倉守総司は、鋭い視線で僕を射抜いていた。
「あんたさえいなければ、こんなことにはならなかったんだ」
続く言葉は、耳に入っているのに意味として結ばれない。嫌われるのは仕方ない。けれど、存在そのものを否定される覚えはない。
遅れて、じわりと怒りが滲んだ。
「何言ってるのか、わからないんだけど」
「うん。それも腹が立つ」
吐き捨てるように言うと、倉守はスープに沈んだ鶏肉をフォークで突き刺した。ぐさり、と音がした気がした。
「本当に平和な頭してるね。だから本気で嫌いでいられる」
持ち上げられた肉から、赤いスープがぽたりと落ちる。血のようだった。
その奥にあるもの――はっきりとした殺意を押し隠すように、倉守はそれを口に運ぶ。次はお前だ、とでも言いたげな目で、僕を見た。
『○○県××町で、また新たな被害者が――』
不意に流れた速報に、店内の空気が揺れた。テレビのない店だが、誰かのスマホから漏れた音声らしい。
『十人目の被害者が出たここ矢櫃木では――』
ざわめきが広がる。穏やかな昼休みは、音もなく崩れていった。
「ああ、またか……でも、これは違うな。だって俺、ここにいるし」
軽く言ったその一言が、妙に重かった。
「何言って――」
「冗談だよ」
くすり、と倉守は笑う。その境界が見えない。どこまでが本気で、どこからが嘘なのか。
空気は晴れないまま、じっとりとまとわりついた。
「でも、この犯人は別だね。連続殺人に見せかけてるだけの、別の誰かだ」
「なんでわかるのさ」
「……ついてきたら分かるよ」
そう言われ、僕はほとんど手をつけていないパスタを残して店を出た。テーブルに残された皿を、店員が静かに片づけていく。その視線から逃げるように、僕は足を速めた。
倉守の後を追うと、辿り着いたのは先ほどの病院だった。
ここに被害者がいるのか。だがニュースでは、すでに死亡が確認されたと言っていたはずだ。遺体が運び込まれているわけでもないだろうに——何を見せようとしているのか、見当もつかない。
エレベーターで数階上へ上がる。扉が開いた瞬間、視界が白に塗りつぶされた。
壁も床も、行き交う看護師の服までもが白い。無機質で、清潔で、どこか現実味がない。
懺悔室のようだ、とふと思う。命の終わりを前にした者が、最後に辿り着く場所のような。
ナースセンターの木目だけが、異物のように浮いていた。
その正面。「ICU」と書かれた扉の前で、倉守は足を止める。
無言のまま中へ入ると、そこには若い男が、ベッドに横たわっていた。数本の点滴。酸素マスク。
痛々しい、という言葉では足りなかった。かすかに上下する胸だけが、生きている証だった。
僕より少し年下だろうか。中学生くらいに見える。
「九人目の被害者だ」
「……え?」
耳を疑う。
「待って。九人目って……倉守、お前のことじゃ——」
「ああ、そうだけど、そうじゃない」
短く、遮るように言う。
そして、ほんのわずか視線を落とした。
「九人目の被害者は——俺の弟だ」
倉守の視線が、ベッドの上の弟へ落ちる。
「俺は助けようとした時に軽く背中を切っただけで、弟は、意識が戻らない」
その言葉のあと、ゆっくりとこちらを見た。刺すような、強い憎悪だった。
「……なんで、僕のせいなんだよ」
喉が張りついて、うまく声が出ない。
「何も知らない——それが罪だね」
静かな声だった。けれど、さっきのどんな言葉よりも重く響いた。
返す言葉が見つからない。
ただ、部屋に響く電子音だけが、やけに鮮明だった。ピッ、ピッ、ピッ——と。
規則正しい音が、やけに耳につく。
僕はその時に感じた。この事件には、自分が関係していると——倉守が告げているのだと。
「九十九沢。昨日俺たちが行った場所。——あそこに繋がる人間は、死んでいく。あんたのせいでね」
倉守はそう言った。
言葉の意味を掴みきれないまま、疑問だけが増えていく。どうして自分のせいになるのか問い返しても、「自分で考えろ」と突き放されるだけだった。
さらに、あのトンネルの向こうには行くな、と釘を刺される。ヒントを与えるくせに、踏み込ませはしない。
「背後に気をつけるんだな」
低く、言い捨てるように。
もう隠す気はないのだろう。いつもの、ふわふわと掴めない倉守の面影はなかった。
代わりに向けられているのは、はっきりとした憎悪だった。
「あんたさえいなければ、こんなことにはならなかったんだ」
続く言葉は、耳に入っているのに意味として結ばれない。嫌われるのは仕方ない。けれど、存在そのものを否定される覚えはない。
遅れて、じわりと怒りが滲んだ。
「何言ってるのか、わからないんだけど」
「うん。それも腹が立つ」
吐き捨てるように言うと、倉守はスープに沈んだ鶏肉をフォークで突き刺した。ぐさり、と音がした気がした。
「本当に平和な頭してるね。だから本気で嫌いでいられる」
持ち上げられた肉から、赤いスープがぽたりと落ちる。血のようだった。
その奥にあるもの――はっきりとした殺意を押し隠すように、倉守はそれを口に運ぶ。次はお前だ、とでも言いたげな目で、僕を見た。
『○○県××町で、また新たな被害者が――』
不意に流れた速報に、店内の空気が揺れた。テレビのない店だが、誰かのスマホから漏れた音声らしい。
『十人目の被害者が出たここ矢櫃木では――』
ざわめきが広がる。穏やかな昼休みは、音もなく崩れていった。
「ああ、またか……でも、これは違うな。だって俺、ここにいるし」
軽く言ったその一言が、妙に重かった。
「何言って――」
「冗談だよ」
くすり、と倉守は笑う。その境界が見えない。どこまでが本気で、どこからが嘘なのか。
空気は晴れないまま、じっとりとまとわりついた。
「でも、この犯人は別だね。連続殺人に見せかけてるだけの、別の誰かだ」
「なんでわかるのさ」
「……ついてきたら分かるよ」
そう言われ、僕はほとんど手をつけていないパスタを残して店を出た。テーブルに残された皿を、店員が静かに片づけていく。その視線から逃げるように、僕は足を速めた。
倉守の後を追うと、辿り着いたのは先ほどの病院だった。
ここに被害者がいるのか。だがニュースでは、すでに死亡が確認されたと言っていたはずだ。遺体が運び込まれているわけでもないだろうに——何を見せようとしているのか、見当もつかない。
エレベーターで数階上へ上がる。扉が開いた瞬間、視界が白に塗りつぶされた。
壁も床も、行き交う看護師の服までもが白い。無機質で、清潔で、どこか現実味がない。
懺悔室のようだ、とふと思う。命の終わりを前にした者が、最後に辿り着く場所のような。
ナースセンターの木目だけが、異物のように浮いていた。
その正面。「ICU」と書かれた扉の前で、倉守は足を止める。
無言のまま中へ入ると、そこには若い男が、ベッドに横たわっていた。数本の点滴。酸素マスク。
痛々しい、という言葉では足りなかった。かすかに上下する胸だけが、生きている証だった。
僕より少し年下だろうか。中学生くらいに見える。
「九人目の被害者だ」
「……え?」
耳を疑う。
「待って。九人目って……倉守、お前のことじゃ——」
「ああ、そうだけど、そうじゃない」
短く、遮るように言う。
そして、ほんのわずか視線を落とした。
「九人目の被害者は——俺の弟だ」
倉守の視線が、ベッドの上の弟へ落ちる。
「俺は助けようとした時に軽く背中を切っただけで、弟は、意識が戻らない」
その言葉のあと、ゆっくりとこちらを見た。刺すような、強い憎悪だった。
「……なんで、僕のせいなんだよ」
喉が張りついて、うまく声が出ない。
「何も知らない——それが罪だね」
静かな声だった。けれど、さっきのどんな言葉よりも重く響いた。
返す言葉が見つからない。
ただ、部屋に響く電子音だけが、やけに鮮明だった。ピッ、ピッ、ピッ——と。
規則正しい音が、やけに耳につく。
僕はその時に感じた。この事件には、自分が関係していると——倉守が告げているのだと。
「九十九沢。昨日俺たちが行った場所。——あそこに繋がる人間は、死んでいく。あんたのせいでね」
倉守はそう言った。
言葉の意味を掴みきれないまま、疑問だけが増えていく。どうして自分のせいになるのか問い返しても、「自分で考えろ」と突き放されるだけだった。
さらに、あのトンネルの向こうには行くな、と釘を刺される。ヒントを与えるくせに、踏み込ませはしない。
「背後に気をつけるんだな」
低く、言い捨てるように。
もう隠す気はないのだろう。いつもの、ふわふわと掴めない倉守の面影はなかった。
代わりに向けられているのは、はっきりとした憎悪だった。


