賀茂家の女房の中で、鏡ほど足が速い者はいない。
本人はそれを誇りにしている。もっとも、そのことを誇りにしているのは鏡だけで、他の女房たちは「あの人は落ち着きがない」と言っているのだが、鏡はそんなことは知らないし、知ろうともしない。
鏡が不知火の外出に気づいたのは、ある秋の朝のことだった。
いつもより早く身支度を整えた不知火が、こっそりと裏門から出て行くのを見たのだ。こっそりと、というのがポイントだった。表門から堂々と出て行く時は、陰陽寮への出勤か、あやかしの封印の仕事だ。しかし裏門からとなると、話が違う。
何か、ある。
鏡の血が騒いだ。
鏡は長年の経験から、人の動きを読む目を持っていた。主の賀茂八虚空の時代から、この屋敷に仕えてきた。その間に見てきたものといったら、人の喜び、悲しみ、怒り、そして秘密。人というのは、何かを隠している時、必ず妙な動きをするものなのだ。
不知火の今朝の動きは、まさにそれだった。
鏡はすぐに、薄い茶色の地味な小袖に着替えた。これが尾行の時の定番だ。目立たない色、動きやすい丈。長年の試行錯誤の末に行き着いた、鏡の尾行装束である。
裏門を出ると、不知火の後ろ姿がちょうど角を曲がるところだった。
鏡は素早く、しかし走らずに、早歩きで追いかけた。これも鏡の尾行哲学だ。走ると目立つ。しかし歩くと見失う。その中間の速度が、尾行の極意なのだ。
不知火は長身で歩幅が広いから、追いつくのに一苦労した。しかもこの男は、頭がよいせいか、時々ふっと立ち止まって周囲を見回すのだ。その度に鏡は柱の陰に飛び込んだり、八百屋の店先でじっと野菜を眺めるふりをしたりした。
「いらっしゃい、おばさん。何にしますか」
八百屋の主人に声をかけられて、鏡は慌てて財布を出した。
「では、大根をひとつ」
大根を抱えて、また追いかける。これが三回続いた。
三回目に立ち止まった時は、魚屋の前だった。
「いらっしゃい」
「鮎をふたつ」
大根と鮎を抱えて走る女房というのは、なかなか壮観な光景だったが、鏡は気にしなかった。
しかし四条通りを過ぎたあたりで、不知火の姿を見失った。
鏡は立ち止まり、きょろきょろと周囲を見回した。人通りが増え、どこを見ても人、人、人。背の高い不知火の姿は、人込みの中でもわかりやすいはずなのに、消えてしまった。
初日は、失敗だった。
大根と鮎を持って屋敷に帰ると、台所の女中が不思議そうな顔をした。
「鏡さん、今日はどちらへ」
「ちょっと、買い物に」
鏡は澄ました顔で答えた。
*
二日目。
今度は鏡に作戦があった。
前日の失敗を分析した結果、四条通りで人込みに紛れて見失ったことがわかっている。つまり、そこより手前の段階で、行き先を絞り込む必要がある。
不知火が裏門を出て最初に曲がる角は、決まって左だ。そして次の辻を右に曲がる。これは前日に確認済みだ。とすれば、その先の四条通りに出る前に、あらかじめ先回りして待っていればいい。
鏡は不知火が出かける前に、先回りして四条通りの角に陣を張った。豆腐売りの屋台の陰に身を隠し、知らん顔をして待つこと四半刻。
不知火が現れた。
今日は鏡のほうが先にいるから、余裕がある。距離を保ちながら、不知火の後をついていく。
不知火は四条通りを西に進み、烏丸通りを北に曲がった。そのまましばらく歩いて、御所の南門のあたりで立ち止まった。
鏡は小さな祠の陰に隠れて、息を潜めた。
不知火が向かったのは、御所の南門の前にある、こぢんまりとした屋敷だった。門の前に立ち、中に向かって声をかける。しばらくして、家人が出てきて、不知火を中に招き入れた。
鏡は素早く近づき、門の脇に掲げられた表札を確認した。
藤原定家。
鏡はしばらく、その名前を頭の中で転がした。藤原定家といえば、和歌の名手として都中に知られた人物だ。その屋敷に、不知火が通っている。
なぜ陰陽師が、和歌を習いに。
鏡はにやりとした。
わかった。
全部わかった。
大急ぎで屋敷に帰りながら、鏡は星子にこれをいつ教えようかと、うきうきと考えていた。もちろん、ただでは教えない。星子さまのお気持ちを聞かせていただいてから、教えてあげるのだ。
それが鏡のやり方だった。

