仲渡さんの周りは自己主張の強い人ばかりだ。各中学の派手な人がそのまま集まった、みたいな、どの人もきっとどこかで上に立ったことがあるだろう、みたいな人達が集まってて、その中心に仲渡さんが居る。
四月の新しいクラスが始まった瞬間からあっという間にその人達を友達にした仲渡さんが、仲良くなった全員に繋がりを持たせ、仲渡さんが間に入った方が楽しいグループを作り上げると、その全員が一番仲良くしたい、一緒に居たい相手として仲渡さんの価値を確立させた。それは間違いなく仲渡さんの持つ人間力が成せる技だった。
それからはグループの全員が仲渡さんの顔色を窺って生きてるし、それ以外の私とか皆川さん達なんかはそのグループの顔色を窺っている。
なんでかって、このクラスの上の立場とされるそのグループの人達は、遠慮なく悪意を向けてくる人達だから。その向けられた悪意を下の者達は受け入れるしかないから。
いじめがあるとかそういうのじゃないけど、いつの間にかそういうルールが出来上がっていた。多分、仲渡さんの自由奔放で我を通す威圧感がそうさせるんだと思う。それがグループの常識になってクラスの常識になったんだと思う。
「皆川さん居るじゃん、あいつウザいんだよな」
始まった、昼休みの遠慮のかけらもないご意見タイム。仲渡さんのグループの中でも特に元木さんは容赦のないイメージで、それに「どうした?」と、話の続きを促す仲渡さんの一言で本題に入るというお決まりの流れがあった。
「なんか集まってこっちのことチラチラ見てんなーとは思ってたのよ、目は合わせないくせに。だから何かあんのか聞いたの。そしたら別に何も、とか言って。文句あんなら言ってこいよって話」
「ちゃんと訊いてあげたんだ、偉いじゃん〜」
「でしょ? でも駄目だわ、ビビっちゃって。ダサすぎ。本人目の前で言えないんなら口に出すなって思うわ」
「でももしそこで皆川さんに言われてたらどうしてたの?」
「そりゃあ話し合うし、結果によっては態度で示させてもらうでしょ。向こうだってそうなんだから。ナメんなって話」
そして、「怖〜」と、ゲラゲラ笑う仲渡さんにクラス内の空気が一気に凍りつき、全員が何も起こってない顔でスマホをいじったり窓の外を眺めたりした。基本的に元木さんの声はデカいし、仲渡さんの声は通りやすいからクラス全体に届く。だからもちろん本人にも全部聞こえてるし、多分こういうのもわざとやってるんだと思う。
今日は昨日のことがあったからいつ何が始まるかとドキドキしてたけど、仲渡さんじゃなくて元木さんから言われるなんて。皆川さんも昨日元木さんのこと言ってたけど、きっと今元木さんも同じ出来ごとについて話してるんじゃないかな。
皆川さんは話してるのがうるさかったから、みたいな言い方だったけど、元木さんはチラチラ見てたからって言ってる。きっとその事実の違いは大した問題じゃないんだろう。ただ、相手が気に入らないという真実だけが大事で。
「でもさ、元木ユカ的には結局向こうが言ってこない限り、本人居る前で愚痴るだけでおしまいにしてくれるんでしょ?」
「ウケる、なんでフルネーム? まぁ、ムカついたらそれ伝えるし、言い返してこないならあたしが正しいってことじゃん? 向こうもわかってくれたって受け取っておしまいになるね」
「偉い〜。なるほどねと思うわ。わたしだったらそうはならないなぁ」
そう仲渡さんがきっぱりと告げる。それに元木さんが、「じゃあサナだったらどうすんの?」とウキウキして訊ねると、仲渡さんは言った。
「絶対吐かせるよ、言ってたことも思ってることも。じゃないと一生このままでしょ、そういう人間って。わかるとかないから気づかせてやらないと」
「怖っ」
クラス全員が元木さんと同じことを心の中で呟いた瞬間だった。昨日の今日でのその発言だ。これ、仲渡さん的に昨日のことに相当キレてんじゃない……?と思って恐る恐る仲渡さんへ目をやると、ピタリと目が合って慌ててそらした。やっぱりそうだと確信した。
「ユカはそれで済むんだもん、良い子だよ」
仲渡さんのその言葉に、元木さんが「イエーイ! 良い子〜」とはしゃぐ声が聞こえてきたけど、その時の元木さんがどんな顔をしていたのかはわからなかった。だって怖くてそっちが見られなかったから。縋るように皆川さんを見ると、小さくなってピクリとも動かない。きっと皆川さんもわかってるのだ。
——これ、ヤバくない?
昨日の帰り際を思い出して、昨日の皆川さんと話した内容を思い出して、でも今の元木さんの話では矛先は私に向いてなかったのを思い出して、やっぱり私は関係なくない?と思いながら、さっきの仲渡さんと目が合った事実を思い出して——ずっとずっと、心の中は不安でいっぱいで、それからのことはしっかりと覚えてない。
「小野田さん、資料室整理しといてもらっていい?」という歴史の先生に頼まれた言葉だけを頼りになんとかその後の時間を生き伸びてきた、そんな感じ。
そして迎えた放課後。
逃げるように教室を出て資料室の整理をさっさと終わらせると、通りがかった空き教室でその現場に出くわしてしまった。
「黙ってて何になんの? お話しわかってんだよねぇ?」
仲渡さんだ。それに、皆川さんも。
「言い返しなよ、ムカついたんならやり返せばいいじゃん。ま、その分返ってくるとは思うけど〜それは仕方ないよね? だって嫌なことしてるんだもん。おあいこだよ、おあいこ。平等にいこうよ、同じ人間なんだしさ」
その仲渡さんの言葉に、は?と思った。何を言ってんだと。そんなことできるわけないじゃん、現にこうして一方的に皆川さんは仲渡さんに詰められるはめになってる。言い返したところで勝てないのがわかってるのにそんなことを言ってくるんだから酷い。わかっててやってるくせに平等だとか言い出して、本当に最悪!
返事を待たれている皆川さんはもちろん何も言えなくなっていて、仲渡さんと目も合わさずに小さくなって耐えている。当たり前なのに仲渡さんはその態度が気に入らないらしく、これ見よがしに大きなため息をついた。
「ねぇ……今これ何の時間? ちゃんと考えてる? 言い返せよ、じゃなきゃ終わりだよ。皆川さんの負け。そんなあなたに存在価値あんの?」
なっ、そんなっ、
「そんな言い方はないと思う!」
あまりの言いように黙っていられず、私は教室内の二人の間に踏み込んでいた。ハッとした皆川さんが顔をあげる。仲渡さんも驚いたようで、どうやら私に聞かれていた事に気づいてなかったみたいだ。
でも、そこは流石の仲渡さん。「小野田さん、こんにちは。いらっしゃいませ〜」と、余裕の対応を見せてくる。
そして、
「何の用かな。あ、学級委員長としてクラスの問題を見過ごせなかった?」
そう言って、ニッコリと微笑んでくる。完全にナメられているのだ、私も皆川さんも。
「こういうのは良くないと思う。皆川さんと元木さんの話なのに、仲渡さんがそうやって皆川さんを責めるのはおかしいし、存在価値がない訳がない。大切な名前があって、ちゃんと学校の一員として籍があるんだから」
「うん、そうだね。でもわたしが言ってんのは自分はどう思うって話なんだよ。今こうやって割って入ってきて気持ち良くなってる小野田さんにはわからないかな〜?」
は? なってねぇよ!
「なってないよ。理不尽だなと思ったから助けに入っただけ」
「あぁ、昨日一緒に悪口言ってた仲だもんね。不安で仕方なかったでしょ、次は自分かもって。ウケる。後ろめたいことしなきゃいいだけなのにね〜」
「!」
「誰が悪いんだろうね〜誰のせいでこんなことになってんだろ。誰が始めて、誰に強要されてんだろ。一体いつからこんなことになっちゃったんだろうね〜」
なんて、半笑いで言ってくる仲渡さん。
……誰が悪い?
誰が始めた? 誰が強要してる?
——そんなの全部お前だろ!
今だってそう! こんな嫌な言い方しなくてもいいのにわざわざ! どうやって育ったらそうなるの? 人のこと何だと思ってるの? 言い返したってどうせ潰されるに決まってるのに、だから静かにしてるのに、なんでわざわざ傷つけてくるの!
ねぇ、そうだよね? 皆川さんもそう思うよね? 皆川さんはどう思ってる?
隣の皆川さんを確認してみると、皆川さんは俯いてぎゅっとスカートの裾を握ったまま何の反応も返さない。
ダメだ、この人はもう立ち向かおうともしてない。私が助けに入ったのに、なんで一緒に戦おうとしてくれないの?
何? 私はただの隠れるための壁?
「あのさぁ、見えてんだよね。あなた達の腹の中。というか、胸の奥? わたしの目から見たあなた達は真っ黒だよ。このままだとそこから腐って手遅れになるよ、その人間性どうにかしないと」
何言ってんの? 私じゃなくてお前らの腹の中だろ。人間性終わってんのはお前らだろ。私は違う、こんなことだって本当はしたくないのに、誰のせいでこうなってると思ってんの? 全部お前のせいだろ!
想像力がまるで足りてないんだなこの人は! だったら教えてやらないと、今自分がやってることがどんなことに繋がるのか!
「……もしさ、これを私がいじめだって大きな問題にしたら?」
そうだ、こんなの今まで私達が問題にしなかったから何もならなかっただけで、世間から見たら立派な悪事だ。
全部私達の我慢で平穏が成り立ってるのに、何にもわかってない!
「そうしたら大変なことになるよね? わかってる? だから仲渡さん、そうやって当たり前に煽ったり責めたり否定したりするのやめた方がいいよ。ほら、皆川さんなんて怯えて喋れなくなっちゃってるし」
なるべく冷静にいこう。だって同じ土俵には立ちたくないので。ここで怒鳴りつけたりなんかしたらやってることが同じに物になってしまう。こいつらと私は違う、こんな人間にはなりたくない。
「今謝った方がいいよ、そしたら皆川さん許してくれると思うよ」
「いやウケる。なんで謝んなきゃなんないの?」
「元木さんとみんなの前で言い返せないのを良いことに悪口を言ったし、今だって必要以上に責めてるでしょ?」
「それはそっちもじゃん、陰でこそこそ。同じじゃない? 正々堂々見えるところで言ってるだけわたし達の方がまともじゃない? あ、てかわたしからいじめがあったって先生に伝えるよ。それでこの件について調査してもらお。そしたら皆川さん、だいぶ色んな人に言い回ってたから相当部が悪いと思うよ? 楽しそうに有ること無いこと話してたもんね〜、全部わかってんだからね。だってそのお話の相手、わたしのお友達でもあるんだからさぁ。ほら、マナちゃんとか」
「……マナが……?」
「ね? わかった? その時は同じ立場なんだよ、わたし達。いじめてるしいじめられてる、平等にね。だからここに一方的に責められるべきいじめなんて存在しないの」
「…………」
……もう、いい加減にしてよと思った。
「それを、あなたみたいな上の立場の人が言い出したら……社会はおしまいだよ」
なんでわかってくれないんだろう。いつになったら伝わるんだろう。
「こうやって結局弱者の声はいつも届かないよね。だからこの世からいじめがなくならないし、スクールカーストは撤廃されない」
あったこともないことになるんだから。結局私達は一生弱者のままだ。
「私達を弱者にするのはあなた達だ。あなた達が勝手に階級制度を作ったから、勝手に上に立って私達を支配したから、だからこんなことになってるんだよ。平等なんてこのクラスにない。上の立場の人には本当の平等なんてわからない。私達は平等じゃないって……いつになったらわかってくれるの?」
胸の奥がもう熱くて、重くて、苦しくて、ぐちゃぐちゃだった。
怒りで涙が出そうだった。気持ちと一緒に勝手に目の奥が熱くなって、頭が煮えたぎったみたいにクラクラして、でも我慢した。丁寧を心がけて、理性でセーブした。押し込めた、本当はめちゃくちゃに言ってやりたかった気持ちを。それが出来る自分を褒めてやりたかった。見てたよねって皆川さんに確認したかった。これが私なんだよって。
でも、皆川さんはこっちなんて見てなかった。マナが?と呟いた時からもう心はここにないみたいで、あれ? だったら私、今何の為に戦ってるんだろうと思った。
「……可哀想に」
そう呟いたのは、仲渡さんだった。
「じゃあわかったよ。そんなに小野田さんがわたしを上の立場の人間にしたいなら、今からわたしがあなたの上の立場の人間としてあなたを導いてあげよう。ずっと一番のヤバい人だと思ってたし」
「……は?」
どういうこと?
「初めての試みだしうまくできるかわかんないけど、頑張るよ。だから小野田さんも頑張ろうね。それで皆川さんは……まぁきっとそれどころじゃないと思うから、余裕があるときに小野田さんを参考にしてみてよ」
——そうして次の日から、仲渡さんのそれは始まった。



