夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

"「即答かよ」"
呆れたように笑った先輩の声が、まだ耳に残っている。

"「やります!やらせてください」"

そういったのは、つい数十秒前のはず。
なのにーー

「今日から来い」

「……へ?」

まさかの急展開に、思考が追いついていない俺。間の抜けた声が漏れた。

「今日。放課後な」

ーー今日!?
いや、普通もっとこう、準備とか面接とか…

「てことで、昼飯」

ーーえ?

「買ってこい、購買」

ぽいっと手の中に押し付けられる小銭。

「パンでいい……甘いやつ」

ーーやっぱ甘いの好きなんだ。
…って、そんなことより、なんだこの展開!?

「ほら、早く行けよ」

アタフタしてる俺を急かすように、扉を開けてニヤつく先輩。

「わ、わかりました!」

はっとしたように、購買に走った。

購買は、昼休みのピークでごった返していた。パンの棚は既にスカスカで、残っている中から選ぶしかない。
甘いパンを探すため視線を走らせる。

メロンパン、チョココロネ、クリームパン。

迷った末、 いくつか手に取って、自分の分も適当に選んで会計を済ませた。

息を切らしながら理科準備室に戻ると、先輩は壁際の机に寄りかかってスマホをいじっている。

何をしててもこんなに絵になる。
ーーやっぱ王子様だ。

「おっそ」

思わず見とれていた俺は、慌てて袋を差し出す。
先輩は袋を無造作に受け取り、中を覗くと、チョココロネを手に取った。

無事にパンを買えたことに安堵したのもつかの間。

待てよ、今俺って、
ーー先輩と二人きり!?

こんな状況って、願ってもないチャンスだ。

スマホのメモアプリを開く。
並んでるのは、ほとんどが【???】のままの項目。
埋めるならーー今しかない。
意を決して、顔を上げた。

「あの、先輩」

「あ?」

「好きなものはなんですか?あと誕生日とか、家族構成とかーーんぐっ!?」

質問を並べた瞬間、口に何かを突っ込まれて、言葉が止まる。

ーーメロンパン?

もぐもぐと咀嚼しながら、何が起きたのかやっと理解する。

先輩は何事もなかったようにパンをかじりながら、ちらっと俺を見下ろした。

「一気に喋んな」

「……っ、すみません」

せっかくのチャンスが失敗に終わり、わかりやすく肩を落とした俺に先輩の言葉が続いた。

「…うるせえから」

「質問は一日ひとつにしろ」

ーーえ?今、なんて?

「一個なら答えてやる」

それだけ言って、またパンに視線をおとした。

ーーこれ、夢じゃないよな?
自分の頬をつねる。頬にツーンと鈍い傷みが走った。
ーーちゃんと痛い。

「…あ、ありがとうございます!」

わかりやすく喜ぶ俺を見て、先輩は呆れたようにふっと笑った。

ーー何を聞こうか。
好きなもの?誕生日?
いや、それは先輩を見ていれば、これから自然にわかることもあるはず。

今俺が一番気になるのはーー

「……せ、先輩」

「あ?」

パンをかじったまま、面倒くさそうに視線だけで、俺を見る先輩。

その顔を見て、少しだけ怖気付く俺。

でも、せっかくのチャンス。
ーー逃す訳にはいかない。

「なんで、俺にだけ冷たいんですか?」

先輩の動きが、ぴたりと止まる。

ーーやばい、これ。
聞いちゃいけないやつだったかも。
冷や汗と後悔が押し寄せてくる。

おそるおそる顔を上げると、先輩は意外にも、さらっと口を開いた。

「普通だろ」

「……お前がうるせえだけ」

淡々とした声でそう呟いた口元が、ほんの少しだけ歪んだ気がした。

ーーはぐらかされてる!?

確かにうるさい自覚はある。
でも、貴重なひとつを使ったんだ。
ここで引き下がる訳にはいかない。

「…でも、他の人には王子様のように優しいじゃないですか!!」

「あれは仕事」

ーー仕事?
あの笑顔も、優しさも、全部?

それならーー

「…俺には?」

「さあな」

ーー曖昧すぎる。
でも、突き放されたわけでもない。

「ほら、早く食えよ」

ぽいっとパンが投げられる。

「え?」

「チャイム鳴るぞ」

そう言っていたずらに笑う先輩。

ーー完璧なのに。
俺にはやっぱり意地悪だ。

***

理科準備室を出たあとの足取りは、とても軽かった。

「放課後、校門で待ってろ」

「俺は待たねえから、いなければ置いてく」

昼休み終了のチャイムが聞こえて、理科準備室を後にした先輩の背中は、やっぱりかっこよくて。

先輩の昼休みを、俺が独占した。
……それだけで、十分だった。


「おい春斗!どこ行ってたんだよ!」

教室に入った瞬間に、秋人の声が飛んできた。

「悪い!でも、マジでお前のおかげ!」

「は?何が?」

ぽかんとした秋人の顔があまりにも面白くて、つい笑ってしまった。

「いや、ほんとありがとな」

「だから何がだよ…」

完全に意味を理解していない顔のまま、眉をひそめる秋人。

「しばらくさ、昼も放課後も無理かも」

「はー?」

ますます意味がわからんと言わんばかりの顔をしている。

「ちょっと、用事できて」

今は先輩との時間を過ごさせてくれ!!

「…お前さ、あんまやばい奴になるなよ?」

呆れたようにため息を吐いたあと、秋人はそれ以上何も言わなかった。