臆病な少女は生贄として溺愛される

 卓上台へとついて、今日も二匹の作ったおいしい料理を食べはじめる。

「あらあら凜様、素敵なかんざしですね。とても似合っていますよ」
「あ……す、水華様が、くださって」
「それはようございました」

 壺がころころと笑い、峰もにこにことする。
 その反応に、なんだか凛は恥ずかしくなって俯いた。
 上品な味のするお吸い物を見下ろして、椀をテーブルに置く。
 ちらりと向かいを見れば、今日は水華はいない。
 食事の気分ではないらしい。

「つ、壺さんと、峯さん、は、水華様とずっと一緒なんですか?」
「まだ五十年ほどですよ」
「五十、年」

 凜にとっては途方もない年月だ。
 峰が懐かしそうに目を細めた。

「壺より先に死んでしまったけれど、壺が恋しくてあんまりにも泣いていたら動物霊となってしまったのです」
「動物、霊」
「そのままですよ。動物が幽霊になったものです」

 つまり峰は一度死んだということだ。
 凛は驚きで目を丸くしたあと、どう声をかければいいのかわからなくて、口を開こうとしてつぐんだ。

「そうしたら、たまたま通りかかった水華様が泣き声が鬱陶しいと拾ってくださいましてね。神使としてお仕えするようになったのです」
「私も峰を亡くして、やせ細って毛並みがボロボロになっても泣き続けていたら、峰と一緒に召し抱えてくれたんですよ。私達のような狸を選ばれなくても、いくらでも上等な神使を選べたはずなのに」
「だ、だから二人とも、一生懸命、なんですね」

 二匹はいつも細々と邸のなかを掃除して、庭の花を手入れしている。
 料理だってときおり食べる水華のために腕を磨いたのだろう。
 とても慕っているのが、よくわかった。

「私達に何ができるかというと、微々たることしか出来ないとわかっているのですよ。でも、水華様のためなら、いつでもこの身を投げ出す覚悟はできているんです」

 峰の言葉に、壺も大きく頷いた。
 それだけで、二匹が水華にたいして並々ならぬ忠誠を誓っているのがわかる。

(こんなふうに思わせるなんて、水華様は立派で、そしてとても優しい方なんだわ)

 生贄である凜にだって、そんなに大事にしなくていいと言いたくなるくらいに優しい。
 昨日は確かに怖かった。
 怖かったけれど、こうしてかんざしをわざわざ持ってきてくれた。
 無表情でそっけない神様なのに、どうして凛に優しくしてくれるのだろうと思い、凛はきゅっと唇を引き結んだ。
「あの、私にも掃除なんかを手伝わせてもらえませんか?」
 凜の言葉に二匹は目を丸くした。

「凜様にそんなことさせられませんよ」
「そうです!ゆっくりとしていてくださいな」

 二匹の言葉にそうだよなとは思う。
 凜に出来ることなんて、きっとささやかなものだ。

「わ、私も、水華様に、優しくして、いただきました。何か、したいんです」

 凜の言葉に二匹は顔を見合わせた。
 先ほど二匹が口にした水華への想いから、凛の気持ちがよくわかるのだろう。

「あ、あんまり、出来ることはない、かも、しれない……ですけど」

 だんだん俯いて尻すぼみになっていってしまうけれど。

「では私とお掃除などはどうでしょう?」

 壺の言葉にパッと凛は顔を上げた。

(これで生贄になるまでのあいだ恩返しができる)

 今まで村でだって働いていたのだ。
 肥溜めの仕事や家畜の糞の掃除は凜の仕事だった。
 だから、どんなことでもできる。
 よしと意気込むと、凛は峰の料理をしっかりと味わいながらも急いで食べた。
 自分のために作ってくれた料理をぞんざいにはしたくない。
 そのまま凜は壺によって華やかな着物から少しさっぱりとした柄の着物へと着替えた。
 上等なことには変わりないので、いいのだろうかと怖くなる。
 ボロ布でいい、着てきた着物でかまわないと辞退したけれど、すでに処分したと言われてしまった。
 名残おしかったか聞かれたけれど、まったくそんなことはないので反応に困っていたらこの恰好だ。
 頭にもしっかりとほっかむり。
 そして連れてこられたのは以前水華が酒を飲んでいた濡れ縁のある廊下だった。
 真っ白な花の咲き誇る庭と、それを照らすような光の指す水中が見える。
 以前も思ったけれど、とても神秘的で美しいと凛は感嘆の息を吐いた。

「水華様はここがお気に入りで、よくこちらでお酒を飲んでいるのですよ」

 そういえば初日の夜もここで酒を飲んでいた。
 思い出すと手を握られていたことも思い出し、とくとくと胸が早くなる。
 それに首を傾げながら胸をそっと押さえるけれど、何故鼓動が早いのかはよくわからなかった。

「ここを掃いて雑巾をかけますよ。凜様は箒で掃いていただけますか?」
「……え、ええと、厠や肥溜めなんかの、掃除は?」
「まあまあ! ありませんよそんなもの!」

 凜の言葉に壺が驚いたと大声を上げた。
 凜も驚いておもわず目をぱちくりとさせる。

「凜様にそんなものさせられませんよ。そもそも厠は勝手に綺麗になるようにつくられていますし、食材は届けられます。お庭で何か育てるのも、肥料などいりません」
「そんな、ことが、あるんです、ね?」

 おもわず疑問系になってしまう。
 けれど壺は「そうです」と力強く頷いた。
 しかしそれなら凛に出来ることは少ない。
 たすき掛けしている姿でよしと気合いを入れると、凜は箒を手に取って廊下を掃きだした。
 掃きだしたのはいいけれど、あっちに掃いたりこっちに掃いたりと掃く向きがバラバラで汚れが広がっていくばかりだ。

「凛様、箒は同じ方向に掃いていき、最後にちりとりで取るのですよ」

 壺の柔らかい教えに、必死で下を向いていた凛はハッと顔を上げた。
 そして、こうですよと手本を見せた壺のやり方を見れば、凛とまるで違う。
 おもわず凛は恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じた。
 ずっと閉じ込められていたから、掃除なんてしたことがない。
 厠なんかの掃除のときだけ見張りつきで出してもらえたくらいだ。
 だったらと桶にしゃがんで雑巾を手にするけれど、びしゃびしゃの雑巾のしぼりが甘くて廊下を拭くどころか濡らしてしまった。
 おまけに雑巾かけに必死になりすぎて桶をひっくり返す始末だ。
 壺は気にしないでくれと言ってくれけれど、凜は濡れ縁に座って落ち込んでいた。
 自分の無力感や物事の知らなさに、恥ずかしい思いしかない。

(結局、迷惑をかけただけだったわ)

 鼻の奥がつんと痛くなる。
 ほっかむりもたすき掛けもそのままに、凜は濡縁で俯いてしまう。

(生贄になるまでこんな素晴らしい生活をさせてもらってるんだから、何か返したかったのに……)

 しなしなとさらに体を前のめりに頭を下げる。