そんなやり取りがあった後も、結局何もなかったかのように私にだけ当たりが強い仲渡さんのまま、日常に変わりはなかった。
でも、私自身には変化があった。
——なんでこんなこと仲渡さんはするんだろう。
そう、深く考え始めるようになったのだ。もちろん毎回雑用をふられる度に変わらずイラッとくるし、嫌だと思うけど、でも、それよりも仲渡さんの行動や言動の意味を知りたいと思う気持ちが、仲渡さんの言葉に影響されて私の中で強くなっていた。
だってあの仲渡さんの言い方だとただの嫌がらせじゃないみたいに聞こえる。どう考えても嫌がらせとしか捉えられないけど、それだけじゃない何かがあるっていうか……他の目的がありそうっていうか。
多分、“真っ黒な私”という言葉に妙に納得がいったから、仲渡さんの言葉が耳に入るようになったんだと思う。あの時胸に溜まったものを吐き出してスッキリしたことでなんとなく真っ黒の意味がわかったような気がしたから……そう、真っ黒っていうのは、多分悪意とか、不満とか、そういう悪い感情のことなんじゃないかなって思うんだ。あの時の私は確かにそれでいっぱいになっていたから。
で、それが仲渡さんには見えてるから私に対して仲渡さんは強く当たってる……ってことになる。……いや、てかそれが見えてるって何? 比喩じゃないってことは特殊能力的な何か? 冷静に考えておかしい話なんだけど、でもきっと本当なんだとは思う。あの仲渡さんがそんなバカみたいな嘘をつく意味もわかんないし……あ、そういえば前に仲渡さん、私が一番ヤバいって言ってた気がする。皆川さんと二人の時に。え? 私があの皆川さんよりも? それはなくない?
真っ黒な中身の存在を受け入れたとしても、それだけは理解できなかった。だって私より腹の中が黒そうな奴はいっぱい居るだろうと思うから。でも私が選ばれたのは何で? ただのタイミング? もし私の中身が真っ黒な限りこのキツい対応が終わらないならその謎を解かないといけないのに。終わらせるためには今起こっていることの答えを出さないとならないってことだよね? だってそれを仲渡さんが待ってるみたいだから。なんで? 真っ黒なものが視界に入って目障りだから? 暇つぶし?
考え続けてはいるものの、考えれば考えるほどに私にはよくわからなくて、今ではもう仲渡さんがどんな人なのかすらわからなくなっている……。
「あ〜もうマジウザい!」
……元木さんはわかりやすいんだけどなぁ……。
今日も元木さんは嫌なことがあったみたいで大声でイライラを吐き出している。それはちょうど私が返ってきたプリントを配るために元木さん達のそばに寄ったタイミングで、私に気づいた仲渡さんが、「今日もお疲れ〜」と私からプリントを受け取ると、元木さんがイラついたままの態度でギロリと私を睨みつけた。
「毎日毎日よくそんなこと出来んね。あたしには無理だわ。マジで無理」
そう言って、奪うように私から自分のプリントを受け取ると、「良い子ぶってんのキモい。そういう奴に限って裏があんだよ」と吐き捨てるように言う。
……え、なんでコイツにそんなこと言われなきゃなんないの?
イラっときた所をグッと堪えていると、仲渡さんと目が合った。「確かにその通り〜」と笑いながら私の胸の辺りを指さしてる。助けてなんてくれないことはわかってたけど、こういう一回一回が何かあるのかもって考える気持ちを裏切ってくるんだよな、この女ってほんと。何考えてんだろ。何なんだろう、その指さしてくるやつ。また黒くなってるのが見えてるってこと? じゃあそっちの大騒ぎしてる元木さんのことはどう見えてるわけ? 私なんかよりあっちのがヤバいだろ。
イライラモヤモヤしながらも残りのプリントを配りにその場を離れると、
「サボるわ。もう今日は無理。ダルい」
元木さんの大ぐずりする声が聞こえてきて、子ども過ぎるだろとゲンナリした。何があったのか知らないけど、今日はいつにも増してぐずってて、仲渡さんもいつもみたいに話の続きを促すこともなく、「そう、じゃあ先生に伝えとく」と、どこか冷たい感じで返していた。
するとそれに、「え?」と驚いた声をこぼした元木さん。
「なんで見捨てるわけ? フツー付き合うでしょ」
「ウケる。その常識は初耳過ぎる〜」
「いやガチで。こっちは真剣に言ってんだけど。何? 一緒に来ないなら引き留めるくらいしても良くない?」
「なんで?」
「あたしとサナの仲だから。え? 違う?」
そして、「サナにとってはその程度だったってこと?」と、完全に機嫌の悪さをそのままぶつける元木さんは、仲渡さんを威圧するように睨みつけていた。いつも他の人にするみたいに、自分の言うことを受け入れさせようとしている。自分が正しいと認めさせるように。あの時皆川さんにやったみたいに。
でも、相手はあの仲渡さんだ。
「? 何か勘違いしてない?」
何も響いてない顔で首を傾げる仲渡さんの目は、笑っていなかった。
「あなたがイラつくのは勝手だけど、それに人を巻き込んで自分の思い通りに動かそうとするのは違うよね。自分の機嫌を直せと人に強要してるだけだよ。今までわたしは友達としてわたしの意思であなたの話を聞いてきたんだけど、それなのにわたしとあなたの仲だから、なんて言葉で脅してくるんなら、わたし達の関係はもう友達じゃないよね。そうなったらわたしはあなたのなんでも言うことを聞く奴隷? それがあなたの言うわたしとあなたの仲ってこと?」
「ちがっ、そんな訳ないじゃん! ただ、いつも付き合ってくれるのに冷たいじゃんってことが言いたかっただけで、サナはいつもあたしの話聞いてわかってくれんじゃんって、いつもと違ったからイラついただけ! てか友達ならフツーに慰めてくれたっていいじゃん!」
「だったらそれなりの態度があるはずじゃない? 友達に頼るつもりならさ。小野田さんのプリントの時もそうだけど、今のあなたがやってることは原因と関係ない所で喚いて当たり散らして、機嫌が直らないのを人のせいにしてる子供の癇癪と一緒だよ。自分の問題を自分で改善させるつもりはこれっぽっちもなくて、慰められるの待ちしてんだから。わたしから見たあなたは今、あなたが一番嫌いなダサい人間そのものだけど、それでいいの?」
そして、話はこれで終わり、とでもいうように、何も言えなくなっている元木さんを放ってスマホを弄り出した仲渡さん。
クラスの空気は最悪だった。時が止まってしまったような静かな時間を体感では五分くらい、実際には数十秒間過ごしたのち、
「……ごめん、あたしが悪かった」
元木さんが口を開いたことで、時間が動きだす。
「サナの言う通りだわ。最近親のストレス溜まってて訳わかんなくなってた。そうだわ、このイライラはあいつらにぶつけるべきなのに周りのせいにして、こんなんあたしダサ過ぎる。言ってくれてよかった、ありがとう」
その言葉はしっかりと、このクラス全員の耳に入った。だって、元木さんの声は大きいから。こんな時でも……それはすごいことだと思った。こんな空気の中で、全員の意識が集まる中で、きちんと自分の非を受け入れてそれを表せること。
まるでこれが自分なのだと宣言されたようだった。
「うん。わたしはユカのそういうところが好きだよ。吐き出して自分の中で決着つけてスッキリさせられるところ、その過程を見るのがわたしは好き。それがあなたの強さであなたらしさだと思うから、これからもそのままのあなたで居てよ」
それは仲渡さんだからこそ元木さんに言える言葉で、仲渡さんだから元木さんが受け入れられる言葉だった。一件落着、という雰囲気にクラス内が穏やかな空気に包まれる。
——でも、私には納得がいかなかった。
『それがあなたの強さであなたらしさだと思うから、これからもそのままのあなたで居てよ』
確かにみんなの前で謝る元木さんは立派で、元木さんらしい強さを感じた。でもあんな、自分の不満をみんなの前で大声で吐き出して、攻撃的に人とぶつかろうとするそれは何にも立派なところじゃない。どう見てもあれはあいつの悪い所なのに、なぜか仲渡さんはそれも含めて元木さんの良い所のように言う。それが、理解できないし納得がいかない。
なんで? 今日のはただの八つ当たりだったから仲渡さんは怒ったんだよね? 自分で改善しようとしてる訳じゃないから、だっけ。じゃあ普段のはいいの? 本人がスッキリする為に人を傷つけてるそれは許されるの?
そんなの同じじゃないの?
意味がわからない。仲渡さんとは見ている部分が違うってこと? どっちも悪いことには変わりないはずなのに。私がこの間したことと一緒の——あぁ、じゃあ今元木さんはあの時の私と同じ感覚なんだ。自分の非を認めて謝る元木さんは吐き出し終えた清々しい表情をしていたから。胸の奥がスッキリと軽くなったあの感覚は私にもわかる。あれは確かに心が改善された状態だった。
それを仲渡さんは良いことだと言ってる? 自分で改善する、その瞬間を見るのが好きって言ってたけど、それが今起こったから許されたの? てかそれが好きって何? 好きなことだから仲渡さんはそれを受け入れてる? 世間的には悪いことだとしても、仲渡さんにとっては悪いことじゃないから正しいことになるってこと?
……そっか、そうかも。だって仲渡さんも同じように悪いことをする人だから。
そうだ、仲渡さんも悪い人だから価値観がずれてるんだ。人を傷つけていたとしてもそれが自分で自分の機嫌を直すことに繋がるなら、仲渡さんの前ではそれは悪いことじゃなくなるんだ。
それが仲渡さんに支配されたこのクラスのルールだったんだ。私の生き方が適応されないはずだ。悪い人が認められるはずだ。
……なんで私だけ認められないんだよ。理不尽だ、こんなの。
認めて欲しい、受け入れて欲しい。だってこんなに正しい姿で頑張ってるんだから。
でもどんなに頑張っても、悪いことをしたくなくて我慢する選択肢しかない私では、このクラスに適応されない——。



