負けヒロインにもなれない

あの日は、気分が最悪だった。じっとりした汗がブラウスにはりついている夏の出来事。

私の願いも虚しく、高校でも人気者の君。相変わらず、クールでサッカーが上手くって。元々片鱗はあったけど、おしゃれな人でしたね。クラスも違うし、早々に彼女も出来るなんて。中学生のときと同じ、来るものあまり拒まずなのは、いかがなものかしら?それでも私は、素知らぬ顔で日々を過ごす。

あれは、星座占い最下位か、厄日じゃないかって日だった。
友人と歩いていると、突然呼び止められる。「あなたのファンなんです!」なんて友人の手を取る怪しい女子生徒。女性人気のある友人にそんなことを言うその人の顔を、私はうっすら知っていた。成績優秀な生徒会役員だ。その女子生徒は、友人の手を勝手に握りながら、横にいる私の名札を見て、顔を輝かせる。「あなたのことも知ってる!〇〇先生の娘さん?」。それは私の父の名前だった。なるほど、教師である私の父も知っているらしい。「〇〇先生、いいですよね。好きです!授業が分かりやすくて…」ペラペラと話し出す。友人にも父にも妙に親しげで、「好き」が軽いその女子生徒が不愉快で、私も相手の名札を、じろりと見た。その瞬間、ピシリと私の心にヒビが入る。その名前は、最近知った、私の大好きな君の彼女の名前。
「この女か。」
そう思い、まだ話し続けているその顔を見る。可愛らしいと言えば聞こえはいい。でも印象には残らない、普通の人。恵まれた環境にいるくせに。私の好きな人の彼女のくせに。私の周りから、これ以上人を取ろうとするなんて図々しいんじゃない?そう思った。「あなたのことを知ってる」だなんて、私だってあなたのことは知ってるわ。あなたの彼氏は私の好きな人なんでしょう?あなたが知ったかぶって話しているのは私の父の話。最高につまらない。話しながらこちらを見る彼女に負けたくなくて、ひくつく口元を隠すように口角をあげた。まだ話し続けている彼女を友人に任せて、私は挨拶もそこそこに「同級生なのにファンって。そういう感じの、あるんだね。」とだけ残して、その場を離れた。土足で、私の領域を軽くスキップでもするように、踏み荒らされたような感覚。ジリジリ焼けるような苛立ちが、私の足音を少し強くした。
その音、その揺れが、大切に飾っていた私の心に入ったヒビを深くした。