史人さん、俺達って本当に”友達”ですか?

 コンテストの会場となったのは、本社ビルの最上階にある、普段は来客対応に使っているというフロアだった。 
 ただ、中に入ってみて驚く。まるっきりハピロンの店内そのものの内装だったからだ。
 一階ロビーにも置かれていた、ブラウンの合皮のソファー。ソファーと同系色にまとめられたテーブルセット。一人客専用のカウンターも店舗と変わらない。しかも、ちゃんとキッチンも備えつけられていて、店舗さながらに、調理も行われている。ほんのりと漂ってくるのは、ハンバーグソースの香りだ。
「腹減った」
 近くにいた別の店舗のスタッフが呟く。俺も同感だ。朝ご飯は食べてきたけど、この香りを嗅ぐと条件反射で腹が空く。
「こちらのフロアは、接客動線、提供時間の確認など、実際の店舗に即した形で店舗運営を考える目的でも使われております。ですので、皆さんの勤務されている店舗とそれほど差異はないかと思います。卓番はお配りしたプリントにありますのでそちらで確認願います」
 コンテスト運営スタッフの説明を聞きながら、俺はそろおっとフロア内を見回す。
 その俺の視線に気付いたわけではないだろうが、スタッフの女性はフロアの中を掌で指し示してみせた。
「今回、より実践に近い形で審査するために、当社の社員、および、アンケートスタッフとして普段、ご協力いただいている皆様にお客様役をお願いしております」
 俺が勤めている菊塚店は総客席数、八十五席だから、それに比べれば、ここはその半分程度の席数しかない。ただその座席の三分の二はすでに人で埋まっていた。実践に即して、という意図なのか、年齢もばらばらだし、服装もスーツ姿の人もいれば、カジュアルファッションの人もいる。
 店長にちらっと話は聞いていたけど、思った以上に本格的らしい。てっきりどこかのホールのステージ上で疑似接客みたいなのをさせられるのかと思っていたのに。
 コンテストスタッフの説明はまだ続いている。特別なことをするわけではなく、十分間、このフロアで同店舗の参加者と協力して接客を行うこと、その様子をお客様役が審査する、ということ。
 ランチタイムが少し過ぎたくらいの混み具合、しかも店舗の広さは菊塚店の半分。よほど問題はないと思う。だからそれほど気負う必要はないのだ。ないのだけど、審査されると思うとそわそわする。全然、練習もできてなかったし。
 きゅっと小さくサロンエプロンの端を握る。その俺の肩が唐突につんつん、と突かれた。
 首を巡らせ、驚く。
 史人さんがこちらを見下ろしていた。こそっと指が伸ばされ、フロアの一角を示す。
「見て、店長がいる」
「え」
 指の先を辿ってみると本当に店長がいた。お客様役でちゃっかり席についていて、どこかの店舗の店長さんなのだろうか、相席になった誰かと談笑している。
「応援じゃなくて審査員じゃん……」
「食えないよね、あの人」
 くすくすと史人さんが小声で笑う。その声を聞いていたら、じわっと胸が熱くなってきた。比例するように緊張が解けていく。
 この人は……気付いてくれていたのだろうか。俺ががちがちになっちゃってたこと。
 きっとそうだろう。普段からスタッフの異変を誰よりも早く察知してフォローに入る人なんだから。だから、これは仲間としての気遣い。きっとそう。でも。
「史人さん」
「ん?」
 説明が終わり、ぞろぞろと待機場所へと移動する。その波に乗りながら呼びかける俺に、史人さんがいつも通りのテンションで返事をしてくれる。
「ありがと。よろしく」
 だから、そっと拳を作って史人さんの前にかざしてみた。いつもの俺がしそうなそんな顔で。
 俺が出した拳を史人さんは見つめている。やっぱり少し強張ったその表情に、変なこと言っちゃったかな、と後悔する。が、
「ん」
 ふっと史人さんの目が笑みの形に解けた。次いで俺より大きい手によって拳が作られ、こつん、と俺の拳に当てられる。
 その様子に俺はほっと胸を撫で下ろした。
 うん、きっと大丈夫だ。
 が、和やかな気持ちになれたのも束の間、待機場所にと通された小部屋で、俺は震えあがっていた。
 俺達の順番は八番目。その間に他の参加者の様子も見られる、と思ったのに、順番が来るまでは見ないようにと言われたために。
「なにこれ。怖いんだけど」
 びびる俺の横で、史人さんも腕組みして唸っている。
「これ、あれかも。ブラインド調査みたいな」
「なにそれ?」
「商品アンケートとかで、どこのメーカーの、なんて商品か、なにも聞かされずに味だけで答えさせるアンケート方法があるんだよ。あれみたいなものかも。前知識まったくなしの状態の素の俺達が見たいってことじゃない?」
「えええ~。店長、そんなこと言ってなかった」
 史人さんとふたり、パイプ椅子に座ってこそこそと話す。他の参加者も同じようなもので、めいめいで会話をしている。
「バイト代、減らされないよな」
「大丈夫。先輩がなんかやらかしたら俺がしっかりカバーします」
 バイトモードで行くと決めたのだろうか。先輩、になった呼び名に少しだけ胸が騒ぐ。けどそれを顔に出さず、俺は普段通りの顔をした。
「それはこっちの台詞。足引っ張んないでね」
「はい」
 ……そこは、そっちこそこの間、俺のベストにパフェぶちまけたくせに~とか言うところじゃないか?
 やっぱりいつもとは違う。無理してる感じがする。そう意識したら、また緊張が体に戻ってきた。
「次、八番目のチームお願いします~」
 狙いすましたように、ドアの向こうから声がかかり、俺は漫画みたいに椅子の上で跳ねた。慌てて立ち上がった拍子に椅子の脚を思い切り蹴飛ばしてしまう。派手な音が出て、すみません、と誰に言うでもなく呟いたその俺の傍らで史人さんも立ち上がる。その刹那。
「大丈夫。そばにいるから」
 かすかな声がした。それは、俺の背中に一本芯を通してくれるような確かな声で、それを聞いたら、もう怯えてなんていられなかった。
 俺が年下で、なんにもできないガキであることは変わりない。でも同時に、俺は史人さんの「先輩」でもあるんだ。
 だったら励まされてばっかりじゃだめじゃん、俺。
「行くぞ」
 偉そうに言ってやると、史人さんは軽く目を見開いてから、にこっと笑って、「はい、先輩」と言ってくれた。