「——頼まれていたものだ」
特に会話を交わすこともなく、ただ向かい合って過ごした静かな夕餉が終わる頃。
食後のお茶を啜っていると、紙の束が目の前へ差し出された。
「……何、ですか?」
「お前が十二番隊に調査を依頼していただろう。襲撃を受けた集落の、被害者の一覧だ」
その言葉に、慌てて紙の束を手に取った。
指先が、紙の端に引っかかる。
狭い集落だ。知らない人間など一人もいない。
最初に襲われた隣の村にだって、幼い頃からの知り合いが何人もいた。
紙をめくるたび、慣れ親しんだ名前がいくつも並んでいるのが目に入る。
墨で記された一つひとつの文字を追うだけで、胸が抉られるように苦しくなり、指先が激しく震えだす。
いつも畑仕事を手伝ってくれた、朗らかなおばさん。
山菜の美味しい見分け方を教えてくれた、腰の曲がったお爺さん。
慣れない永太と琴の子守を、嫌な顔一つせず手伝ってくれた優しいお姉さん。
隣の集落から、泥だらけになって笑いながら一緒に手習い所に通った友達……。
名前を見つけるたび、その人の声が蘇る。
笑い方。歩き方。手の温度。
紙の上では、ただの数文字でしかないのに。
そして、新八さんの名前を見つけたとき、私の呼吸が止まった。
私の家だけではない、他の家々にも必死に避難を呼びかけて回っていた新八さんが。
私に、金平糖の瓶を差し出してくれた人が。
あの時の、宝石のように綺麗な甘さを思い出す。
どうしてあの時、私は彼の純粋な優しさを「鈴にバレたら面倒だ」なんて、思ってしまったのだろう。
どうして、ありがとうの一つも、もっとちゃんと言えなかったのだろう。
あの夜、小さく手を振って去っていった彼の後ろ姿が脳裏に蘇り、申し訳なさと喪失感で、視界が滲んでいく。
紙の白に、ぽた、ぽた、と熱い滴が落ちた。
墨が滲む。
その名前まで、消えてしまいそうで、慌てて袖で涙を押さえた。
「うっ……、ふ……っ」
「……現在、確認できている範囲では、お前の血縁者と一致する名はなかった」
永太と琴の名前が、そこにはない。
数えきれない悲報の中で、それだけが唯一、私が正気を保つための細い糸だった。
「もう少し時間を置けば、近隣の宿場町や寺院へ避難した住民の全容も判明するだろう」
朔夜は不器用ながらも精一杯の温かな言葉を掛けてくれている。
それは分かる。
けれど、喉が引き攣って声にならない。
もしあの時、私が無理にでも二人を抱えて逃げていたら。
朔夜と共に出会えていたなら、今頃あの子たちをこの腕の中に抱けていたのだろうか。
琴の柔らかな頬を撫でて、永太の強張った手を握って、大丈夫だと何度でも言ってやれたのだろうか。
……会いたい。
今すぐにでも、あの子たちの温もりに触れたくて仕方がない。
紙を握りしめる手に力が入り、クシャリと音を立てる。
止まらない涙を隠すように、私は受け取った紙の束で顔を覆った。
「……お前の家族は、俺が必ず見つけ出す」
いつの間にか、彼は私の隣に座っていた。
不意に、ぐいっと強い力で肩を引き寄せられる。
数多の鬼を狩ってきた、刀を振るう腕。
その腕が、今は壊れ物を扱うように私を抱き寄せていた。
予想だにしなかった彼の温もりに、心臓が止まるかと思った。
けれど、この腕を手放すことはできない。
どうしようもなく、その熱に縋りついてしまいそうになる。
「だから……その……。これ以上、泣くな」
言い慣れていない慰めを、無理やり口にしたような声。
命令の形をしているのに、少しも冷たくない。
むしろ、どうすればいいのかわからず、困り果てているように聞こえた。
涙はまだ、溢れて止まらない。
けれど、この人の仄かに香る匂いに包まれると、心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。
血と鉄の匂いではなく、かすかな沈香の残り香。
「っ……、……はい」
強くて、冷徹で、無表情で。
何を考えているか分からない、ひどく不器用な人。
出会ったばかりの私は、彼のことをそんな風に見ていた。
けれど、肩に感じる掌の熱は、そのどれとも違って、あまりにも切実で優しい。
私を守ると告げた時の声も。
必ず見つけ出すと言った今の言葉も。
どちらも不器用で、乱暴で、けれど嘘がない。
それが余計に、堪えていた感情を崩壊させる。
出会って、まだ数日。
交わした言葉も、それほど多くはない。
それなのに、私はこの力強い腕に、みっともないほど縋り付いて泣き続けた。
静かな部屋で、二人の鼓動だけが、重なり合うように響いていた。
まるで、誰にも見られず、ただ互いの呼吸だけを確かめているように。
その夜だけは、私は泣くことを、許された気がした。
特に会話を交わすこともなく、ただ向かい合って過ごした静かな夕餉が終わる頃。
食後のお茶を啜っていると、紙の束が目の前へ差し出された。
「……何、ですか?」
「お前が十二番隊に調査を依頼していただろう。襲撃を受けた集落の、被害者の一覧だ」
その言葉に、慌てて紙の束を手に取った。
指先が、紙の端に引っかかる。
狭い集落だ。知らない人間など一人もいない。
最初に襲われた隣の村にだって、幼い頃からの知り合いが何人もいた。
紙をめくるたび、慣れ親しんだ名前がいくつも並んでいるのが目に入る。
墨で記された一つひとつの文字を追うだけで、胸が抉られるように苦しくなり、指先が激しく震えだす。
いつも畑仕事を手伝ってくれた、朗らかなおばさん。
山菜の美味しい見分け方を教えてくれた、腰の曲がったお爺さん。
慣れない永太と琴の子守を、嫌な顔一つせず手伝ってくれた優しいお姉さん。
隣の集落から、泥だらけになって笑いながら一緒に手習い所に通った友達……。
名前を見つけるたび、その人の声が蘇る。
笑い方。歩き方。手の温度。
紙の上では、ただの数文字でしかないのに。
そして、新八さんの名前を見つけたとき、私の呼吸が止まった。
私の家だけではない、他の家々にも必死に避難を呼びかけて回っていた新八さんが。
私に、金平糖の瓶を差し出してくれた人が。
あの時の、宝石のように綺麗な甘さを思い出す。
どうしてあの時、私は彼の純粋な優しさを「鈴にバレたら面倒だ」なんて、思ってしまったのだろう。
どうして、ありがとうの一つも、もっとちゃんと言えなかったのだろう。
あの夜、小さく手を振って去っていった彼の後ろ姿が脳裏に蘇り、申し訳なさと喪失感で、視界が滲んでいく。
紙の白に、ぽた、ぽた、と熱い滴が落ちた。
墨が滲む。
その名前まで、消えてしまいそうで、慌てて袖で涙を押さえた。
「うっ……、ふ……っ」
「……現在、確認できている範囲では、お前の血縁者と一致する名はなかった」
永太と琴の名前が、そこにはない。
数えきれない悲報の中で、それだけが唯一、私が正気を保つための細い糸だった。
「もう少し時間を置けば、近隣の宿場町や寺院へ避難した住民の全容も判明するだろう」
朔夜は不器用ながらも精一杯の温かな言葉を掛けてくれている。
それは分かる。
けれど、喉が引き攣って声にならない。
もしあの時、私が無理にでも二人を抱えて逃げていたら。
朔夜と共に出会えていたなら、今頃あの子たちをこの腕の中に抱けていたのだろうか。
琴の柔らかな頬を撫でて、永太の強張った手を握って、大丈夫だと何度でも言ってやれたのだろうか。
……会いたい。
今すぐにでも、あの子たちの温もりに触れたくて仕方がない。
紙を握りしめる手に力が入り、クシャリと音を立てる。
止まらない涙を隠すように、私は受け取った紙の束で顔を覆った。
「……お前の家族は、俺が必ず見つけ出す」
いつの間にか、彼は私の隣に座っていた。
不意に、ぐいっと強い力で肩を引き寄せられる。
数多の鬼を狩ってきた、刀を振るう腕。
その腕が、今は壊れ物を扱うように私を抱き寄せていた。
予想だにしなかった彼の温もりに、心臓が止まるかと思った。
けれど、この腕を手放すことはできない。
どうしようもなく、その熱に縋りついてしまいそうになる。
「だから……その……。これ以上、泣くな」
言い慣れていない慰めを、無理やり口にしたような声。
命令の形をしているのに、少しも冷たくない。
むしろ、どうすればいいのかわからず、困り果てているように聞こえた。
涙はまだ、溢れて止まらない。
けれど、この人の仄かに香る匂いに包まれると、心が少しずつ落ち着いていくのを感じた。
血と鉄の匂いではなく、かすかな沈香の残り香。
「っ……、……はい」
強くて、冷徹で、無表情で。
何を考えているか分からない、ひどく不器用な人。
出会ったばかりの私は、彼のことをそんな風に見ていた。
けれど、肩に感じる掌の熱は、そのどれとも違って、あまりにも切実で優しい。
私を守ると告げた時の声も。
必ず見つけ出すと言った今の言葉も。
どちらも不器用で、乱暴で、けれど嘘がない。
それが余計に、堪えていた感情を崩壊させる。
出会って、まだ数日。
交わした言葉も、それほど多くはない。
それなのに、私はこの力強い腕に、みっともないほど縋り付いて泣き続けた。
静かな部屋で、二人の鼓動だけが、重なり合うように響いていた。
まるで、誰にも見られず、ただ互いの呼吸だけを確かめているように。
その夜だけは、私は泣くことを、許された気がした。



