鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「連れて来てくれて、本当にありがとうございます」
「ああ」
「二人とも、やっぱり環境が変わったせいでしょうか。夜泣きがあったりして、少し元気がなかったので……」

鬼省庁で毎月二十八日に行われる、護摩祈祷を兼ねた縁日。
睦月邸に引き取られた永太と琴の気晴らしになればと、朔夜が誘ってくれた。

「久しぶりに、あんなにはしゃいでいる二人を見ました」

艶やかな朱色の鳥居に、荘厳な建物の瓦。
それらが無数の提灯や屋台の明かりに照らされ、夜の闇の中でいっそう鮮やかに染め上げられている。

屋台からは甘い蜜の匂いや、焼けた醤油の香ばしい匂いが漂っていた。
子どもたちの笑い声。参拝へ向かう人々のざわめき。遠くで響く太鼓の音。
鬼を祓うための祈りを捧げる場であるはずなのに、今夜だけはどこか温かく、懐かしい人の営みに満ちている。

両親が二人を見捨てたと知った時は、もう二度と会えないのではないかと絶望した。
けれど今、露店に並ぶお面を被り、無邪気に笑い転げる永太と琴が目の前にいる。
こんな穏やかな光景を、私たちに与えてくれた朔夜には、どれだけ感謝してもし足りない。

「……事後報告になるが、お前の家系を調べさせてもらった」
「家系、ですか?」
「ああ。あの時、亀裂の入った『結毬』が再び輝きを取り戻したと言っていただろう?」
「はい……不思議でした。私の願いに応えてくれたような気がして」
「本来、『結毬』の効力は使い捨てだ。あのような現象は、あり得ない」

あの結界から私と鈴が出た途端、結界は霧散し、もとの手毬すら残らなかった。
形あるものはすべて消えたはずなのに、私の中にだけはあの時の熱が残っている。
掌の奥に、まだあの紅い光の名残が眠っているような気がした。

「名を聞いた時に、もっと早く気が付くべきだった」
「名前?梓なんて、どこにでも……」
「違う。『諏訪』の方だ。お前の母方は、古くは諏訪の神職に連なる家筋だったらしい」
「諏訪の、神職……?」
「今ではほとんど名残もないがな。かつては結界や祓えに関わる役目を担っていた家系だ。お前の力は、その血に由来する可能性が高い」

確かに、幼い頃に聞いた覚えがある。
何代か前の遠縁は大きな神社を預かっていたこと。
だから、母が嫁入りするのではなく、父が婿入りという形で、『諏訪』という苗字になったという話も。

母が亡くなってからは、そんな話を口にする者もいなくなった。
私自身も、日々の家事と幼い弟妹の世話に追われ、とうに忘れていた。

「その血の力が、結界に作用した……ということでしょうか?」
「恐らくな。お前はただの番ではない。守られるだけの存在ではなく、自らを守り、場を清める素質をその身に宿している」

私自身、今まで神事に関わったことなど一度もない。
けれど、もし本当にそんな力が私に宿るのなら。

私は自分の両手と、隣を歩く朔夜の横顔を交互に見つめた。
この手が、誰かを守れるのだろうか。
いつか、この人が帰る場所を、ただ待つだけではなく、自分の力で守ることもできるのだろうか。
そう思うだけで、胸の奥が少しだけ温かくなる。

「……ふふ」
「何だ?」
「いえ。……いつか、朔夜の本当の役に立てたらいいな、って思っただけです」
「……俺の番には、一生敵いそうにないな」

敵わないのは、私の方なのに。
私が生きる意味も、今この腕の中に抱きしめられる幸せも、すべて朔夜が守り、与えてくれたものだ。

「おねーちゃーーん!!あめたべたい!」
「こともー!」
「えっ!?さっき、人形焼を食べたばかりでしょう?」
「今日くらい、構わないだろう」

困り顔の私を余所に、朔夜は二人の元へ歩み寄り、楽しげに飴を選び始めた。
りんごやイチゴを艶やかに彩る飴細工が、街灯の下で宝石のように輝いている。

「こと、いちごがすきー」
「ぼくは、こっちのおっきなりんご!」
「……お前は?」
「え?」
「梓も、好きなのを選べ」

名前を呼ばれただけで、心臓が大きく跳ねたのが分かった。
あの夜以来、彼に名前を呼ばれるのはこれが初めてのこと。
顔を見ると、募る思いのすべてが見透かされそうで、なるべく視線を逸らしながら小さな姫りんごの飴を指差す。

この人は、国を守る最強の鬼狩り。
私は、その鬼狩りに血を分かつ番。
その関係は、きっとこの先も一生変わらないのだろう。

けれど。
こっそりと横目で朔夜を見上げると、ふいに視線が重なった。

この人は、あの日の夜のことをどう思っているのだろう。
朔夜は好きだと言ってくれた。
それなのに翌朝からの態度は、以前と何も変わらない。

あの言葉は、番に対しての情愛なのか。
それとも、一人の男としての恋慕なのか。
私の気持ちはもう答えが出ているけれど、彼の本心にだけは、まだ確信が持てないまま。

大切にされているのかもしれないけれど。
私ばかりが浮き立っているような気がして、彼の余裕そうな横顔が無性に腹立たしくなる。