「西園寺、さん……」
私の姿を確認すると、彼女の喉が僅かに、緊張したように動く。
いつものように背筋は伸びている。
けれど、目元にはどこか落ち着きがなく、膝の上で握られた指先が強張る。
彼女が私に、何の用事があるというのだろう。
「あの、今日はどういったご用件でしょうか?」
問いかけても、彼女は膝の上で拳を握りしめ、視線を落としたまま何も答えない。
遠征の夜、私の荷物が無残に荒らされていた光景が、ふと脳裏を過る。
あんなにも朔夜の番になることに固執していた彼女が、彼の不在を狙って何かを企んでいると……信じたくはなかった。
けれど、信じたいと思う気持ちだけで、警戒を解くほどお人好しになることもできない。
目の前に出された湯呑みから、お茶の香りが立ち上る。
その匂いに、私は少しだけ逆立った心を落ち着かせようとした。
「——あの、西園寺さん……」
「あ、あの!か、厠をお借りしてもよろしいでしょうか!?」
再度用件を尋ねようとしたのを遮り、彼女は必要以上に大きな声を張り上げた。
あまりに唐突で、私は瞬きをする。
「え、あ……はい。少し構造が複雑ですので、ご案内しますね」
いつもの、自信に満ち溢れた様子とは明らかに違う。
会うたびに投げつけられていた、刃のような言葉は一つも出てこない。
視線は泳ぎ、何かに怯え、焦っているような、その異様な様子に違和感を覚えながらも、私は彼女を案内した。
「……あちらです。ここで待っていますね」
「あの……お、遅くなるかもしれませんので、先に戻っていただいても構いません!」
「いえ、広い屋敷ですから。迷うといけませんし、待っていますよ」
やはり、様子がおかしい。
上手く説明はできないけれど、胸の奥で小さな警鐘が鳴った。
けれど、彼女はもう戸の向こうへ消えている。
しばらく、廊下には静けさだけが残った。
遠くで庭木が風に揺れる音がする。
私は戸の前に立ったまま、何度も落ち着かない呼吸を繰り返す。
彼女が戸の向こうへ消えて、少し経った時。
「梓様!度々申し訳ありません、あの……梓様の、妹様が……」
「鈴が!?」
私の姿を確認すると、彼女の喉が僅かに、緊張したように動く。
いつものように背筋は伸びている。
けれど、目元にはどこか落ち着きがなく、膝の上で握られた指先が強張る。
彼女が私に、何の用事があるというのだろう。
「あの、今日はどういったご用件でしょうか?」
問いかけても、彼女は膝の上で拳を握りしめ、視線を落としたまま何も答えない。
遠征の夜、私の荷物が無残に荒らされていた光景が、ふと脳裏を過る。
あんなにも朔夜の番になることに固執していた彼女が、彼の不在を狙って何かを企んでいると……信じたくはなかった。
けれど、信じたいと思う気持ちだけで、警戒を解くほどお人好しになることもできない。
目の前に出された湯呑みから、お茶の香りが立ち上る。
その匂いに、私は少しだけ逆立った心を落ち着かせようとした。
「——あの、西園寺さん……」
「あ、あの!か、厠をお借りしてもよろしいでしょうか!?」
再度用件を尋ねようとしたのを遮り、彼女は必要以上に大きな声を張り上げた。
あまりに唐突で、私は瞬きをする。
「え、あ……はい。少し構造が複雑ですので、ご案内しますね」
いつもの、自信に満ち溢れた様子とは明らかに違う。
会うたびに投げつけられていた、刃のような言葉は一つも出てこない。
視線は泳ぎ、何かに怯え、焦っているような、その異様な様子に違和感を覚えながらも、私は彼女を案内した。
「……あちらです。ここで待っていますね」
「あの……お、遅くなるかもしれませんので、先に戻っていただいても構いません!」
「いえ、広い屋敷ですから。迷うといけませんし、待っていますよ」
やはり、様子がおかしい。
上手く説明はできないけれど、胸の奥で小さな警鐘が鳴った。
けれど、彼女はもう戸の向こうへ消えている。
しばらく、廊下には静けさだけが残った。
遠くで庭木が風に揺れる音がする。
私は戸の前に立ったまま、何度も落ち着かない呼吸を繰り返す。
彼女が戸の向こうへ消えて、少し経った時。
「梓様!度々申し訳ありません、あの……梓様の、妹様が……」
「鈴が!?」



