気付けば私はひとりぼっちになっていた。
誇れる自分ももう居ない。何をしたって誰にも正解だと受け入れてもらえない、頑張るだけ無駄な、私だけが犠牲になってる世界だと気が付いたから。
みんなと同じ場所、同じ空間に居るのに、私だけが違うルールで生きている。正しいことだといくら頑張っても誰にも認められない、自分が正しいと胸を張れない世界は、こんなにも自分を心細くさせるのかと驚いた。自信が持てなくて俯いて歩く私の姿はきっと、あの時の皆川さんと同じように見えているだろう。全てを失って、何も信じられなくなって、否定されることから逃げるように、守るように、体は勝手に俯いて小さくなる。皆川さんもこんな気持ちだったんだ。
——でも、あの時皆川さんには私が居たはずなのに。
あの時から私は存在を認められてなかったってこと?
胸の中にモヤッとした感情が生まれた瞬間、目は無意識に皆川さんを探し始めていて——そして、見つけていた。
……あれ?
友達と、喋ってる……。
あれは元々の皆川さんのグループの、皆川さんを裏切ったはずの——。
「あの、皆川さん」
だから、たまたま掃除当番のタイミングが重なったので皆川さんに声をかけると、「何?」と、振り返った皆川さんと真っ直ぐに目が合った。その顔は前みたいに明るく、どこかスッキリとしている。
「……仲直りしたの?」
誰と何を、も言わずに訊ねる私に、皆川さんは迷うことなくうん、と頷いた。
え、なんで……?
「悪口、仲渡さん達にバラされてたんだよね?」
「うん」
「裏切られてたんでしょ? 許したの?」
「うん。だって私も悪かったし」
そう、あっさりと返す皆川さんは本当にもうなんとも思ってないようで、
「お互い口にしてなかった嫌なことがあったんだ。それはさ、やっぱ言わなきゃわからないんだなってわかった。なんかマナ達は私から悪口聞かされるのが嫌だったんだって。だから仲渡さんに聞かれてそのまま思ってることを答えたんだって。嫌だったなら言ってくれればよかったのにって言ったら、そしたら別の人に次は自分の悪口を陰で言われると思ったって言われて、そんなわけないって思う気持ちと、でもその通りだなって思う自分に気がついたんだよね。私こんなだからさ、きっとそうなったら次はマナのこと小野田さんに言ってたかもしれない。だからまた友達として信じてもらうには私が変わらなきゃと思って、謝って、お互いに思ってること言い合ったらなんか、今は前より壁がなくなった感じがして……」
「……胸の奥がスッキリしてる?」
「! そう、そんな感じ! ドン底まで追い詰められた結果だけど、良い方に動いて良かった! なんか元木さんのこととかどうでも良くなったし、なんであんなにイライラしてたんだろうって今は思う。周りとか関係ないし、何があっても私は私で、私でしかないのにね」
そう言って、「じゃあまた明日!」と、笑顔で皆川さんは仲間の元へ去っていった。その足取りは軽やかで、少し前までの皆川さんとは別人になっていた。
——良い方向へ進んでる。
元木さんといい、皆川さんといい、悪いことをしてきた人間なはずなのに、今は受け入れられて、新しい明日へ向かってる。
じゃあ私は? 私はなんで、ダメなんだろう。どうしたら変われるんだろう。
私の方が、頑張ってるのに。
皆川さんと話しているうちに最後の一人になっていた教室は静かで、取り残された気持ちが大きくなる。
その寂しい静けさの中に、ガラリと扉を開く音が響き渡った。
「あ、居た居た小野田さん。気分はどう?」
そう言ってズカズカと遠慮なしに踏み込んで来たのは仲渡さんだった。
まただ。また様子を窺っていたかのようなこのタイミング。
気分はどう?だって。
「見ての通り、最悪だけど」
そう言って自分の胸の辺りを指さすと、仲渡さんは「あんなに綺麗になったのにもう真っ黒じゃん!」と、ゲラゲラ笑った。わかってて入ってきたくせに、本当に嫌な奴だ。
そう。全部わかってるんだこの人は。
「……それが見えてわかってるならもうこんなことはやめて、優しくしてくれてもいいと思う」
私が今辛いの、誰よりもわかってるくせに。
弱った心から思わず本音がこぼれると、仲渡さんは目を丸くして私を見ると、それを書き換えるようにニコリと笑った。
「そんなことしたって意味ないでしょ?」
当然その返しに私はまたイラッとくる。そんな私のことをまた仲渡さんがジッと見つめる——私の、胸の辺りを観察するように。
……もしかして、
「わざと悪い気持ちにさせてる?」
だってこの人はずっと、あの日からずっと私の中身を覗いてる。いや、もしかしたらあの日よりも前からずっと。
「私の中身、見るの好きだよね? 私のっていうか、人のその、よくわかんないけど仲渡さんが見えるって言ってる真っ黒なやつ」
「お? 見えてるの信じてくれるんだ?」
「だってそうとしか考えられないし、そんな嘘ついたってしょうがないでしょ。だからそれを見る為にわざと人を煽ってるんじゃないの? 皆川さんのことも元木さんのことも、私のことも。その黒いやつでいっぱいになって苦しむのが見たいのかなって今気付いた」
そう答えると、仲渡さんはワハハと大きな声で笑って、「それって最悪じゃん!」と他人ごとみたいに言って涙を拭った。
「まぁ、そっか。そうだね。そうしていっぱいになったそれが消えるのを見るのが好きなんだよね。それってさ、その人が乗り越えて解放される瞬間だと思うから。新しく生まれ変わるのを見るのは清々しくていい気持ちになるよ」
……つまり、わざと嫌な気持ちを煽って窮地に追いやって、その人が苦しみを乗り越えるのをそばで眺めて、エンタメみたいに楽しんでるってこと? 改善される瞬間を見るのが好きって、そういうこと?
「そんなの貴族の遊びじゃん」
上の者が下の者を見下してるからこそできる所業だ。最悪にも程がある。
「貴族! え、なんで?」
「だって自分が見たいから余計に苦しめてるんでしょ? 追い込んでるのは自分なんでしょ? そっとしとけば何にもならないのに、人の心で遊んでるのと同じだよ?」
「いや、わたしはきっかけを与えてるだけだよ。そういう人はそっとしといても勝手に真っ黒になってくんだから、だったらわたしが居る前で爆発した方が安全だなと思って。何ごとも早めの対処が大事だからね、心に生まれる悪と向き合うきっかけを与えてあげて、平和の訪れを願ってるってわけ」
は? いや、いやいやいや、
「そもそもその心に生まれる悪の元凶があなただってわかってる? このクラスのさ、不平不満はあなたが作ったルールのせいで生まれてるんだよ。元木さんだってほんとはあんなの許して認めちゃダメだよ。あなたの言葉だから響いたけど、そうじゃなきゃ誰も止められない。それもあなたに嫌われたくない、あなたが正しいってルールをあなたが始めに作ったからじゃん。しかも私みたいな例も作ってさ、あなたに嫌われたらどうなるかわからないってもうみんな思ってるよ? 誰もあなたに逆らえない。あなたが自分のために自分の好きなように支配して操作する、そんなの恐怖政治みたいなものじゃん」
「ウケる、貴族の次は恐怖政治て。じゃあわたしが一番の悪であればそれ以上の悪いものが生まれなくていいね。悪いのはわたし。それ以外は全員悪くないから平和だね」
「何言ってるの? そこにはあなたとあなた以外っていう上下関係がうまれて、その下にもそれを元にした階級社会が生まれてるじゃん。だからみんなあなたや上の立場の人間に怯えて生きてるでしょ?」
「え、そうかな。わたしに怯えてるのはもうあなただけに見えるけど。あなたが思うよりみんなは自分の価値観で生きてると思うよ? そういうもんだって受けいれてさ」
なんでそんなことがわかるんだと言い返そうとしたら、胸の辺りを指さされて気が付いた。そっか、黒いのが見えてるんだったっけ。
つまりクラスの人達はそれほど仲渡さんに対して嫌だと思ってないし、不平不満が溜まる毎日を過ごしてないってこと?
え? 全部私の勘違いだって言いたいの?
そんなわけない!
「あきらかな上下関係があるでしょ? このクラスは平等じゃない。特にあなたと私がそうなんだから!」
「……だからぁ、そういうのどうでもいいんだって。あなたが思ってるよりどうでもいいことなの。何でわかんないかなぁ」
「あーあ、またこんなになっちゃってね」と、仲渡さんは私に憐れみの目を向ける。
「わたしさ、今まで何度も見てきたんだよ。今のあなたみたいに真っ黒なやつに飲み込まれちゃって訳わかんない生き方してる人。子どもだけじゃない、大人にも居るよ。みんな辛そうだったよ、それなのに自分で辛い方に向かうんだもん。謎だったなぁ」
そして、唐突に自分の昔話を始めたと思ったら、私の胸の辺りを優しくそっと、労るように触れてくる。
「どうしたら助けられるんだろうって、優しく寄り添った頃もあったよ。でも無駄。全部無駄。ひとときわたしが優しくしてやったところですぐまた真っ黒になるんだよね。だってそういう人間性の人なんだから。ってなるとさ、結論、自分のことは自分でなんとかしてもらうしかないわけ」
離れていった手のひらをジッと眺めたあと、その目は私に向けられた。
「自分の生きていく環境は自分で作らないと。誰かの何かを軸に生きてしまうと結局思ったのと違うと文句ばかり溜め込んで生きていくことに繋がってしまう。だってずっと変わらない人も、環境も、この世には存在しないんだから。外にあるものは全部勝手に変わっていくよ。そうして自分の思った通りにならない世界とぶち当たった時、一体どうすればいいんだろう……ねぇ、それって今のあなたの状況と似てる気がしない?」
「…………」
「きっと今、あなたは大変だよね。辛いよね。でもさ、もしそれを乗り越えられたらきっとその時のあなたは真っ黒な感情に飲み込まれない新しい自分になってるよ。誰が上だとか、どんなルールだとか、そんなその時だけのつまらない環境に負けない、強い自分にね。わたしはそれが見たいの。その瞬間に立ち会うことが、わたしがこんな変なものが見える体質で生まれてきた理由で、それがわたしの使命だと思ってる。あなたみたいな人達を真っ黒な気持ちに負けない人間にしてあげること。その為ならわたしは悪にだってなるよ。そういう環境を作って、手を差し伸べてあげる。それがわたしがわたしである為に必要な正義だから」
そう、力強く語る仲渡さんの目は遠くの何か綺麗なものに焦がれているようにギラギラとしていて、それがなんだか怖かった。それが私に向けられている現実が、私を無理矢理ここに存在させる。仲渡さんの目から見て、真っ黒な塊に見えているであろう私の存在を。
「だからわたし、負けないよ。あなたがわたしのことを上だと言うのならわたしはずっとあなたの上に居続けるよ。わたしのせいで辛いならそれでいい。あなたは間違ってない。で、そこからどうするの? わたしはわたしのままあり続けるけど、その世界であなたはどう生きる? あなたは自分の悪にどう立ち向かうの?」
真っ黒な私に向けられた挑発的なその言葉——今のこじれた私を煽るように見つめる、その瞳。ダメな奴だとバカにして下に見られてるんだと受け取ろうと思えばできる。でも、気付いてしまった。その中に私のその時を想像する期待の色が含まれているのだと。その瞬間、なんだか胸の奥がゾクッとした。
——ひとりじゃない。
そう、それは私がずっとひとりじゃなかったということだ。ひとりぼっちになってしまったと思ったけど、本当はずっとずっとこの人が私のそばに居たのだ。私の中身が真っ黒になっているのが見えたその時から、私の人間性を、生き方を、心の中を、この人はずっとその時を待ち望みながら観察し、変わるのだと、乗り越えるのだと期待し続けてくれていた。
それに気付いた瞬間、世界が、私が内側から変わる。
現実の捉え方が変わって、俯いた顔が前を向く。
「……私が立ち向かうべき悪って何?」
「それを見つけるのは自分だよ。どう生きたら、他人や環境に振り回されずに自分らしく生きていけるんだろうって、考えてごらん? きっと案外簡単なことだよ、このクラスではね。だってその為にわたしが居るんだから」
「…………」
「あなたなら出来るよ。見せてよ、何にも負けないあなたらしさってやつを」
——ついに私の番が来たと思った。
変わりたい。私だって、変わりたい。
自分の悪に立ち向かって、真っ黒な感情に飲み込まれない強い人間になってみせたい。
じゃあ、自分の中の悪ってなんだろう。ずっと“悪”イコール“仲渡さん”なんだって思ってきたけど、そういうことじゃない。もっと私の中の根っこの部分の話、それがあるせいで真っ黒な感情、つまり悪意や不満なんかが生まれてきやすい原因のこと……そういう性格とか、思考ぐせとか、人間性についてを言ってるんだと思う。
私の性格……真面目? 悪いことはしたくない、正しくありたいって思うから。間違ってると感じるものは許せない。良い人でありたい。人の為に動ける良い人間でありたいから、その為の少しの我慢は仕方ないと受け入れる。その分感謝されたり褒められる方が嬉しいし。認められたい。ちゃんとした人間なんだって思われたい。……あ、それって……。
『誰かの何かを軸に生きてしまうと結局思ったのと違うと文句ばかり溜め込んで生きていくことに繋がってしまう。だってずっと変わらない人も、環境も、この世には存在しないんだから』
もしかして、仲渡さんが言ってたことに当てはまるんじゃない?
そういえば仲渡さんは元木さんにも言ってた、人に慰めてもらおうとするなって。それと同じことを言ってるんじゃない? 自分で自分の感情を整えられるようになれって、その方法を自分の中に見つけろってことだったんじゃない?
だから元木さんの吐き出してスッキリする過程に付き合ってたし、付き合ったって解決しなそうなただの癇癪には注意した。
だから人の陰口を言ってスッキリする皆川さんを見逃しておきながら、元木さんと対立して負けてしまった皆川さんを自分の本質と向き合わせた。
だから良い子に頑張る自分が正当に評価されないと不満を募らせる私に、不満を吐き出させようとわざと強く当たった……?
そうだ、そうだったんだ。
きっとこれが答えだ。
仲渡さんには私の不満が溜まる瞬間が見えるから、どうして私の中が真っ黒になってるのかの理由もわかってたんだ。
私はいつも、良い人間であると人に評価される為に、自分の中に不満を溜めながらも嫌だと思うことを引き受けてきた。
人の為にと言いながら、自分の為に動いてきた。その矛盾がわたしを真っ黒にしたんだ、こんなに頑張ってる私がなんで大切にされないの?って。それに気づかない周りの人間や環境のせいだと、それを仕切る仲渡さんを憎んできた。
もちろん、仲渡さんの全てが正しいなんて思わない。人を追い詰めたり、自分が動きやすい環境を作るために人間関係を利用したりして、それで窮屈な思いをする人間は必ず生まれてるんだから、それは悪いことだと思う。
でも、仲渡さんは悪くない。やってることは悪いけど、人を黒い感情から解き放とうと考えるその信念は悪いものじゃない。
悪いことと悪い人って、必ずしもイコールで結びつかないんだ。そういう生き方もあるんだ。
“例えそれが悪い行いだとしても、それで強い自分になれるなら、黒い感情に負けないで自分らしく生きていけるなら、それが自分にとっての正解で、誰にも覆されない良い行いとなる”
だからそれを仲渡さんはこのクラスのルールとして定めたんだ。自分らしく生きられない人が強く生きていけるよう成長する為の、手助けになるように。
悪いことをする人に支配されてる、上下関係に縛られた世界なんかじゃない。
仲渡さんが一番上なのは確かだとしても、その中で外から見た自分がどの立ち位置だったとしても、本当の自分の生き方は自分で決められる自由が常にこのクラスにはあった。自分らしく生きる為に立ち向かうことを否定する人なんて居なかったのに、それをダメなもの、できないものと決めつけて、自分は下の人間だからと諦めてきたのは私だ。
誰にも何も言われてないのに、勝手に自分を縛り付けたのは私。
始めから自分の価値観を押し付けるような悪いことをしてきたのは私自身だったんだ。
仲渡さんはずっと、その見えていなかった悪に対して仲渡さんを通して立ち向かうチャンスをくれていたんだ。
「……見せてみせるよ、私らしさを」
そう宣言すると、私の悪はニコリと微笑んだ。
——次の日。
もちろん、こんなやり取りをした後でも何も変わらない仲渡さんと、またいつもと同じ一日が、私の為に用意されている。
「小野田さ〜ん、次の歴史の資料、代わりに取りに行ってきてよ。資料室の中詳しいでしょ〜?」
みんなが居る前で、わざわざそう雑用を押し付けてくる仲渡さん。
もうみんなにとってもいつもの光景だ。これで私が引き受けておしまい。
——みんなの代わりに引き受けてるよ。私が頑張ってるの、みんなわかってる? 見てるよね? 偉いでしょ? 頑張ってる私って偉いのに、なんで誰もわかってくれないの? 私は正しいのに!
それじゃ、ダメだ。
「頼まれたのは仲渡さんだよね? 自分でやらないとダメだよ。あなたの仕事なんだから」
そう口にした瞬間、クラスの空気が固まった。
全員が私を見ている。私達の様子を窺っている。
「何? どうしたの? 急にそんなこと言い出して」
仲渡さんが挑発的に、威圧的に私に言った。いつもだったらお前みたいな奴が口答えする気か?と、脅されている気分になってたと思う。でも今はそれに対して今までと違って、言ってごらんと、手を差し伸べられているように感じた。
——立ち向かわなければ。
「ずっと思ってたんだよね、断っちゃいけないって。そうやって人に押し付ける仲渡さんは最悪で、代わりにやる私は偉いって。仲渡さんのせいで私ばっかり嫌な目に遭ってるって。でも、そうじゃないね」
——私、立ち向かう怖さから逃げてた。
頑張ってるのわかってるなら優しくしてよ、じゃない。わかってくれない周りは最悪だ、じゃない。私に必要なのは優しさじゃない。私の良い子は優しくされる為にあるんじゃない。
だって私が良い子にするのは、そういう人間でありたいって思うからだ。
それが私を私とさせる、私の正義だからだ。
「私は自分が正しいと思える、間違ってないと胸を張れる人間になりたい。だから、困ってる人がいれば助けるし、嫌なことだって我慢するし、人にはできる限り寄り添いたい。それはやらされてるんじゃなくて、私の意思だ。誰かの何かの為にじゃなくて、私が私の為に、私の正義に基づいて行動してるって、それだけで良いんだってことにようやく気がついた」
認められる代わりに我慢させられてるんじゃない。弱さの証明で、下の人間の当然の制度なんかじゃない。自分をそのポジションに押し込んでいたのは自分だ。誰にも決められてなんかいないんだよ、その時々の人や環境で変わる良いことや悪いことの価値観に揺さぶられてちゃダメだ。変わらない自分の価値感で決めるべきだ、私は私で、私にとっての良いことはこれなのだと。それが私なのだと胸を張れるように。
「だから、仲渡さん。自分の仕事は自分でやらなきゃダメだよ、人に押し付けて甘えちゃダメ。でももし本当にできないなら、その時は私が一緒に手伝ってあげる。だって私、このクラスの学級委員長だし」
そう。私はこのクラスの学級委員長だ。あんなに嫌で、雑用係の別称みたいなものだと思っていた肩書きは、私らしさを表すピッタリな言葉に変わっていた。
だって私はあなたの信念に賛同して、あなたの悪を正しいものとしてこのクラスに迎え入れたいと思ったから。あなたの悪に支配されたこのクラスは、私にとっても一緒に守っていきたい大事な環境になったから。
これからはあなたの悪に基づいて、私も私のやり方で、誰かの辛くて苦しい心を解消する手伝いができる人間になりたい。
立ち上がり、生まれ変わろうとする誰かのお手本になりたい。
それは私一人では辿り着けなかった正義で、あなたに教えられた悪のおかげで手に入った自分らしさだった。
「うん。これで平等だね」
嬉しそうな仲渡さんの笑顔に、私の中の何かが晴れた感覚がした。
そう。たった今、仲渡さんの悪によって私の中の悪は綺麗さっぱり退治されたのだ。



