鬼狩りの番~置き去りにされた娘は、半人半鬼に血を捧げる~

「貴様の命をもって、死んでいった者に詫びろ」
「朔夜っ!!!」

刀の柄に手をかけ、一気に引き抜こうとした——。
右腕に圧し掛かる、必死な重みが俺の動きを止め、解放された女が床に崩れ落ちる。

「げほっ、ごほっ……!」

その前に滑り込むように、彼女が俺の腕へ縋りついていた。
俺の腕を掴み、決して刀を抜かせまいと、その細い指を重ねてくる。
震えながら、それでも離そうとはしない。

「刀を抜いてはダメです!お願い、止めて……!」
「離せ。こいつが何をしたか、分かって言っているのか!お前は、殺されかけたんだぞ!!」
「それでも……ダメです!」
「……人として死なせてやれなかった者たちに、俺はどう詫びればいい!!」

屋敷の使用人たちは、ああいった事態も覚悟していただろう。
だが、彼らを人間として死なせてやれなかった。
鬼狩りのこの手で、かつての仲間たちの命を断つしかなかった。

何より、俺の番を、命の危機に晒した。
その罪は、万死に値する。
到底、許せるはずがない。

「私が……!私が一緒に詫びます!!私は、貴方の番なのだから!貴方と一生、背負っていきますから!!」
「っ!」
「だから……どうか、お願いします……っ!」

彼女を、この残酷な世界から守りたい。
そう考える同じ手で、今すぐにでもそこに倒れ込んでいる女を殺してやりたいという破壊衝動が渦巻く。
この腕を抑える小さな手を除けるなど、俺には容易い。
そのまま刀を抜き、女の首を落とすことも、瞬きほどの時間で済む。

しかし、もしそれを実行すれば。

彼女は、二度と俺に笑いかけてはくれなくなるだろう。
どれほど慈しみを持って接しても、どれほど守ろうとしても。
彼女の瞳には一生、殺人者としての俺が映り続けることになる。

その未来を想像すると、喉の奥が焼けつくように痛んだ。

「……ふう……」

肺の底に溜まった熱を吐き出すように、大きく息をついた。
彼女の腕の力が、安堵したように僅かに緩む。

「……一刻だけ与える。すぐに鬼宿校から、いや鬼省庁の敷地内から立ち去れ」
「っ……!……あ……」

女は声を出すこともできず、ただ涙を流しながら激しく頷いた。
その惨めな姿を見ても、腹の底にある嫌悪感は一向に消えはしない。

「次、俺の前に現れたら……今度こそ、許さん」

それでも、添えられた手から伝わる温もりが、沸騰していた俺の頭を少しずつ冷静な場所へと連れ戻す。

「貴様は幾度となく、俺の番のおかげで命拾いした。その重みを、生涯忘れるな」

番装束を故意に汚したにも関わらず、彼女が口を噤んだこと。
屋敷で結毬の内側にいた彼女が生き延びたこと。
そして、今この瞬間、俺の番がこの腕を止めたこと。

そのどれか一つでも欠けていたなら……
添えられた手を強く握りしめ、俺は彼女の手を引きながら、騒然とする教室を後にした。

弱々しく手を握り返す彼女の顔を直視できない。
あの場で刀を抜こうとした俺を、彼女は恐れただろうか。
それとも、失望しただろうか。

問いかけることすらできないまま、ただ繋いだ手の温もりだけを確かめる。
それでも——その手を離すことなど、今の俺には、もう不可能だった。