史人さん、俺達って本当に”友達”ですか?

「千冬」
 俺を呼ぶ声に俺はもちろん気付いている。覚醒もしている。でも俺はたいていしばらく動かない。動かずに寝たふりをする。
 だってそうしていれば大好きな人の声を充電できる。
「こら。起きないと遅刻するぞ。今日朝から打ち合わせとか言ってなかったっけ?」
「あああ……」
 なのに、大好きな声は嫌な単語を囁いてくる。
 しぶしぶ目を開けると、すでに出勤準備を済ませた史人さんがこちらを見下ろしていた。
 二十歳をとうに過ぎ、お酒も飲めるようになって、すっかり大人……と言いたいところだけど、俺は相変わらず可愛いと周りから言われっぱなしだ。就職した建築会社でも、部長に「千冬ちゃん」と呼ばれる始末。むかつくが、その部分以外は理解がある人なので、とりあえず放置している。
「寝ぐせ。ひどい」
 俺の頭を大きな手で撫でて直してくれる。その相変わらず神々しいくらいのイケメンぶりに俺は朝からうっとりする。
 俺とは対照的に史人さんはびっくりするくらいかっこよくなった。昔からかっこいい人だったけど、今は髪色を黒に戻したせいか、落ち着いた雰囲気が加わって、得も言われぬ色気がある。こんなかっこいい人が、広告会社でWEBデザイナーなんてやってて、誰かに惚れられるんじゃないのか、とやきもきするけど、史人さんはけろっとした顔だ。
「ゲイだって言ってるし。パートナーと住んでるって話もしてるし。大丈夫」
 あんなに怯えていた人と同一人物とは思えぬ、オープンさに俺の方が圧倒されてしまうほどだ。
 ……ただ、史人さんのお父さんとはまだ和解できてはいない。一緒に暮らすと決めたとき、挨拶もしに行ったけど、ばっちり塩をまかれた。史人さんは憤慨し、「親子の縁切る!」とまで言っていたが、まあ、仕方ない、と俺は思うようにしている。
 大事なのは、俺が史人さんと一緒にいたいってこと。史人さんが俺のそばじゃないと嫌って思ってくれてること。
 それで十分だ。
「そういや、結婚式の招待状、届いてた……ってか、それ、貸して」
「兄ちゃん、いよいよか~……ありがと」
 ネクタイがうまく結べず悪戦苦闘している俺を見るに見かねてか、史人さんが俺の手からネクタイを抜き取り、結んでくれる。
 相変わらずこの人は器用だ。自分のネクタイもうまく結べない俺は、人のなんて絶対結べない。すごいなあ、なんて感心する一方で、ネクタイを結ぶ史人さんの表情がセクシーで、ついつい頬を染めてしまっていることはもちろん内緒だ。
「あいつも片想い長かったからね。感無量じゃないの。俺、結婚式中号泣しているに五千円賭けるわ」
「俺は一万円! って、これ、水香さんにばれたら殺される」
 兄ちゃんの好きだった人が水香さんだと知ったときはめちゃくちゃ驚いた。けど、その兄ちゃんも長い片想いを実らせて結婚だ。あのちょっとおっかない人が義姉さんになるのかと思うと震えるけど、きっと大丈夫。うん、きっと。多分。おそらく。
 ただ気になるのはやっぱり、あの人のことだ。
「実弥さんも結婚式には来るよな」
「うん」
「彼氏と来るのかな。その辺り、どうなのさ、元彼氏さん」
「千冬さん、俺は元彼氏ではありませんよ」
 完全な無表情に戻られて、俺はひそやかに反省する。
 ……実弥さんは、高校卒業後、イギリスへ留学し、そこで彼氏ができたそうだ。水香さん→兄ちゃん経由で聞いた。どうやら、金髪碧眼のイケメンらしい。それを聞いて、俺は、ちょっと、いや、かなり安心した。
 史人さんにその気がないのはわかっている。でも、実弥さんの史人さんへの想いは本物だったから。だからこそ、あの人のことを思い出すと今でも胸が騒いでしまう。
 こんなの、良くないんだけど、それでも。
「はい、できた」
 声とともにネクタイから手が離される。見れば俺じゃ絶対そうはならないくらい、綺麗に結ばれていた。
「ありがと」
 口の中で言ってそうっと洗面台へ向かおうとする。考えても仕方ないことを考えてしまったときは、史人さんの顔を見られない。史人さんは俺のさっぱりしたところに惚れたと言ってくれている。そんな史人さんにダークな部分は見せたくないし。
 けど、史人さんは容赦なかった。
 いきなりくいっと肩が引かれ、俺はたたらを踏む。
「え、ちょっと、なに」
「んー、今朝はいつものまだしてもらってないから」
 俺の体をあっさりと長い腕で包みながら、耳元で史人さんが言う。
「ぎゅってしてよ、千冬」
 ……敵わないなあ。
 どれだけもやもやしていても、学校で、仕事で、むかつくことがあっても、この人のこのお願い事を聞くと、どうでもよくなってしまう。
 ぎゅってすることしか考えられなくなってしまう。
 それはあのころから変わらずにずっとそうだ。
 バイトの帰り道、お休みの日出かけた後の別れ際。
 この後、別々の場所に行くのが嫌すぎて離れられなくて。その寂しさと求める心が引きあう感じ。それが一緒に暮らしている今も続いている。
「ぎゅーっ」
 あえて口で言いながら体に腕を回す。俺は小柄で史人さんは背が高いから、抱きしめるより抱きしめられているみたいになっちゃうけど、それでもいい。
 だってこうしていれば、なんにも怖くないし、大丈夫だってことをふたりで確認できるから。
 それを俺達はあのころ、知ったんだ。
「そろそろ出なきゃね」
「そだね」
 なんて言いながら、時計の秒針に逆らうように俺達はお互いの体に腕を回す。
 あんなに遠くて、わからなかったこの人の心が今はここにあって。熱とともに伝わってくる。その幸せを噛みしめながら、俺は今一度抱きしめる腕に力を込めた。

……了……