんの!」
「え、意外」
「だろ!?」
「あ、自分で言うんだ」
それはボール拾いついでに聞こえてきたギターを聞くために勢い任せに乗り込んでくるような奴とは思えないセリフだった。
「バッターボックスに立つと緊張すんだよな…あ、ほらオレ4番だから!絶対打たなきゃって監督にも言われるしチームにも思われてるし!」
ハキハキした声は明るくて、どこまでも届きそうな声で喋り続けてるから1人でも。そんなこと思ってるんだなって、それはすごく意外で。
「だからエースって言われると超プレッシャー…!」
口元を両手で覆うようにして、はーっと吐いた。どんどん小さくなっていく声は手の中に消えていくみたいだった。
「でも全ッ然緊張してるようには見えなくない!?」
「あ、あぁ…うん」
そんで、それをストレートに聞いてくるとこがさらにそう感じさせない。なんてゆーか緊張感がない。
だけど目を伏せる横顔はやるせなく、本当に悩んでんのかなって思わせる。
「彩生は?」
「え?」
「緊張しねぇの?ギター弾く時とか!」
「……。」
そう言われてふと考えてみた、でもすぐに思った。俺にはその答えも持ち合わせてないことに。
「そもそも緊張することがないな、俺は」
廃部宣告された部活に活躍の場なんかないわけで。
思い返してみても特に何もなかった、人前に立つとか誰かに任されるとかそんなの。
ただ誰もいない部室でギター弾くのに緊張も何もねぇからな。
「羨ましいな~!」
「そうか?そっちのが羨ましいだろ」
「どこがだよ!?緊張で腹痛くなるんだぞ!」
「…そうなんだ、それは大変だな」
試合前でも何でもないのに顔をしかめる加々谷はバッターボックス立ったことを想像してるみたいで、そんなに追い詰められなくても……
でもそれこそカッコよくないか?
そんな大事な場に呼ばれてることがカッコいいって思うけど、だってそれって…
「みんなから期待されてるってことじゃん?」
期待背負って試合してるとか、部活の極み過ぎない?
「だから緊張する気持ちはわかんねぇけどカッコいいと思うよ」
たぶんね、そんなの選ばれた奴しか思えないことだし。なんなら注目されて気持ちいい~!とか思ってるのかと思ってたし。
意外と、そんな風に思ってるのか。
「なんかそう言われんのうれしいな!」
しゅんとしてた顔から変わる、ニカッと大きな口を開けてらしいなって顔で。
なんでも素直に言える奴なんだなって思った、そんな嬉しそうな顔で嬉しいって笑うから。
だから緊張するって、ハッキリ言えるんだ。
そこはちょっと羨ましい、素直に言えるところは。
誰のことも引き留められなくて今日も部室に1人でいる身としては。
「軽音部ってどんな活動してんの?」
「あー…ギター弾いたり歌ったり?」
説明が雑過ぎた。強豪野球部エースに聞かれて胸を張って答えられなくて、こっ恥ずかしい気持ちで答えた。
「なぁ、ギター弾いて!」
「え?」
身を乗り出すようにこっちを見て、キラキラと目を輝かせてる。教室の隅っこに置かれたギターを指さしながら。
「彩生のギター聞きたい!」
誰かに弾いてとか言われたことなくて、誰かに聞かせることもなかった。この狭い教室でなんとなーく弾いてただけだから。
だから急にそんなこと言われても。
「やだ」
弾きたくない、普通に。
「なんでだよ」
「そんな急に弾けって言われても無理!」
「準備とかいんの?」
「…ないけど、チューニングはしてあるし」
「じゃあいいじゃん!」
「よくねぇよ!」
「なんで?」
なんでって…そんな真っ直ぐな瞳で見られたら、なんかそんな気持ちになる。絶対逃げられない気もするけど。
「今度ちゃんと聞かせてくれるって言ったじゃん」
言ってねぇし、お前が勝手に聞かせてくれって言ってきただけだし。
せめて瞬きくらいしてくんないかな、逃げる隙もなくて困る。何も言えない俺を決して離さない瞳で見てくるから。
「彩生のギター、もう1回ちゃんと聞きたい」
「…っ」
渋々ギターを持ってくることになってしまった、ちょっと顔をしかめてしょうがなく…あまりにしつこいし、弾かないと離してくれそうになくて。
「リクエストしてい?」
「…。」
「弾いてたやつ!」
「は、それって…」
「彩生の曲!」
言われるとは思ったけど、ワクワクした目で見られて目を細めちゃったし。
あれ誰にも聞かせたことないんだよな、いつも1人の時に弾いてただけだから垣ノ内にも創志にも聞かせたことがない。
それをこいつの前で弾くって…まぁいっか、ちょっとくらい。少し弾くぐらいなら…
「歌詞とかあんの?」
「は!?」
「え、あんの!?じゃあっ」
「ないない!歌詞なんかないっ!」
「あるだろそれ、必死過ぎじゃん!」
「…っ」
な、なくはないけどここで歌うわけない。それはさすがにやりたくない。
「歌っ」
「じゃあ弾かない!」
眉間にしわを寄せて目を細めて加々谷の方を見た。そしたらちぇーっと頬を膨らませた。
「じゃあいいし、ギターだけで」
だけでって何だよ、お前が弾けって言うからこうなってんだよ。元々弾く気なんかないんだからな。
「弾いてくれ!」
気を取り直して、みたいな顔で見てきたからもう一度睨みつけてふぅーっと長めの息を吐いた。
気持ちを落ち着かせて頭の中でカウントする。トントンッとボディを叩いたら、指を動かして。
ー~♬
なんでこいつの前で弾かなきゃいけないのか、なんでこんなことしてんのか意味わかんねぇけどギターを弾くのは楽しくて。
ー♩~♫
ただ好きだから、ギターがただ好きで。
自分で作ったメロディーを音にするのが楽しいんだ、だから軽音部に入ったんだって…
ー~…♪
そんなことを思いながら。
ジャンッ、と最後の音を出して弾き終えた。
ふぅーっと息を吐く、揺れるギターの弦を押さえて。
「……。」
急にしーんとしてしまった、弾き終わったからだけどこの張り詰めた間が気になって。
なんだこの空気は?やっぱつまんなかったか?
弾けって言われたから弾いてみたけど、これでよかったのかは…
だって弾いてるだけだし、何もおもしろいことねぇし。
「…。」
異様な緊張感があった。
何も言わないから、こいつが。黙りこくっちゃって何も言わないから。
ただ視線だけは感じてた、じーっと見てる視線だけは。
「…。」
「……。」
「…あの、なんか言ってくんない?恥ずかしいんだけど」
耐えきれず先に喋ってしまった。
下手でも、変な曲でも、何でもいい。何でもいいから何か言ってほしくて、無言のこの空間のがきつい。
「…加々谷?」
「あっ」
ハッとした顔で目を見開いた。
なんだその顔は、なんでやべぇもん見ちゃったみたいな顔してんだ。
右手で口を隠して、うわーっと言わんばかりの顔で俺を見てる。
人の演奏聞いて、その顔はどうゆうつもりで…
「感動した…っ!」
え?
「初めてだ、曲聞いてこんなこと思ったの!」
は、なんだって?
「すげぇっ!!」
待て待て、急激にギア上げすぎだ。もう少し落ち着いてくれ。
「なんだコレっ!?」
きょとんとする俺の前でわーっと口を押え胸を押さえて、まるで溢れ出そうになる何かを止めるみたいに押し込んでた。
「あの…」
「やべぇ!めっちゃくちゃ興奮してる今!」
「えっ、あ…うん?」
「キュンって心臓が…っ!」
パチッと目を合わせる、戸惑う俺と最高潮に気分高まった加々谷と。張り詰めてた空気はパンッと弾けて、なんだか生暖かい風が吹くみたいで。
相変わらず瞬きなんかしない加々谷と目を合わせたまま…っ
「キュン???」
かと思えば首を傾げた。
「キュンっておかしくね?」
「いや、お前が言ったんだよ」
眉をひそめてやっとパチパチと瞬きをした。怪訝そうな顔で投げかけてくる。
「なんかこれだと彩生にキュンとしたみてーじゃね?」
「……。」
いや、だからお前が勝手に…!
何を言ってるのかも、何を言い出すのかもわからない。
でも一応言われたリクエストには答えたからこれでいいだろ、もうすぐ昼休みも終わるしギター片付けないと。
「他にねぇの?彩生が作ったやつ!」
結局何も考えられなかった、部活のこと。
昼休みに現実逃避でギター弾いてる場合じゃねぇよ、存続出来るような何かを考え…はぁっと息を吐いてギターをスタンドに置いた。
「もっと聞きたいんだけど!」
俺1人じゃどうにもならないこと、ありすぎて。
俺はただ平穏な生活が送れればいいって思ってるだけで、なるべく平和に穏便にしれーっと高校生活が終わってくれたらそれでいいんだよ。
「あ、そうだ!頼みたいことある!」
ただそれだけで…
「野球部の応援歌作ってくれよ!」
「……は?」
いいんだけど???
突然、顧問の先生に呼ばれたからこれはほとんど活動してないことを咎められるのかと身を構えながら部室へ向かったらそれ以上にどでかい話だった。
「軽音部は廃部になるかもしれん」
え…?何とおっしゃいました…?
わかりやすくパチパチって2回瞬きしちゃったし、そんなこと言われると思わなくて。
「廃部!?」
そんでもって声も出た、結構食い気味に。
「3人しかいない部活は存続は厳しくてなぁ」
顧問の小暮先生、たぶん50代のぽっちゃりでちょっと頭が寂しい小暮先生は昔バンドをやってたらしい。
こう見えてガンガンドラム叩いてたって、だけどうちの部にはドラムがないからそんな姿見たこともなくて想像つかない。
「せめてもう少し活動しないとなぁ、このままじゃ廃部だ」
ぽりぽりと頭を掻いて、はぁってタメ息をついた。タメ息をつきたいのはこっちなんだけど。
つーか廃部って何?なんで廃部?ここに来て廃部って…!?
「まぁまだ決定ってわけじゃないからな、かもしれんってだけで」
廃部が決まるまでの過程ってどんな感じなんだろ?こっから覆るとかあるものなのか、よくわかんねぇけど…
「も少し活動増やすとか、実績残すとかなったら廃部は免れる可能性もある」
ぽんっと俺の肩を叩いた、よろしくと言わんばかりに。
「あとは頼んだよ、瀬戸」
瀬戸彩生、一応軽音部の部長。
軽音部だけど、黒髪だしピアスもしてないし校則だってちゃんと守ってる一般的な生徒。
まぁうちの部活はそんなもんで、俺がやってるのアコースティックギターだし。
「どうするか決まったら教えてくれ」
その一言ですべてを任されることになった。
いや、なんだよ。教えてくれって何をだよ、何を教えるんだよ。そんなの俺にどうしろって言うんだよ。
「マジかよ、彩生どうする?」
軽音部副部長2年の垣ノ内、うちのボーカルでそこそこに歌が上手い。
「どうするって言われても…」
めちゃくちゃ困る、としか。
部活必須の学校で、もし軽音部が廃部ってことになったら今から他の部活に入部しなきゃいけなくなるから。
え、今更?今更部活変えろってこと?2年の夏から部活変更はありえないだろっ
「と、とりあえず…活動内容増やす?とか?」
「そんだけでどうにかなんの?」
「それはわかんねぇけど、先生がもう少し活動しろっていうし…」
それで免れるかはわかんないけど、活動ほとんどしてないのは事実だし。まずはそこから始めるべきかなって思って。
「ふーん…、じゃあ決まったら教えて」
「はぁ!?」
「オレ、今日予定あるから帰るわ」
「おい、待てよ!垣ノ内っ、ちょっと…!」
小暮先生の後を追うように教室から出て行った。何度呼んでも振り返ることなくポケットに手を突っ込んでスタスタ歩いて、全く俺の声なんて聞いてない様子で。
だから教えてってなんだよ、俺が何を教えるんだよ。
「…あ、創志は?」
で、もう1人。
3人目の軽音部、無口で基本喋らない創志は今日もずーっと俺らの会話を聞いてるだけで…いや、聞いてたかな?窓の外見てなかったっけ?ちゃんと聞いてた??
「……。」
「えっと、部活…さすがに廃部は困ることない?」
「…。」
「俺は困るんだけど…」
「…。」
聞いてんのか、これ…?
部活をやるってなったら来てくれるし、ギターも弾いてくれるし、それなりに弾けるし、部活は3人いれば認めてもらえるからそれでよかったんだけど。
1年だからか、コミュニケーションちゃんと取れてんのか不安になる時がある。
「僕は…」
「あ、うん…何?」
「先輩たちと同じで大丈夫です」
「え…」
何が!?
何が大丈夫なのかさっぱりわからないけど、ぺこっと頭を下げた創志も続くように教室から出て行った。
もちろん、俺のことなんか見ていなくて。
「……。」
どーすんだよ、これ…
どうしろって言うんだよ、これ!
「…俺だって教えてほしいんだけど」
はぁーっとタメ息どころじゃない深くて長い息が止まらない。
ちょっと怒られんのかなって思ったら廃部って、そんなのまさか過ぎるだろ。そんなの俺にどうするって…
誰もいなくなった教室でとんっとイスに座った、隣に置いてあったギターを手に持って。
「活動なんてほとんどしてなかったけどさ」
週1回集まるか集まらないかぐらいだったし、部室は防音室なんてないからただの空き教室だし、しかも1階の隅っこっていう絶対余ってただろって言う教室で。
なんかテキトーに過ごしてればそれっぽくなるかなって、思ってたのかもしれない。
「…。」
ふぅーっと息を吐いたら、トントンッとギターのボディを叩いてピックで弦を弾く。
ここからだったらたぶん音は届かない、自分の教室からも職員室からもグラウンドからもここは遠くて。それくらい隅っこにあるから。
でも知ってた?小暮先生、知ってました?
俺はちゃんとやってたんですよ、俺は真面目にやってたつもりなんですけど。
ここでずーっとギター弾いてたんですけど。
でもきっと誰にも気付かれてない、誰にも聞かれてなんかー…
「めっちゃくちゃ上手いな!!!」
ひょこっと窓の外から顔を出したから、体がビクッとしてギターを弾く手が止まった。
てか窓開いてたのかよ、創志開けたまんま帰るなよ。
そんでもってこいつは…!
「今の曲ってなんて曲!?」
野球部の加々谷だ。
知ってる、野球部のエースバッターだ。うちの学校の野球部は有名なんだ、強豪だって。
「すげぇいい曲じゃん!」
わぁっと目を大きくして、キラッキラに眩しい顔でこっちを見てくる。さすが太陽の下で走ってるだけはある野球部だ。
「超ギター上手いじゃん!どうやって弾いてんの?すごっ…あ、やべオレ部活中だった!」
さっとしゃがみ込んだと思ったらボールを手にして、ここまで飛んで来たボールを拾いに来たらしい。ここまで走って来たのに全然息を切らしてないのがすごい。
「今度ちゃんと聞かせてくれよ!」
くいっと帽子をかぶり直して、ニカッと大きな口を開けて笑った。
また颯爽と走っていくから、ついその背中を見入ってしまった。
…俺何も言ってないのに。一言の発してないのに。
ただぼぉーっと窓の外を見てただけで終わってしまった。
でも無性にドキドキしてた。
ぎゅっとギターを抱きしめて、静かに息をして。
何なんだあいつ、一体何なんだ?急に窓から現れるって何だよ…!?
****
「なぁ、あれってなんて曲なんだ!?」
「……。」
で、本当に次の日来たし。
しかもまた窓から、ひょこっと顔を出したかと思えばそのまま乗り越えて入って来た。まだ俺何も言ってないんだけど。
「最近の曲?じゃないよな、聞いたことなかったし誰の曲なのかなって!」
昼休み、ちょっと部活のこと考えようかなって部室に来た。もちろん1人だったけど、まさかこいつが来るとは思わなくて。
「ここって軽音部だっけ?あ、オレは野球部なんだけど飛んでったボール拾いに来たらめっちゃ誰かギター弾いてる!って思って、知らねぇ曲だけど超いいじゃん!って、そんで…誰だっけ?」
「今言うのかよ!!」
急にコテンと首を傾げてくるから思わず突っ込んでしまった。どんな緩急の付け方だと思って、勝手に入って来たくせに俺の顔見てきょとんとするから。
「同じ2年だよな?上履きの色一緒だから!」
やっと初めて喋ったのに、そんなのお構いなしに話は進んで俺より少し高い視線は見下ろしてくる。
「オレは7組の加々谷静真!」
…あ、下の名前は初めて知った。静真って言うのか、すっごい合わない名前だな。
「で、そっちは?」
大きな声に、喋り続ける様子は真逆の名前だなって思って。
「…瀬戸彩生、1組の」
ニカッと笑う姿さえも騒がしい、野球部エースって言うだけあってとんでもなく爽やかだなって思った。超偏見だけど。
「彩生ってめちゃくちゃギター上手いんだな!」
すっげぇナチュラルに名前呼ばれてる、今名前知ったとこで俺はそんなに距離詰めれない。
自分の部室みたいにイスに座って、あたかも最初から友達だったみたいなテンションで話しかけてくる。
「ボール探してる時に聞こえて来たからカッコいい~!とか思っちゃったし、ずっとやってんの?」
「…小学生くらいから、親がやってたから見よう見まねで」
「マジで!?オレ、ギター触ったことないわ!」
仕方ないのでイスを引いて隣に座った、昼休みが終わるまでまだ少しあるから。
「特技ギターって感じ?」
「特技…まぁ、好き程度だけど」
「あ、じゃあどんな曲でも弾けんの?」
「いや、どんなってほどじゃ…」
子供みたいに興味を示してグイグイ迫って、畳み掛けるように質問してくる。
そんなに聞きたいか、俺のギターの話とか。別におもしろいあれもないんだけど。
「なぁ、昨日のあれって誰の曲なんだ!?」
わっと目を見開いて、その目にカチッとロックオンされたみたいだった。
なんだかすごい期待された目で見られてる、でもたぶん欲しい情報はあげられない。
「あれは…、誰の曲でもない」
だって何も答えられるものがないんだから。
流行りの歌でも懐メロでもない、強いて言えば楽譜がなくても弾ける曲ってことぐらいで。
「え、どうゆこと?誰かが歌ってる曲とかじゃねーの?」
弾き慣れてるからつい弾いてしまった。
正直、誰も聞いてないと思って。誰にも気付かれないと思って、ギターを弾いてた。
「フリー素材!?の曲とかあんのか?よくわかんねぇーけど」
「……。」
「ないよな、何かあるっけ?誰の曲でもない曲って…」
「…。」
出来たら答えにたどり着かないようにこのままやり過ごせないかなって目を逸らした、そしたら今日一番の声で叫ばれた。
「もしかして彩生が作った曲!?」
引きつった顔をしてしまった、あからさまに。誤魔化すの下手すぎるだろ俺。
恥ずかしい、誰も聞いてないと思って弾いてたのに…!
「すげぇな!!!」
ガンッと頭の中に響く大きな声に体がビクッとしてイスからずり落ちるかと思った。どっから出してんだってぐらいでかい声で。
「曲作れんの!?え、つーか曲って作れるもんなの!?」
「いや、まぁ…」
「オレなんか音符も読めねぇよ!」
たぶんそはれ楽譜だろ、音符読んでどうすんだ。
てゆーか声、もっとボリューム下げろここは防音室じゃねぇんだ丸聞こえなんだ。
「すげぇーな~!」
机に頬杖をついて天井を見上げて、何度も連呼するから居たたまれなくて。
「別にすごくないから、どう考えても加々谷のがすごいだろ」
何気なく、本当に何気なく。話を変えたいなぁって、思っただけなんだけど。
「強豪野球部でエースって言われてさ」
「……。」
…え?なぜ黙る?なんでそこは黙るんだ!?
あんなにわーっと騒がしかったのが急にしゅんとした。
上を向いていたのに机の方を向いて、見開いてた目が小さくなる。
「あ、ごめん…なんか気に障ること言った?」
「ううん」
ふるふると首を振る、目を伏せたまま。はぁーっと長めの息を吐いて、さっきの勢いなんかなくなって。
何か余計なこと言ったかなって考えた、そんなにダメなことだったか?みんなに言われてることじゃねぇの?
「オレさぁ~…すっげぇーーー緊張すんの!」
「え、意外」
「だろ!?」
「あ、自分で言うんだ」
それはボール拾いついでに聞こえてきたギターを聞くために勢い任せに乗り込んでくるような奴とは思えないセリフだった。
「バッターボックスに立つと緊張すんだよな…あ、ほらオレ4番だから!絶対打たなきゃって監督にも言われるしチームにも思われてるし!」
ハキハキした声は明るくて、どこまでも届きそうな声で喋り続けてるから1人でも。そんなこと思ってるんだなって、それはすごく意外で。
「だからエースって言われると超プレッシャー…!」
口元を両手で覆うようにして、はーっと吐いた。どんどん小さくなっていく声は手の中に消えていくみたいだった。
「でも全ッ然緊張してるようには見えなくない!?」
「あ、あぁ…うん」
そんで、それをストレートに聞いてくるとこがさらにそう感じさせない。なんてゆーか緊張感がない。
だけど目を伏せる横顔はやるせなく、本当に悩んでんのかなって思わせる。
「彩生は?」
「え?」
「緊張しねぇの?ギター弾く時とか!」
「……。」
そう言われてふと考えてみた、でもすぐに思った。俺にはその答えも持ち合わせてないことに。
「そもそも緊張することがないな、俺は」
廃部宣告された部活に活躍の場なんかないわけで。
思い返してみても特に何もなかった、人前に立つとか誰かに任されるとかそんなの。
ただ誰もいない部室でギター弾くのに緊張も何もねぇからな。
「羨ましいな~!」
「そうか?そっちのが羨ましいだろ」
「どこがだよ!?緊張で腹痛くなるんだぞ!」
「…そうなんだ、それは大変だな」
試合前でも何でもないのに顔をしかめる加々谷はバッターボックス立ったことを想像してるみたいで、そんなに追い詰められなくても……
でもそれこそカッコよくないか?
そんな大事な場に呼ばれてることがカッコいいって思うけど、だってそれって…
「みんなから期待されてるってことじゃん?」
期待背負って試合してるとか、部活の極み過ぎない?
「だから緊張する気持ちはわかんねぇけどカッコいいと思うよ」
たぶんね、そんなの選ばれた奴しか思えないことだし。なんなら注目されて気持ちいい~!とか思ってるのかと思ってたし。
意外と、そんな風に思ってるのか。
「なんかそう言われんのうれしいな!」
しゅんとしてた顔から変わる、ニカッと大きな口を開けてらしいなって顔で。
なんでも素直に言える奴なんだなって思った、そんな嬉しそうな顔で嬉しいって笑うから。
だから緊張するって、ハッキリ言えるんだ。
そこはちょっと羨ましい、素直に言えるところは。
誰のことも引き留められなくて今日も部室に1人でいる身としては。
「軽音部ってどんな活動してんの?」
「あー…ギター弾いたり歌ったり?」
説明が雑過ぎた。強豪野球部エースに聞かれて胸を張って答えられなくて、こっ恥ずかしい気持ちで答えた。
「なぁ、ギター弾いて!」
「え?」
身を乗り出すようにこっちを見て、キラキラと目を輝かせてる。教室の隅っこに置かれたギターを指さしながら。
「彩生のギター聞きたい!」
誰かに弾いてとか言われたことなくて、誰かに聞かせることもなかった。この狭い教室でなんとなーく弾いてただけだから。
だから急にそんなこと言われても。
「やだ」
弾きたくない、普通に。
「なんでだよ」
「そんな急に弾けって言われても無理!」
「準備とかいんの?」
「…ないけど、チューニングはしてあるし」
「じゃあいいじゃん!」
「よくねぇよ!」
「なんで?」
なんでって…そんな真っ直ぐな瞳で見られたら、なんかそんな気持ちになる。絶対逃げられない気もするけど。
「今度ちゃんと聞かせてくれるって言ったじゃん」
言ってねぇし、お前が勝手に聞かせてくれって言ってきただけだし。
せめて瞬きくらいしてくんないかな、逃げる隙もなくて困る。何も言えない俺を決して離さない瞳で見てくるから。
「彩生のギター、もう1回ちゃんと聞きたい」
「…っ」
渋々ギターを持ってくることになってしまった、ちょっと顔をしかめてしょうがなく…あまりにしつこいし、弾かないと離してくれそうになくて。
「リクエストしてい?」
「…。」
「弾いてたやつ!」
「は、それって…」
「彩生の曲!」
言われるとは思ったけど、ワクワクした目で見られて目を細めちゃったし。
あれ誰にも聞かせたことないんだよな、いつも1人の時に弾いてただけだから垣ノ内にも創志にも聞かせたことがない。
それをこいつの前で弾くって…まぁいっか、ちょっとくらい。少し弾くぐらいなら…
「歌詞とかあんの?」
「は!?」
「え、あんの!?じゃあっ」
「ないない!歌詞なんかないっ!」
「あるだろそれ、必死過ぎじゃん!」
「…っ」
な、なくはないけどここで歌うわけない。それはさすがにやりたくない。
「歌っ」
「じゃあ弾かない!」
眉間にしわを寄せて目を細めて加々谷の方を見た。そしたらちぇーっと頬を膨らませた。
「じゃあいいし、ギターだけで」
だけでって何だよ、お前が弾けって言うからこうなってんだよ。元々弾く気なんかないんだからな。
「弾いてくれ!」
気を取り直して、みたいな顔で見てきたからもう一度睨みつけてふぅーっと長めの息を吐いた。
気持ちを落ち着かせて頭の中でカウントする。トントンッとボディを叩いたら、指を動かして。
ー~♬
なんでこいつの前で弾かなきゃいけないのか、なんでこんなことしてんのか意味わかんねぇけどギターを弾くのは楽しくて。
ー♩~♫
ただ好きだから、ギターがただ好きで。
自分で作ったメロディーを音にするのが楽しいんだ、だから軽音部に入ったんだって…
ー~…♪
そんなことを思いながら。
ジャンッ、と最後の音を出して弾き終えた。
ふぅーっと息を吐く、揺れるギターの弦を押さえて。
「……。」
急にしーんとしてしまった、弾き終わったからだけどこの張り詰めた間が気になって。
なんだこの空気は?やっぱつまんなかったか?
弾けって言われたから弾いてみたけど、これでよかったのかは…
だって弾いてるだけだし、何もおもしろいことねぇし。
「…。」
異様な緊張感があった。
何も言わないから、こいつが。黙りこくっちゃって何も言わないから。
ただ視線だけは感じてた、じーっと見てる視線だけは。
「…。」
「……。」
「…あの、なんか言ってくんない?恥ずかしいんだけど」
耐えきれず先に喋ってしまった。
下手でも、変な曲でも、何でもいい。何でもいいから何か言ってほしくて、無言のこの空間のがきつい。
「…加々谷?」
「あっ」
ハッとした顔で目を見開いた。
なんだその顔は、なんでやべぇもん見ちゃったみたいな顔してんだ。
右手で口を隠して、うわーっと言わんばかりの顔で俺を見てる。
人の演奏聞いて、その顔はどうゆうつもりで…
「感動した…っ!」
え?
「初めてだ、曲聞いてこんなこと思ったの!」
は、なんだって?
「すげぇっ!!」
待て待て、急激にギア上げすぎだ。もう少し落ち着いてくれ。
「なんだコレっ!?」
きょとんとする俺の前でわーっと口を押え胸を押さえて、まるで溢れ出そうになる何かを止めるみたいに押し込んでた。
「あの…」
「やべぇ!めっちゃくちゃ興奮してる今!」
「えっ、あ…うん?」
「キュンって心臓が…っ!」
パチッと目を合わせる、戸惑う俺と最高潮に気分高まった加々谷と。張り詰めてた空気はパンッと弾けて、なんだか生暖かい風が吹くみたいで。
相変わらず瞬きなんかしない加々谷と目を合わせたまま…っ
「キュン???」
かと思えば首を傾げた。
「キュンっておかしくね?」
「いや、お前が言ったんだよ」
眉をひそめてやっとパチパチと瞬きをした。怪訝そうな顔で投げかけてくる。
「なんかこれだと彩生にキュンとしたみてーじゃね?」
「……。」
いや、だからお前が勝手に…!
何を言ってるのかも、何を言い出すのかもわからない。
でも一応言われたリクエストには答えたからこれでいいだろ、もうすぐ昼休みも終わるしギター片付けないと。
「他にねぇの?彩生が作ったやつ!」
結局何も考えられなかった、部活のこと。
昼休みに現実逃避でギター弾いてる場合じゃねぇよ、存続出来るような何かを考え…はぁっと息を吐いてギターをスタンドに置いた。
「もっと聞きたいんだけど!」
俺1人じゃどうにもならないこと、ありすぎて。
俺はただ平穏な生活が送れればいいって思ってるだけで、なるべく平和に穏便にしれーっと高校生活が終わってくれたらそれでいいんだよ。
「あ、そうだ!頼みたいことある!」
ただそれだけで…
「野球部の応援歌作ってくれよ!」
「……は?」
いいんだけど???



