これで平等だね


「あ、小野田さんおはよ〜!」

 私が教室に入ると真っ先に笑顔で挨拶をしてきた仲渡さんにクラス中が驚く中で、元木さんが、「え、何? 仲良かったっけ」と仲渡さんに訊ねる。

「そう、めっちゃ仲良くなったから覚えといてね〜。てかシカト? 挨拶してんだけど」
「お、おはよう」

 慌てて挨拶を返すとまたニコッと笑って、それで終わり。何だったんだろうと全員が思いつつそこはそのまま済んだんだけど、


「小野田さん、このあとまたこの間みたいにプリント集めてもらってもいい?」

 二限目に、前回の反省を生かした先生がまた私に同じ頼みごとをすると、

「先生、小野田さんは嫌だと思ってるよ〜。前の時もだいぶイラッとしてたし、そのせいでわたし悪口言われたんだけどぉ」

 なんて、クラス中をギョッとさせることをまた言い出して、

「あ、皆川さんとかいいんじゃない? 前の席だし。わたしが頼んであげようか〜?」

 と、更に意味不明なことを言って先生すら言葉を失ってしまう空気を作り出すので、

「い、良いです! 私がやります! そんなこと思ってないので!」

 と、慌てて席を立つ。すると、「え、そうなの?」と、わざとらしい驚いた顔を見せたと思ったら、

「だったらこれからも全部小野田さんでいいね、嫌だと思ってないんだし」

 なんて言って、またニッコリと笑ってプリントを手渡してきた。流石にこの空気に先生が、「今急いで集めるので終わってるところまでで良いので持ってきてください」と慌てて指示を出してその場を収めたけど、この異様な空気は収まることなく漂い続け、

「小野田さん、代わりにやってくんない?」
「小野田さんこういうの好きで委員長やってんだもんね」
「小野田さんなら断らないもんねぇ?」

 と、クラスの雑務やら自分の役割やらを、仲渡さんがあからさまに私に押し付けてくるのが日常になっていった。
 もちろん嫌だったから、断ろうとしたこともある。でも私が少しでも嫌な顔を見せると、

「え、また裏で悪口言われるってこと? みんな気をつけて〜小野田さん本当は相当キレてるから〜」

 なんて言い出して、そのせいでみんなからも露骨に距離を取られ始めるようになり、もうクラス内の環境は本当に最悪だった。私と、皆川さんの。そう、私と一緒にたまに名前を出される皆川さんもまた、クラスの中で同じ状況に立たされていて、それが私の心の支えでもあった。
 だって私が皆川さんに向くはずだった矛先を肩代わりしているから、皆川さんはこれで済んでるんだから。今の皆川さんにとって私の存在は大きなものだし、救われてるんだから感謝されてるだろうなと思うと、これで良いんだと勇気がわいたから。
 今日もポツリと一人で昼休みを過ごす皆川さんが目に入る。最近は自分からグループを離れているようにも見えた。

「……皆川さん、大丈夫?」

 だから、二人きりのタイミングを見計らって声をかけたのだ。小さな、他の人には聞こえない声で。私だけはあなたの味方だから、私にだけは本音を言って良いんだよという思いで。
 でも、

「大丈夫」

 そう言って皆川さんは何も話してくれなかった。絶対に大丈夫なわけないのに。なんで?

「良いんだよ、無理しないで。お互い辛いことになってるよね、向こうの意味わかんない理論でクラスまで巻き込んでさ。皆川さんも最近一人のこと増えてるし、元気ないし。私でよければなんでも言ってよ」

 だって私達、あの時から仲間じゃん。
 そう思って声かけたのに、
 
「うん、でも本当に大丈夫」

 キッパリと断られて、頭の中が一瞬真っ白になった。去っていく皆川さんの後ろ姿を見つめながら、胸の奥に込み上げてくるものを感じる。だっておかしい、心配してやってるのに。そもそも皆川さんのせいで私は今こんな目に遭ってるのに、その皆川さんが私にその態度、おかしくない?
 それからはもう胸の中がぐちゃぐちゃで気持ち悪くて、ずっとずっとイライラして仕方なかった。怒りが溢れ出て止まらない。不満が溜まって息ができない。きっと私の態度にもそれが出ちゃってると思うんだけど、それでも仲渡さんの私への嫌がらせはおさまらなかった。
 その状況に流石に酷いと思ったのか、最近あたり強いね、とクラスの人達が裏では寄り添ってくれるようになったけど、でも結局表ではみんな見ないふり、聞こえないふりをして助けてはくれない。今まであんなにクラスに尽くしてきたのに裏切られたと思った。あんなに我慢して、あんなにみんなのことを考えて、あんなに良い子にしてきたのに、こんなことってある?
 そんな中でのことだった。

「サナ。小野田さんいつも頑張ってくれてんだからさ、もっと優しくしてやんなよ」

 それはまさかの元木さんの言葉だった。用があるからと、仲渡さんに掃除当番を押し付けられた私を見て、元木さんが言ってくれたのだ。
 ——でも。

「頑張るも何も、小野田さんとは話し合いに基づく個人的な約束があってお互いに同意の上だから。むしろ頑張ってんはわたしの方」

 なんて、ピシャリと言い切る仲渡さん。いつもの語尾を伸ばした喋り方をしないでハッキリと言葉にされたそれに威圧された元木さんはそれ以上何も言わなかった。それでわかった。
 もう誰も助けてくれないんだ、このままなんだ、ずっとって。



「で、話があるって?」

 だから、前回と同じ空き教室に仲渡さんを呼び出した。私が動くしかないと思ったから。

「ごめんなさい、私が悪かったです。もう全部受け入れます」

 なんでこんなことになったのか考えた結果、私が歯向かうような生意気なことしたからわからされてるんだと思って、それを受け入れる態度を見せようと思った。もう全部わかったから、私が悪かったので良いから、もうおしまいにしてくれと、懇願する思いで。
 でも、仲渡さんは私の言葉にいつもみたいな余裕のある笑みを消して、スッと無表情になると、バカにしたみたいに大きなため息をついた。

「思ってもないこと言われてもね」
「……思ってます」
「じゃあなんで? 小野田さんはわたしにどんな悪いことしたの?」
「……私みたいな奴が仲渡さんに歯向かうようなことしたから、それがいけなかったと思う」

 そう口にした瞬間、胸の奥からゾッと嫌な感覚がして吐きそうになった。……気持ち悪い。言葉にするとそれが現実として定まった瞬間に立ち会った感じがして、絶望感がすごい。わざわざこんなことを言わせるなんて、なんて性格が悪いんだろう。こんな、こんな残酷なことが出来るなんて……何なのこの人。あの時皆川さんなんて無視してれば……いや、この人と同じクラスに、この人が存在しなければこんなことにならなかったのに!

「あー、もう丸見えだって言ってんじゃん……じゃあ聞くけど、もしそれが悪いことだったとして、それを小野田さんが謝ったらわたしがやめてくれるの?」
「……やめてくれないの?」
「さぁ? とりあえずわたしに全責任預けるのやめなよ。それで解決っていう考え方がもうダメだわ。結局楽な方に逃げて可哀想な自分に気持ちよくなってるだけだよね? 好きだねぇ〜そういうの」
「! そんなことっ、」
「ないわけなくない? 現にあなたは思ってもないのに謝るなんて上辺の対応でわたしだけ悪者にして解決させようとしてる。それってわたしの話を一つも聞いてないし、一つも理解しようとしてないってことだよ。あなたの前に立ちはだかるわたしと向き合おうとしてない。それはわたしへの侮辱だとわたしは捉えるね。あなたは今、わたしをとことんバカにしてる」
「……は?」

 なに、それ。

「ずっと人のことバカにしてんのはそっちだろ……?」

 あぁ、もういいや。わかんないんだこの人は。自分が正しいと信じて疑わない、人のこと考えもしないバカなんだった。そうだそう。初めからわかってたんだった、そういう人達だって。
 だったら私がどうしたっていい。いつも頑張ってる私にはその権利があるはずだ!

「あぁそうだね、あんたの言う通り私は悪いことなんてしてないって思いながら謝ってるよ。でも謝ることしか考えつかないまで追い込んだのはそっちでしょ? そんなこともわかんないの? なのにわたしと向き合おうとしてないって何? 向き合った結果だろ。それをお前が求めてるってこっちが判断するようお前が仕向けたんだろ。まるで自分は何も悪くないみたいな顔やめろ! 何もかも全部そっちが、お前が悪いに決まってんだろ!」

 口を開いた瞬間、押し込まれていたそれが溢れ出すのをもう止められなかった。止めるつもりもなかった。だって私が正しいんだから。事実を告げるだけのそれの何が悪い。我慢してやってただけだ。いい加減にしろ、いい加減にしろっ、いい加減にしろ!

「私は頑張ってきたんだ、私が正しい! お前らみたいにはならない、合ってるのはお前じゃない、正しいのも偉いのも全部私だ!」

 決壊したそれはもう真っ黒な濁流のように口から外へ出ていって、それが最後の言葉だった。
 吐き出し終えた瞬間、胸がスッと軽くなる。ずっとずっと思っていた不満がこんなに大きく溜まっていたと、自分でも気づいていなかったことに気がついた。

「出たねぇ、全部」

 その声かけにハッと仲渡さんを見ると、仲渡さんはニッコリと笑って訊ねてきた。

「ねぇ、悪いことって何?」

 それに私は、「自分勝手で人のことを考えない、相手を傷つけるようなこと」と答える。
 続けて仲渡さんが、「じゃあ正しいことって?」と訊ねるので、「人のことを思って行動できること」とまた答える。
 すると仲渡さんは言った。

「じゃあなんで今自分のことだけを考えて自分の為にわたしを攻撃した小野田さんが今までで一番スッキリしてるの?」

「それは悪いことで、そんな自分にはなりたくなくて、そうじゃない自分にプライドがあったんじゃないの?」と。

 ——あれ? 本当だ。私今、あんなに嫌だった悪いことをしてるのに。絶対にこの人たちと同じになりたくないって思ってたのに。
 今の私、この人達と同じ、一番なりたくない私になっちゃったのに……。
 
 ハッとした私の反応を見て、小さく笑った仲渡さんは私の胸の辺りを指さした。

「わたしさ、見えるんだよね、真っ黒な中身。比喩じゃなくて、本当に。ずっとずっと小野田さんの中身は真っ黒だったよ、他の誰よりもね」
「……私の、中身が見えてる?」
「そーう。まぁ、信じるか信じないかはあなた次第だけど。でもまぁ、スッキリしただけで何も解決はしてないから間違えないでね」

 仲渡さんが真っ直ぐに私を見つめる。私を——いや、私の中身を?

「お前らみたいになりたくないんだよね? 違う自分のが好きだから、その方が幸せなんだよね? それがあなたならそれで良いと思う。でもそれで真っ黒になってるってことは、何かが間違ってるんだとわたしは思う。それに気づかないと一生このまま真っ黒なあなたのままだよ。わたしの言ってる意味、わかる? 人に当たってスッキリした頭で考えな。答えが出るまで、ちゃんと上の立場の人間として付き合ってあげるからさ」