平日は月、水、金。土日は時々。それが俺のシフトだ。で、最近の史人さんのシフトも、月、水、金、土日も俺とかぶるようにシフトを当ててくる。
「ストーキングじゃん、完全に」
シフト表を見ながらげっそりして言うと、テーブルを挟んで向かい合わせに座った史人さんが、賄いのサンドイッチをかじりつつにやっと笑った。
「仕方ないだろ。店長からのお達しだし。俺のせいじゃないよ」
「にしたって。全部当ててくるのはキモい」
史人さんが俺と完全にシフトを合わせだしたのは、例のひったくり事件のせいだった。あの後、店に戻った俺達を迎えた店長(四十五歳、三歳児と奥さんの三人暮らしらしい)は俺達の怪我を見て青くなり、病院へ行こうと騒いだ。俺も史人さんもかすり傷だと説得すると、今度は警察に通報しようと交番へ連れていかれた。
「高校生の通学鞄まで奪おうとか、世も末だよ」
と、店長はずいぶん立腹していたが、今回のことを受け、相当悩んだらしい。
「学生の子は夜シフト入れないとかも考えたんだけどね……。それぞれ事情があって働きにきてるわけだし……」
面接のときから思っていたけど、店長は俺達のことをすごく考えてくれる。この店で働けてよかったなあ、と思う。
ただ、過保護ではある。
だってそうだろう。シフトが同じで、家の方向が同じ者同士、できれば固まって帰宅することなんて謎のルール作るのは、やりすぎだ。
「俺の家、千冬の家の近くだし。またなんかあったら啓介に申し訳立たないし。だからできるだけシフト一緒に入るようにしてんの」
微笑みとともに兄ちゃんの名前を出される。うちにはあんまり来なくなったけど、兄ちゃんとは相変わらず仲がいいらしい。そういうのも全然見せてこない、この人にも兄ちゃんにもなんかむかつく。
「送ってくれなくても俺も男なので大丈夫です~。なので、ストーキングやめてください~」
「やめません~。先輩との帰り道、楽しいんでやめたくないです~」
足も速いし、強いのもわかったけど、この人のこの子どもっぽさを見ると、馬鹿なのは変わってないなと呆れる。
「ってかさ、俺、最近知ったんだけど、ヤギの挨拶って頭突きなんだって。知ってた?」
バイトを終え、夜道をふたり、ぶらぶらと歩く。その最中に史人さんの口から出てくるのは、やっぱり役にも立たなそうな情報ばっかりだ。
「なにそれ。なに目的?」
「知らない」
自分で言い出したくせに話題の締め方が雑い。けど史人さんのこの知ってても役に立たなそうな情報の数々を聞く帰り道が、最近俺はなんだか楽しみになってしまっていた。
「頭痛くないのかなあ」
「ヤギには快感なのかもね。ってか、俺達も作ろうか、俺達専用の挨拶」
「なにそれ」
史人さんの火影みたいな色の髪が、通りすがる車のヘッドライトで白く光って見える。月夜に揺れるすすきの穂みたいで目が引き寄せられる。じいっと眺めていると、つと史人さんが足を止めた。
「おはようのときはこうする、とか?」
長い指がすっと伸びてきて、耳たぶに触れた。冷えた耳たぶに温かい指先がいきなり触れて、びっくりしすぎて体が跳ねてしまう。
「やめてよ、ってか、おかしいじゃん。耳たぶ触り合いっこしてんのとか。まだ頭突きのほうが自然」
「そかな。俺は耳たぶのほうがいい。千冬の耳たぶ、気持ちいいし」
「俺はやだ!」
ぷん、と顔を背けると、ごめんて、と笑って史人さんは通り沿いにあるコンビニを指さす。
「あそこで唐揚げ買ってあげるから、機嫌直して」
「……瀬戸内レモン味がいい」
ふくれてみたり、駄々をこねてみたり。この人といると俺はいつもついつい可愛くない顔をしてしまうのだけど、そんな俺に史人さんは甘い。
弟に対する甘さなのかな、とちらっと思う。それが心地いい気もする。
――本気にすんなよ、ガキ。
あんなふうに言われるくらいなら、最初からガキの顔をしておいたほうがいい。
コンビニで唐揚げを買ってもらって、ほくほくしながら食べる。まだ家までは少しあるけど、唐揚げと、隣にいるこの人の馬鹿話があれば、全然距離は感じない。
ただ、気に入らないことがあるとすれば。
ぶうん、ぶうん、ぶうん。
隣を歩く史人さんのポケットの中で唸る存在に気付き、俺はそれと気付かれないように眉を顰める。
史人さんがスマホを引っ張り出す。ちらっと流し見るその画面に書かれた名前は多分、「実弥」。
覗いたわけじゃなくてたまたま見えちゃっただけ。ただその「実弥」からの電話はふたりで歩いているとよくかかってきた。
けど、史人さんはその電話に一度も出たことがない。
誰なのだろう、実弥。
別にいいのだ。俺達はただ、店長に言われたからふたりで帰っているだけ。そこに意味なんてまったくない。だからこの人に誰から電話がかかってこようがどうでもいいんだけど、やっぱり気になる。
だってそうじゃないか? もしも彼女とかそういうのだったら、バイトばっかりしてないでちょっとは会いに行くべきだと思うし、電話だって出るべきだ。
「どした? 千冬」
こっちの気も知らないで史人さんが覗き込んでくる。一個ちょうだい、と無遠慮な手が俺の手から爪楊枝を奪い、唐揚げに突き刺す。
この人、俺と唐揚げ食べてる場合なんだろうか? しかも同じ爪楊枝、使っちゃってるし。
「電話、出なくていいの」
ぼそりと言うが、史人さんの動きは変わらない。唐揚げをむぐむぐと噛みしめている。
「彼女でしょ」
ちょっとだけ非難するような声で言うその俺の横で、史人さんは手持ちのペットボトルのキャップを開ける。こくんと一口飲んで史人さんがふっと息をついた。
「そだね」
……彼女なんだ。
自分で訊いたくせに、過ぎった感情はひどくどろっとしていて、ちょっと慌てる。こんな気持ちに今更なるの、おかしいのに。
「電話して、あげないと」
「うん」
さっきヤギの頭突きについて語っていたときはするすると動いていた口が、やけに重そうだ。
「史人さんみたいな人と付き合ってくれる人、奇特だと思うから大事にしないとだめじゃん」
「……そだね」
「ってか、俺、帰り道ひとりだって全然平気だし、俺に時間使ってる暇あったら、彼女と会いなよ。大体、史人さんの学校、進学校だろ。受験勉強いいの」
なんだか口やかましい親みたいなことを言ってる気がする。史人さんもそう思ったのか、笑顔は完全に消えている。
ああ、こんなこと、別に言いたくないのに。なんで俺はこうもいろいろ余計なこと言っちゃうんだろう。そう思うのに止まらない。
「大体、史人さんの家、でっかいし、うちより金持ちじゃん。バイトなんてする必要、ないんじゃ……」
「それは千冬には関係ない話だよね」
投げ込まれた声はこれまで聞いたことがないくらい、乾いたものだった。
背中に汗が垂れるのと同時に、手の中で唐揚げのパックがじんわりと汗ばむ。
「あの……」
ごめんなさい。
即座にそう謝ろうとした。だって今の感じ、絶対、言っちゃいけないことだったんだ。どの部分が地雷だったのかはわからないけど、俺は言いすぎてしまったのだろう。
ああ、ほんと、我ながらかっとなると歯止めが利かないこの性格。だめすぎる。
「冷めるから食べな」
が、俺が謝罪する前に、史人さんの声からは棘が抜けた。そろそろと見上げると、唇の端をほんのりと上げて史人さんが笑っていた。
「あったかいうちが美味いからさ」
「うん……」
ごめんが言えないままの俺に、ほい、と史人さんが爪楊枝を戻してくる。促されるままに唐揚げに突き刺し、口に運ぶ。
唐揚げを口の中に放り込むとき、爪楊枝の先が舌にさらっと触れた。
それがなんだか妙に恥ずかしくて、同時に胸が熱くて、俺は俯いたまま黙々と唐揚げを食べ続けた。
「ストーキングじゃん、完全に」
シフト表を見ながらげっそりして言うと、テーブルを挟んで向かい合わせに座った史人さんが、賄いのサンドイッチをかじりつつにやっと笑った。
「仕方ないだろ。店長からのお達しだし。俺のせいじゃないよ」
「にしたって。全部当ててくるのはキモい」
史人さんが俺と完全にシフトを合わせだしたのは、例のひったくり事件のせいだった。あの後、店に戻った俺達を迎えた店長(四十五歳、三歳児と奥さんの三人暮らしらしい)は俺達の怪我を見て青くなり、病院へ行こうと騒いだ。俺も史人さんもかすり傷だと説得すると、今度は警察に通報しようと交番へ連れていかれた。
「高校生の通学鞄まで奪おうとか、世も末だよ」
と、店長はずいぶん立腹していたが、今回のことを受け、相当悩んだらしい。
「学生の子は夜シフト入れないとかも考えたんだけどね……。それぞれ事情があって働きにきてるわけだし……」
面接のときから思っていたけど、店長は俺達のことをすごく考えてくれる。この店で働けてよかったなあ、と思う。
ただ、過保護ではある。
だってそうだろう。シフトが同じで、家の方向が同じ者同士、できれば固まって帰宅することなんて謎のルール作るのは、やりすぎだ。
「俺の家、千冬の家の近くだし。またなんかあったら啓介に申し訳立たないし。だからできるだけシフト一緒に入るようにしてんの」
微笑みとともに兄ちゃんの名前を出される。うちにはあんまり来なくなったけど、兄ちゃんとは相変わらず仲がいいらしい。そういうのも全然見せてこない、この人にも兄ちゃんにもなんかむかつく。
「送ってくれなくても俺も男なので大丈夫です~。なので、ストーキングやめてください~」
「やめません~。先輩との帰り道、楽しいんでやめたくないです~」
足も速いし、強いのもわかったけど、この人のこの子どもっぽさを見ると、馬鹿なのは変わってないなと呆れる。
「ってかさ、俺、最近知ったんだけど、ヤギの挨拶って頭突きなんだって。知ってた?」
バイトを終え、夜道をふたり、ぶらぶらと歩く。その最中に史人さんの口から出てくるのは、やっぱり役にも立たなそうな情報ばっかりだ。
「なにそれ。なに目的?」
「知らない」
自分で言い出したくせに話題の締め方が雑い。けど史人さんのこの知ってても役に立たなそうな情報の数々を聞く帰り道が、最近俺はなんだか楽しみになってしまっていた。
「頭痛くないのかなあ」
「ヤギには快感なのかもね。ってか、俺達も作ろうか、俺達専用の挨拶」
「なにそれ」
史人さんの火影みたいな色の髪が、通りすがる車のヘッドライトで白く光って見える。月夜に揺れるすすきの穂みたいで目が引き寄せられる。じいっと眺めていると、つと史人さんが足を止めた。
「おはようのときはこうする、とか?」
長い指がすっと伸びてきて、耳たぶに触れた。冷えた耳たぶに温かい指先がいきなり触れて、びっくりしすぎて体が跳ねてしまう。
「やめてよ、ってか、おかしいじゃん。耳たぶ触り合いっこしてんのとか。まだ頭突きのほうが自然」
「そかな。俺は耳たぶのほうがいい。千冬の耳たぶ、気持ちいいし」
「俺はやだ!」
ぷん、と顔を背けると、ごめんて、と笑って史人さんは通り沿いにあるコンビニを指さす。
「あそこで唐揚げ買ってあげるから、機嫌直して」
「……瀬戸内レモン味がいい」
ふくれてみたり、駄々をこねてみたり。この人といると俺はいつもついつい可愛くない顔をしてしまうのだけど、そんな俺に史人さんは甘い。
弟に対する甘さなのかな、とちらっと思う。それが心地いい気もする。
――本気にすんなよ、ガキ。
あんなふうに言われるくらいなら、最初からガキの顔をしておいたほうがいい。
コンビニで唐揚げを買ってもらって、ほくほくしながら食べる。まだ家までは少しあるけど、唐揚げと、隣にいるこの人の馬鹿話があれば、全然距離は感じない。
ただ、気に入らないことがあるとすれば。
ぶうん、ぶうん、ぶうん。
隣を歩く史人さんのポケットの中で唸る存在に気付き、俺はそれと気付かれないように眉を顰める。
史人さんがスマホを引っ張り出す。ちらっと流し見るその画面に書かれた名前は多分、「実弥」。
覗いたわけじゃなくてたまたま見えちゃっただけ。ただその「実弥」からの電話はふたりで歩いているとよくかかってきた。
けど、史人さんはその電話に一度も出たことがない。
誰なのだろう、実弥。
別にいいのだ。俺達はただ、店長に言われたからふたりで帰っているだけ。そこに意味なんてまったくない。だからこの人に誰から電話がかかってこようがどうでもいいんだけど、やっぱり気になる。
だってそうじゃないか? もしも彼女とかそういうのだったら、バイトばっかりしてないでちょっとは会いに行くべきだと思うし、電話だって出るべきだ。
「どした? 千冬」
こっちの気も知らないで史人さんが覗き込んでくる。一個ちょうだい、と無遠慮な手が俺の手から爪楊枝を奪い、唐揚げに突き刺す。
この人、俺と唐揚げ食べてる場合なんだろうか? しかも同じ爪楊枝、使っちゃってるし。
「電話、出なくていいの」
ぼそりと言うが、史人さんの動きは変わらない。唐揚げをむぐむぐと噛みしめている。
「彼女でしょ」
ちょっとだけ非難するような声で言うその俺の横で、史人さんは手持ちのペットボトルのキャップを開ける。こくんと一口飲んで史人さんがふっと息をついた。
「そだね」
……彼女なんだ。
自分で訊いたくせに、過ぎった感情はひどくどろっとしていて、ちょっと慌てる。こんな気持ちに今更なるの、おかしいのに。
「電話して、あげないと」
「うん」
さっきヤギの頭突きについて語っていたときはするすると動いていた口が、やけに重そうだ。
「史人さんみたいな人と付き合ってくれる人、奇特だと思うから大事にしないとだめじゃん」
「……そだね」
「ってか、俺、帰り道ひとりだって全然平気だし、俺に時間使ってる暇あったら、彼女と会いなよ。大体、史人さんの学校、進学校だろ。受験勉強いいの」
なんだか口やかましい親みたいなことを言ってる気がする。史人さんもそう思ったのか、笑顔は完全に消えている。
ああ、こんなこと、別に言いたくないのに。なんで俺はこうもいろいろ余計なこと言っちゃうんだろう。そう思うのに止まらない。
「大体、史人さんの家、でっかいし、うちより金持ちじゃん。バイトなんてする必要、ないんじゃ……」
「それは千冬には関係ない話だよね」
投げ込まれた声はこれまで聞いたことがないくらい、乾いたものだった。
背中に汗が垂れるのと同時に、手の中で唐揚げのパックがじんわりと汗ばむ。
「あの……」
ごめんなさい。
即座にそう謝ろうとした。だって今の感じ、絶対、言っちゃいけないことだったんだ。どの部分が地雷だったのかはわからないけど、俺は言いすぎてしまったのだろう。
ああ、ほんと、我ながらかっとなると歯止めが利かないこの性格。だめすぎる。
「冷めるから食べな」
が、俺が謝罪する前に、史人さんの声からは棘が抜けた。そろそろと見上げると、唇の端をほんのりと上げて史人さんが笑っていた。
「あったかいうちが美味いからさ」
「うん……」
ごめんが言えないままの俺に、ほい、と史人さんが爪楊枝を戻してくる。促されるままに唐揚げに突き刺し、口に運ぶ。
唐揚げを口の中に放り込むとき、爪楊枝の先が舌にさらっと触れた。
それがなんだか妙に恥ずかしくて、同時に胸が熱くて、俺は俯いたまま黙々と唐揚げを食べ続けた。



