史人さん、俺達って本当に”友達”ですか?

「ハピロン高校生ホールスタッフ接客コンテスト?」
 その次のバイトの日、いつも通りシフトに入っていた史人さんと俺は並んではもっていた。もちろん、いらっしゃいませ、とか、ありがとうございました、みたいな挨拶の練習で声をはもらせていたわけじゃない。
「仲いいねえ。君達。おんなじタイミングでおんなじ反応」
 出勤早々俺達を呼び出した店長がくつくつと丸い肩を震わせる。だがこちらとしては笑えなかった。
 店長の話をかいつまんで言うと、毎年ハピロンでは、接客スキルの向上目的で、全国のチェーン店からそれぞれ高校生バイト二名を選んでコンビを組ませ、どの店の接客が一番素晴らしかったか競うらしい。優勝賞品はハピロンのサービス券一年分。
 まあ……土日には賄いも出ているので、正直、あんまり魅力は感じない。
「やってみない? 芹那くんと四宮くんなら、いい線行くと思うんだよね~。ふたりとも落ち着いたいい接客するから。それに、息もぴったりだしね」
 ……なんだろう。こんなふうに言われるとちょっと、うれしい。
「俺はいいですよ。先輩と一緒なら楽しそうだし」
 ちらっとこちらを流し見られ、ね、というように小首を傾げられる。こんな顔をされるとこちらも頷かざるを得ない。
 仕方ない。しぶしぶ、頷いてやる。
「俺も、いい、です」
「おお、よかったよかった。そしたら、詳細はここに書いてあるから、当日よろしくね。応援、僕も行くから。なに、普通の接客してくれたら大丈夫だから、気負わずにやってね。最下位でも時給下げたりしないから安心して」
 給料下げたりしないって……。なんだその地味にプレッシャーな一言は。
 げっそりしながら俺は店長に押し付けられたプリントを見る。大会予定日は十二月十日土曜日。午前十時から。
「これ、俺達関東だからまだいいけど、北海道とか九州とかだったらどうすんだろ」
「交通費出るっぽいよ。一番下に書いてある」
「え、どこ?」
「ここ」
 史人さんがすっと俺の顔に顔を寄せ、俺が持つプリントに長い指を添わせる。そうされてどきっとした。
 仕事中にこんな心臓ばくばくさせてる場合じゃないのに。
「遠方だったら、ふたりで旅行できたのにね」
「あ、うん」
 追加でこそっと囁かれてますますどぎまぎする。その俺から史人さんはすっと顔を離し、フロアへと向かう。いらっしゃいませ、と乱れのない声で挨拶をする背中を俺はちろっと睨む。
 なんだよ、涼しい顔しちゃって。
「千冬」
「どわっ」
 すっと伸びた背中をいらっと半分、うっとり半分に目で追っていた俺の傍らからいきなり声がして、変な声が出てしまった。声の主を確かめると、東が硬い表情で立っていた。
「おはよう」
「お、おはよう」
 バイトに入って思ったけど、昼からのバイトでも出勤したときの挨拶は、おはようございます、だ。変なの、と始めのうちは思ったものだが、今はもう慣れた。
 ただ……今日の「おはよう」は初期のころの俺の「おはようございます」と並ぶくらい、相当ぎこちなかったと思う。
「千冬、休憩のとき、ちょっと話せる?」
 それは東も同じだったのか、見下ろしてくる顔が強張っている。
「あ、うん。俺もちゃんと話さないとって思ってた」
 正直なことを言うなら、話せることなんてそれほどない。どう言い繕ったって、俺が東の告白を退けたのは事実で、答えも覆らない。けど、あんな状態のままにしておくわけにはいかないとは思っていた。告白されてあの返し方はさすがにひどすぎる。
 こいつは俺をめちゃくちゃ心配してくれてたんだから。
「この間は、ごめん。東」
 さすがに休憩室で話す話じゃないと通用口の外に出たところで、頭を下げる。東は気まずそうに視線を足元に落としていたけど、ややあってふるっと首を振った。
「いや、悪いの俺だし。なんかしゃしゃり出すぎた。四宮さんの言う通りだとは思う。俺がどうこう言うことじゃないし……嫌な思いさせた。ごめん」
「謝んなよ。嫌な思いなんて俺は全然してないよ」
 こいつに謝られたらどうしていいかわからなくなる。そもそもだめなのは俺と……あの人だ。
「心配してくれてありがと。でも、大丈夫だから。俺と史人さん、普通に友達だから」
「友達?」
「そう、友達。ずうっと友達。だからお前が心配するようなこと、ほんとないから」
「……千冬はそれでいいの?」
 問われて一瞬、表情が止まってしまった。すぐに復旧して俺は笑顔を作る。
「当たり前だろ。ノープログレムだって」
「じゃあなんで彼女見てあんなショック受けてた? 友達の彼女見てあの顔はしないだろ」
 痛いところを突かれて俺は俯く。数秒、お互い無言になった。東からはなにかを言おうとして迷うみたいな気配が漂ってくる。
 ややあって落ちてきたのは、溜め息だった。
「ごめん。俺、またお節介してる。そんなの言われたって困るよな。でも心配だから。その、好きってのもあるけど、バイト仲間だし。ただ……」
 うーん、と唸って東は短髪をがりがりと掻く。
「千冬があの人好きなの、さすがの俺にもわかったから、その、なんとかしてやりたいって思って。しんどそうな顔、見たくないし」
 ……なんで俺は、こいつじゃなくて、あんなわけわからない人が好きなんだろう。
 こいつはこんなにいいやつなのに。
「いーの。友達で十分って思ってるからさ」
 こんなまっすぐなやつに隠し通すのも誠意がない気がした。だから史人さんへの気持ちを出して言うと、東は少しだけ痛そうな顔をしてからそろそろと口を開いた。
「……俺にできること、ない?」
「ないよ。ってか、俺がこの件でお前になにかしてもらうのってすごくひどいことだって思う」
 きっぱりと言うと、東がまた黙った。数秒、そのままでいてから、はあああっと深い息が吐かれる。深いだけではなく、バイト中には聞いたことがないレベルの重すぎる溜め息で、俺はちょっと怯む。
「え、あの、なに?」
「そういうとこなんだなあ、って思ったら、今頃ずんっときた」
「そういうとこ?」
「好きって思ったとこ。顔可愛いのに、めちゃくちゃ芯がしっかりしてるそのギャップが好きなんだなって」
「……可愛いはやめろって」
 どいつもこいつも可愛い可愛い言いやがって。
 ただ、ちょっとうれしかった。顔じゃないところを見てもらえたことが。
――俺、顔のことでお前のこと好きって言ったわけじゃないよ。
 遠い日に史人さんが俺にくれた言葉を思い出す。
 史人さんもそうだった。あの人も顔以外を見てくれた。
 東と史人さん。なにが違うんだろう。同じように顔じゃないところを見てくれたのに。なんで俺はこんなに史人さんばかり見ちゃうんだろう。
 そこがまったくわからない。その意味で俺は全然、芯がしっかりしてなんてない。
 それが情けなくもあったけど、ひとつ決めていることがある。
 史人さんのことを特別だってこれ以上思わないってこと。
 だって友達なんだから。俺と史人さんは。それ以上でもそれ以下でもないんだから。
 大丈夫。
 心に誓って俺は東に微笑みかけた。ごめんな、と詫びた俺に、東は苦笑いにちょっと痛みを足した顔で、いいよ、と言って俺の背中を叩いてくれた。