夢でキスした先輩は、俺にだけ毒を吐く王子様。

***

「……なんて、送ればいいんだ」

ベッドの中で、何度もスマホを手に取っては、画面を見つめる。
打っては消して、打っては消して。
帰宅してから、何回繰り返したかわからない。

何度も打ち直した後、やっと指を止めた。

〚明日のお昼休み、理科準備室で待ってます。〛

震える指で、送信ボタンを押した。

来てくれるのかは、わからない。
ーーいや、来て欲しい。

〚もう一度先輩に会って、伝えたいんです。〛

慌てて付け加えて、送信ボタンを押した。

「……返信ない、か……」

すぐに既読はついたのに、先輩からの返事はないまま。
返信のない画面を見つめているうちに、いつの間にか眠りに落ちていた。

***

____

「……先輩」

目の前にいるのは、いつもの先輩。
少しだけ低い位置から、俺を見つめている視線に吸い込まれるように近づく。

いつもと違うのはーー
俺の方から、近づいてること。
無意識に、距離を詰めていく。

「……」

先輩は何も言わない。
ただ、じっと俺を見ている。

また一歩、近づく。

「俺……」

触れたい。近づきたい。
ーーキス、したい。

そのまま、ゆっくりと顔を近づける。

先輩は、避けなかった。
それどころか、先輩の方からもわずかに距離を詰めてくる。

先輩の息が近づく。
良かった……拒まれない。

そう思った瞬間ーー

「お前とは一生キスしねえ」

低くて冷たい声をすぐ目の前で、吐き捨てられる。

触れる直前だったのに、もう届かない。

____

「……っ、は……」

息が止まりそうになって、目が覚めた。

目の前には見慣れた天井。
状況を理解するまで、しばらく動けなかった。

「……またかよ……」

顔を覆いながら、ため息をついた。

「……最悪」

夢だとわかっていても、さっきの景色が現実みたいに残っている。

正夢、じゃないよな。
ーーいや、今まで見てきた夢も、正夢にはなっていない。

伝えると決めたんだ。
ここまで来て、何も言わないなんて。
それだけは、絶対にいやだ。

「……よし」

勢いよく起き上がって、制服に袖を通した。

***

「春斗ー!助かったわ。ありがとな」

登校してすぐ、貸した国語のノートを持って、秋人が駆け寄ってきた。

「……うん、よかった」

返されたノートを受け取ると、小さく息を吸って、口を開く。

「……秋人」

「ん?」

「俺、今日……伝えるから」

「は?」

顔を上げた秋人は、露骨に呆れた表情で俺を見ている。

「お前、まだ諦めてないのかよ」

「……うん」

秋人は一瞬だけ言葉を詰まらせた。
何か言いたげに口を開きかけて、小さく息を吐いた。

「……まあ、頑張れ」

それだけ言って、俺の肩に手を置くと自分の席に帰って行った。
秋人の"頑張れ"が、思っていたよりもずっと重く残った。

***

昼休みのチャイムが鳴った瞬間、迷わず席を立った。

足は自然と購買へ向かって、先輩の好きな甘いパンを手に取る。
会計を済ませて袋を握りしめると、そのまま理科準備室へ急いだ。

昨日の返信は、ないまま。
ーー先輩も来ないかもしれない。

そんな考えが一瞬だけ頭をよぎった。

それでも、迷わずドアノブに手をかけた。
ゆっくりと開いた扉の先に、先輩の姿はなくて、とても静かだった。

「……まだ、か」

小さくため息を吐いて、中に入る。
窓際の椅子に腰を下ろして、手に持っていたパンの袋をぼんやり眺める。

ーー来て欲しい。
それだけを思いながら時計を見ると、気づけば、もう十五分を過ぎていた。

昼休みは三十分しかない。

「……来ない、かもな」

いや、このまま待っていたら来るかもしれない。
でもーー

「……無理だ」

待っているだけなんて、できない。
足が勝手に廊下に向かって踏み出していた。

廊下に出て、窓からグラウンドを見下ろしても、先輩の姿はない。
そのまま階段を上がって、先輩の教室のある階へ向かった。
上がりきった先に、人だかりが見える。

女子達の明るい声が、遠くからでもわかるくらいに響いている。
その中心にーーいた。

「……先輩」

いつも通りの笑顔で、女子達に囲まれている。

「ねえ、また来てるよ」
「え?あいつ?」

何か言われてるのはわかる。
また噂になることも、きっとそうだ。
ーーでもどうでもよかった。

俺の視界に入るのは、いつも一人。

先輩だけ。

「……先輩っ!!」