鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

その表情を、ほんの少しでも崩してみたい。
私は、少し意地悪な気持ちで、口をつけていた姫りんご飴を彼の方へ向けた。

「……朔夜も、食べますか?」
「要らない」

あの時は、あんなに熱く私を求めてきたくせに。
たった一回の口づけ。
あれ以降、朔夜が私に触れてくることはない。

もちろん、永太と琴がいるからだと分かっている。
分かっているのに、分かっているからこそ、ほんの少しだけ物足りなく思ってしまうのは、どうしたらいいんだろう。

「……意外と、意気地なしなんですね」

小さな声で毒づいた、その瞬間だった。
視界を大きな影が横切り、りんご飴を持つ私の手ごと、彼に奪われた。

「あっ……!」

りんご飴を目で追うように顔を上げると、目の前の視界が彼の端正な容貌で埋め尽くされる。

唇に、柔らかく、熱い感触が重なった。

僅かな水音。
喉の奥を焼くような熱。
飴の甘さと、彼の吐息。

それだけを残して離れていった朔夜の顔を、私は頭の中が真っ白になったまま、ただ見つめていた。
飴を持つ二人の手が、不自然に重なっている。

「……甘いな」

飴を持つ手は離れた。
けれど気が付けば、反対の手は、彼に強く繋ぎ止められていた。

何事もなかったかのように歩き出したその歩幅は、子どもたちに合わせるようにとても穏やかで。
手のひらから伝わる確かな鼓動が、私の心臓を激しく揺さぶる。

「……ぷっ。顔が、りんご飴より赤いぞ」
「なっ……!誰のせいだと思っているんですか!」
「お前が煽ったからだろ」

低く返された声に、今度こそ言葉を失った。
揶揄うように口角を上げるその表情は、今まで見たどの顔よりも優しくて柔らかくて穏やかで……

ひょっとして……
いや、でも。

「……もしかして、朔夜って、私が想像している以上に私のことが好きだったりしますか?」
「……」
「なーんて、自惚れすぎですよね。忘れてくださ……」
「……そんなの、今更すぎるだろう」

ボソリと呟いた朔夜の耳が、顔が、そして首筋までがみるみるうちに紅く染まっていく。
釣られて自分自身の体温まで跳ね上がるのを感じて、誤魔化すようにりんご飴を齧った。

口の中に広がる、姫りんごの爽やかな酸味と飴の甘さ。
まだ、唇には彼の熱い感触が残っている。
それは間違いなく、生まれて初めて知る恋の味だった。

きっと、この先この人は、私と繋いだこの手で、最強の鬼狩りという宿命を背負い、鬼を斬り伏せ続けるだろう。
傷を負うことも、厭わないだろう。
耐え難い悲しみも、孤独も、きっとある。

私のことを、血を供給するだけの生贄だと嘲笑う人もいる。
番という名に縛られた、ただの役目だと見る人もいるだろう。

でも、私だけは、人間として朔夜が帰る場所であり続けたい。
彼が道に迷わないように、いつだって手を伸ばして、そのすべてを抱き締める。

この気持ちは、宿命づけられた番だからじゃない。
私がこの人を選び、彼が私を選んでくれたから。

初めて出会ったあの夜。
月明かりの下、鬼を斬り伏せたその背中を、美しいと思った。
あの夜から、私はきっと惹かれていたのだ。

そして今。
繋いだ手の温もりと、唇に残る甘さの中で、ようやくはっきりと分かった。

私はあの夜、鬼を斬り伏せたこの人に、恋をしたのだ。
番としてではなく、ただ一人の女として。