史人さん、俺達って本当に”友達”ですか?

 待つってなにをだろう。少しっていつまでだろう?
 ひとつ思いつくのは、気持ちの整理ができるまで待って、という意味だ。
 やっぱり俺は突っ走りすぎてしまったのかもしれない。
 そんな俺が、いつまで? なにを? とか疑問を送ることはさすがにできない。わかった、と返すのが精いっぱいだった。
 しかし今、俺は猛烈に緊張している。
 今日は十二月十日土曜日。時刻は九時。
 場所はハッピーロンド本社。渋谷の宮益坂をずうっと上った先にある自社ビルのロビー。ハピロンで使われているのと同じ、合皮のソファーが並ぶその場所で、俺は店長とともに待っていた。
 あの人が来てくれるのを。
 ――コンテストはちゃんと出ますって四宮くんから連絡あったから。あんまり練習できてなくて不安だろうけど、頑張って。
 直近のシフトのとき、店長からこう聞いていたから、史人さんがコンテストには来てくれることはわかっていた。それを聞いてうれしかった。完全に避けられてるわけじゃないんだって思えたから。
 ただ、そうは言ってもどんな顔をしていいんだかわからない。史人さんもそうなんじゃないだろうか。もしかしたら顔を合わせるのが嫌で来ないという可能性も……。
「お、来た。四宮くん、こっち」
 店長が手を振る。エントランスには俺達同様、コンテスト出場予定と思われる人達が各々ソファーに座っている。その人達の目がすっと入り口を見た。
「遅くなりました」
 ガラス張りの自動ドアを抜けてくる史人さんの髪がさらっと揺れる。周りの視線を集めたのは、金色に近い茶色の髪のせいばっかりじゃないだろう。それくらい、華がある人だと思う。
 ただ、今日は土曜なのに、史人さんはなんでだか学校の制服を着ていた。黒のロングコートを慌ただしく脱ぎ、ブレザー姿になる史人さんに店長も首を傾げる。
「もしかして今日、なんか学校の用事あった?」
「いや~、ほら、今日高校生の大会ですよね。俺、この間、夜にコンビニ行ったら帰り道で職質されたんで……高校生って思われないと困ると思って念のため」
 ……なんだそれ。
 緊張していたのを忘れて思わず吹き出してしまった。ふっと史人さんの目がこちらを見た。はっとして笑いを飲み込む。その俺を史人さんはまだ見ている。
「えと、あの、すみません」
 あのメッセ以来、久しぶりに顔を合わせたっていうのに、なんで俺、笑っちゃったんだろう。口許を押さえる俺の横で、店長も笑いだす。
「四宮くんって面白いねえ。大人っぽいのに、変なこと気にして。でもまあ、どんな格好だろうと来てくれればオッケー。去年なんて、コンテスト当日に、やっぱり無理です、って飛ばれたからねえ」
 さて、受付行きましょうか、と店長が立ち上がる。その後ろについて歩きながら俺はそうっと史人さんを窺う。
 史人さんの視線はもう俺を捉えてはいなくて、先に立って歩く店長の後ろ頭に当てられている。そこに不自然さはなにもない。でも……意図して目を逸らされたようなそんな気がした。
 そうっと胸を押さえる。その俺を不意打ちで視線が薙いだ。
「千冬」
 返事もできず見上げる俺を、史人さんは数歩先に立って、見つめてくる。
「うん」
 名前を呼んでもらえたことがうれしくて、泣きそうだ。
 やっとのことで頷くと、史人さんが目を伏せた。数秒後、ゆっくりと目が開けられる。
「今日、さ、これ終わったら、少し、時間くれる?」
「……うん」
 うん、って鳴く動物になっちゃったんだろうか、俺。史人さんはどう思っただろう。慌ただしく背中を向けられてしまったからわからない。
 待って、とメッセにはあった。でも今日、時間くれる?と訊いてくれたということは、史人さんの中でなんらかの結論が出たということだろうか。
 それはどんな……。
「芹那くーん、受付終わったよ~」
 店長の声が思考を破る。はい! とかしこまって返事をする。慌てて走るその先に史人さんもいた。すっといつも通り背筋を伸ばして佇んでいる史人さんの目は俺を見てはいなかった。